132.トボガン
会合が終わり、エミリアは帰宅する。
とりあえず船体の解体を終わらせて――アンドリアの件だ。
翌日、エミリアはのんびりと起きた。
朝食を食べてむにゃむにゃしていると……フォードが絵本を読み始める。
「きゅい」
「うーん……」
ルルがふにっとテーブルの上に立っている。
フォードの隣ではなく、ルルが立つのは真正面だ。
その位置からだとルルは絵本が読めないような……。
で、首を傾げたフォードが絵本を置く。
「んんー……?」
そのまま疑問符を浮かべながら、フォードはルルを両手で掴む。
そしてなぜかルルをうつ伏せにして、そっと置く。
エミリアの脳裏に電流が走った。
「はっ……!」
「どうかしたの? お母さん」
「前も見たんだけど、聞き忘れてたわ。それって、どういう意味があるの?」
「どういう意味……?」
「その、立っているルルを横にしたでしょう? 前もしてなかった?」
「あー……うん」
フォードは言うと、絵本を掲げる。
絵本のタイトルは『雪国の暮らし』と書いてある。
表紙では雪国の動物がたくさん氷山の上に乗っていた。
アザラシ、シロクマ、トナカイ、そしてペンギンだ。
その絵本のとあるページを開き、フォードは見せてくる。
ペンギンが氷の上を腹這いでツルーと滑る絵だった。
(トボガン……だよね、これ)
ペンギンはこうして氷の上を滑って移動する。
よちよち歩きのペンギンにはこのほうが早いのだ。
「きゅい!」
腹這いのルルが羽をぴっと上げる。
フォードは――深刻そうな顔になっていた。
「……滑らないんだよね」
「うん」
「ルル、滑らないんだよね……。もしかして、どこか具合悪い?」
なるほど、とエミリアは思った。
ルルが腹這いで――トボガンで移動するのは見たことがない。
(そもそもウチの床は柔らかマット仕様で滑るのは無理なんだけど……)
どんなペンギンでも摩擦係数の壁を超えることは不可能である。
とはいえ、4歳児にこれを理解しろというのは無理な話だろう。
エミリアがフォードを優しく撫でる。
「大丈夫よ。ルルがどこか悪いわけじゃないの。ここじゃ滑れないのよ」
「そうなの……?」
「この絵本みたいに氷の上じゃないとできないの。そう、この移動は氷の上専用なんだから」
「へぇー、そうなんだ……!」
知識で納得したフォードが頷く。
ウォリスでは雪は降らない。
雪や氷が滑るということさえ、実体験で学ぶ機会がないのだ。
アイススケートやスキーが手軽なレジャーであれば、きっとわかるのだろうが。
エミリアも前世の知識ありきなので難しいところである。
「だって、ルル! よかったね!」
「きゅい……!」
ルルが重々しく頷く。
『軽々しくは、滑りません』……という風情だった。
「セリスお姉ちゃんは――もしかしたら丸すぎて滑れないかもと言ってたけど、そんなことはないんだね!」
「なぬっ……?」
そんな可能性があるのだろうか。
エミリアはじっとルルを見つめる。
丸い。腹這いになっていると、ルルはとても丸い。
果たして本当に滑ることはできるのか。
摩擦係数ではなく体型、体重的に無理という可能性もある。
「きゅいきゅ!」
「……うーん」
まぁ、大きな氷の板なんかを買ってくればわかるけれども。
今度ルルに滑ってもらおうかな……。
いや、それよりも――。
エミリアはテーブルを指先でつつーっと撫でた。
このテーブルもかなり滑る気はする。
「……このテーブルの上で滑れる?」
「きゅい!」
ルルがぐっと全身に力を込める。
「きゅーい!」
ぐぐぐっとルルがテーブルの上を動く。
それを見たフォードが無邪気に喜んだ。
「あ、ここでも滑れるんだねー!」
「……うん、だけど」
「きゅいきゅい、きゅきゅいきゅい!」
ルルは羽に力を込めて、もっふもふと前進している。
つまりは滑っていると形容できない動き方だった。
エミリアは知っていた。
「これってほふく前進ね……」
きゅいきゅい、きゅきゅいきゅい! (*´꒳`* っ )つ三
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