135.お祝い
セリスがルルのお腹から顔を離した。
とても満足そうな顔をしながら、セリスが宣言する。
「今日はですね、ついにお引っ越しを敢行します!」
「おおーっ!!」
エミリアがパチパチと手を鳴らす。
フォードが本を閉じて、セリスを見上げた。
「セリスお姉ちゃん、下の階に来るんだね!」
「はい、家具の搬入もちょいちょいやってましたが――今日で全部、終わります」
「やったじゃない、おめでとう!」
エミリアの言葉にセリスが深く90度近くまで頭を下げた。
「いえいえ、これもエミリアさんのおかげで……」
「ううん、そんなことないわ。セリスさんは今、ちゃんと働いて生活を自立させているじゃない。とても立派なことよ」
エミリアは心の底からそう思っていた。
セリスは今、16歳。
その時の自分にそんなことができただろうか?
答えは否だった。
前世で言えば高校生、親の経済的援助なしに一人暮らしは考えられない。
今の世界だって――ウォリスの貴族に親から離れての一人暮らしという概念はない。
それをセリスは成立させているのだ。
その努力は評価されるべきだとエミリアは思った。
「えへへ……でも、エミリアさんのおかげは本当です。日々、お返ししたいとは思っていますが……今日はこれを受け取ってください!」
セリスがバッグから大きめの四角の箱を取り出した。
白の紙箱、金と銀のおめでたい模様――これは、まさか。
「モンブランの特製ケーキです! 名店『デュボワ・イセルナーレ』から買ってきました……!」
「あのいつも売り切れ必至っていう……!?」
この世界にもケーキは存在する。
お手軽なケーキもあるが、高級品はとんでもなく高い。
というのも貴族のお抱えシェフが時間を見つけて作っているからだ。
その中でも『デュボワ・イセルナーレ』は屈指の名店である。
本店は西の大国ラ・セラリウム共和国にあり、そのイセルナーレ支店なのだ。
ガイドブックにも紹介されていたが、今まで買うことさえ出来なかった。
その特製ケーキがまさか、ここに来るとは。
エミリアは感動した。
「ありがとう、セリスさん」
「ええ――あとお誕生日、おめでとうございます!」
「……えっ」
エミリアは言われて、はっとした。
今日は9月3日――確かに、そうだった。
エミリアは22歳になったのだ。
エミリアのそばにきたフォードがエミリアの袖を掴む。
「お母さん、おめでとう!」
「フォード……」
セリスに自分の誕生日を言った記憶はエミリアにはなかった。
だとすれば、フォードが伝えたのだろう。
オルドン公爵家にいる間、エミリアは自分の誕生日を祝われたことがなかった。
それがまさか、こんな異国で祝ってもらえるとは。
フォードが懐から小さく折りたたまれた封筒を取り出す。
「これ、セリスお姉ちゃんとルルと一緒に作ったんだ」
フォードから渡された封筒の中には画用紙があった。
一面に大きくて、派手な絵。
夜の中、楽しそうに歩いているエミリアの絵だった。
『いつまでも元気でね!』
文字はフォード、その下に銀の足跡がある。
これはルルの足跡だとエミリアは思った。
「……ありがとう、みんな!」
「きゅい!」
ルルがたぷたぷとお腹を揺らしながら、嬉しそうだ。
「では、早速ですけれど――ケーキを食べませんか?」
「そうね、ちょうどいい時間だし。食べちゃいましょうか」
この世界ではケーキは日持ちしないだろう。
さっさと食べてしまったほうがいい。
というわけで、モンブランケーキがテーブルの上にどーんと置かれる。
スポンジケーキにマロングラッセ、そこに流れるような細長いマロンペースト。
まさに完璧なモンブランだった。
マロンペーストはパスタよりもきめ細かく、淡い栗色だけではない。
黄色、黒色のマロンペーストも混ざっている。
「黄色がカボチャ、黒色がチョコレートとのことです」
「なるほど、みっつの味が楽しめるのね」
驚いたことにホイップはほとんどない。
代わりに艶ややかな、砂糖で煮込まれたマロングラッセが大量に配置されている。
エミリアがふっとセリスに聞いた。
「……もしかして、これは?」
「一応、麗しき乙女が大量に食べても安心という触れ込みです……! マロングラッセも糖分抑えめなんだとか」
貴族女性にとって体型はシビアな問題だ。
融通のきかないドレスに身体が入らないのは死活問題である。
スイーツは食べたい。しかしスイーツよりもドレスは遥かに高価……。
その解決策が、このケーキではマロングラッセなのだろう。
「きゅーい!」
モンブランケーキを前にして、ルルが目を輝かせる。
これならルルが食べてもきっと大丈夫だろう。
この度、ご縁がありまして『夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停』がコミカライズされることとなりました!
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詳細につきましてはまた後ほど、追ってご報告いたします!!
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