131.財産分与の行方
アンドリア地方はこの王都からも遠くない。
具体的には100キロくらい北だ。
鉄道の快速なら1時間半ほどで到着する。
エミリアの感覚だと東京から宇都宮ほどの感覚だった。
しかし問題なのはそこではない。
どうして好都合なのか、そこがちょっとだけ気にかかる。
「もしかして……財産分与の場面では私も立ち会わないと駄目でしょうか?」
「その必要はない。もちろん代理人経由で受け取ってよい。しかし分与された現金、貴金属の確認は早急に行って欲しい、というのはある」
シャレスがきびきびとした口調で答えた。
「もし行き違いがあると非常に、非常に面倒だ。相手はウォリス王国の貴族だから、イセルナーレの司法で従わせることはできない」
「ですよね……」
「受け取った後に問題が発覚しても、イセルナーレの強制力にも限度はある。無論、明らかな詐欺行為は別だが……。その点は理解頂きたい」
シャレスの言葉は正論だ。
財産分与の形式について、ある程度スムーズに済んだ理由のひとつはエミリアが現金のみにこだわらなかったからである。
ウォリスの貴族は現金をさほど持たない、というのはエミリアもよく知っている。
現金だけを督促すれば難航するのは目に見えていた。
(あまり時間をかけるわけにも、イセルナーレの手間になるわけにもいかないしね……)
結局、強制力をもって徴収するのはイセルナーレである。
さすがに何年も引き延ばすわけにもいかない。
さらにウォリスは古い国であるがゆえ、土地や家を財産とする考えが強い。
しかし離婚でこれは問題である。他国の土地や家を貰ってもどうしようもない。
換金性の高いモノで言うと他は貴金属や株など。
ただ、これもオルドン公爵家は換金して渡して来ないだろうとは思った。
なぜならウォリス国内でそんなことをすれば、噂になりかねないからだ。
それを非常に嫌うとエミリアは予想していた。
実際、オルドン公爵家は財産分与の相当部分を貴金属類で賄いたいと申し出てきたとか。
これはイセルナーレの法でも認められる措置だ。
財産分与と賠償は違うので、この支払でも拒否はできない。
で、問題なのは貴金属類が本当にその価値があるかどうか、である。
その保証までイセルナーレの司法で請け負うのは不可能だ。
それを言ったら現金が贋金である可能性も出てくると思うが……。
悶々と色々考えているとロダンがすっと言ってくれる。
「立ち合いは俺が出ればよかろう。ただ、シャレス殿の警告はもっともだ。アンドリアには来てもらったほうがいい」
「そうね……。じゃあ面倒なところはロダンに任せる」
「承知した」
シャレスがエミリアとロダンの気安いやり取りに驚いた雰囲気を感じるが、エミリアは気付かない振りをする。
離婚調停の場に両人がいたので、甘えが出た。
(ちょっと油断したかも……)
まぁ、ロダンがついて来てくれるならエミリアとしては安心だ。
どうせモーガンの遺産の件もあるし。
シャレスがエミリアとロダンを交互に見る。
「では、悪いがモーガンの遺産と財産分与。これらがなるべく段取り良く進められるように善処しよう。何度も足を運ばせるのは、私の流儀に反する」
シャレスの言葉に頷きながら、エミリアはふと疑問を口にする。
肝心な部分をまだ彼から聞いていなかった。
「そうして頂けると。そういえば、シャレス殿が聞いた彼女の言葉というのは――どういうものだったのですか?」
「ふむ……それか」
シャレスが初めて言い淀んだ。
「声を聞いたと言いはしたが、さほど意味のある言葉ではない。唸り声、叫び――そういったものだ」
「…………」
嘘をついている、とエミリアは直感した。
ここまでシャレスはエミリアに対して嘘偽りなく接してくれたと思う。
……その彼が初めて明確に嘘をついた。
これはエミリアの貴族としての技量ではない。
もちろんそうした技術をエミリアは持っているが。
ただ、わかるのだ。
彼女は飢え、渇いている。
恐らくずっと……。
肉体が滅び、魂さえも海に消え果て。
刻んだルーンだけが残されても。
彼女は渇望する。
呼びかける。
それだけは……エミリアは確信していた。
財産分与は現実の日本でも……難しいケースはあります。
不動産や貴金属類などですね……。
本編では2か月も経過していないので、早くはあります。
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