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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
2-4 嵐は過ぎ去り

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128/308

128.知り得る真相

 翌日、ロダンはイセルナーレのとある病院へ行っていた。

 貴族街のほど近く、丘の上の病院――そこは主に上流階級の人間が通院、入院する病院である。


 その病院のさらに一室。

 純白の病室にロダンは足を踏み入れる。


「息災か」

「……おかげさまで」


 ベッドから半身を起こし、新聞を読んでいたのはイヴァンであった。


「ようやくブラックパール船舶についての記事がなくなりましたね」

「うむ……人の噂はいずれ消えるものだ」

「あなたの勧めで入院していて、正解だったようです」


 実はイヴァンはとっくに意識を取り戻し、退院できる状態であった。

 しかし、それを止めて入院させていたのはロダンであった。


 イヴァンにとっては世間の目から離れることができ、ロダンはイヴァンの警護がやりやすくなる。

 一石二鳥の案であった。


「……で、終わったのですね?」

「ああ、クオリッサ夫人は罪を認めた。驚いたのは、どうも彼女はレッサムとは無関係に倉庫を爆破させたことか――」


 ブラックパール船舶の倉庫爆破。

 あれはやはり内部の手引きなしに成立するものではなかった。


 クオリッサ夫人がイヴァンの訪れる時刻に爆破するようセットしたのだ。

 もっとも、新聞で書かれていたより怪我の程度はだいぶ軽かったが。


「動機は君を遠ざけたかったから、だそうだ。良くも悪くも……」

「墓堀人に盾突く私を危惧した、ということですか」


 イヴァンは自嘲気味に笑った。

 彼の貴族の仮面が剝がれ、素顔が見え隠れする。


「ブラックパール号は引き上げたいが……途中で大佐が絡んできたので、私を遠ざけたと。理解できなくもないですが、難しいですね」

「……まぁな」


 ロダンは複雑な思いを抱えていた。


 ロダンの母マルテは墓堀人に逆らい、裏切った。

 それは正義だとロダンは思う。


 一方で、クオリッサが選んだのは真逆の選択だった。

 息子を遠ざけるためにあえて、この道を選んだのだ。


「だが、これを読めば少し見解が変わるかもな」


 ロダンは黒革の鞄からひとつの書類を取り出した。

 それは古ぼけて、汚れた書類だった。


 ただ、書式からイセルナーレの正式な公文書だとイヴァンにはすぐにわかった。


「この書類は……」

「ブラックパール号の金庫から出てきた。俺が許す、読んでみろ」


 ロダンから書類を渡され、イヴァンが静かに読み始める。


 それは金庫から発見された、機密文書。


『カローナ海、オルフェン諸島を通過して目的地へ進行せよ』


 マルテが最後に読んだ命令書であった。


「…………」


 イヴァンも男爵の地位にある。

 表情を隠し、取り繕うのは慣れていた。


 だが、イヴァンはどこか安堵しているようだ。


「この文書はカローナ連合を挑発した証拠ですね」

「そうだ。今となってはさほどの価値はないだろうが」

「ご冗談を。この文書が表に出れば議会は大騒ぎになるでしょう。なるほど、大佐や母が抹殺したかったのはこれですか」


 イヴァンが得心して頷く。

 この書類は15年前のものだが、もし明るみに出ればブラックパール船舶も突き上げられるだろう。


 父はどこまで知っていたのか、イヴァンにはわからない。

 もしかすると――後ろめたいことがあったのか。


 無論、ロダンは嘘をついていた。


 レッサムが望んだのは、こんな命令書ではない。

 レッサムが欲したのは古代のルーン。天災招く嵐の杖だ。


 だが、イセルナーレ政府とイヴァンはこれで納得するだろう。

 ――そしてマルテも。


「……ブラックパール号にはとんでもないモノが眠っていたのですね」

「君にはこの書類の意味がわかると思ってな。だから見せた」


 イヴァンは目を閉じて、開いた。

 彼は書類を丁寧にロダンへと返却する。


「母はどうなるのでしょう」

「……倉庫業務における注意義務違反、過失事故の責任はあるだろう。しかし政府はこの事件の真相を明るみに出したくないと望んでいる」

「…………」

 

 イヴァンがそっと口を開く。


「父が死んだ時、母は迷っていたんです」


 イヴァンがロダンとは真逆にある窓に目を向けた。

 カーテンが開け放たれた窓からはイセルナーレの都市が見下ろせる。


「結局、母は父の遺物を大量に処分しました。まぁ、法的な保存期間を過ぎた物だけですがね。なぜ、あんなに処分したのか不思議でしたが……」

「君と会社を守りたかったのだろう」

「でしょうね。……言ってくれればよかったのに」


 それはイヴァンの本音だったろう。

 もっと信頼して欲しかった、と。


 ロダンの心がわずかにざわめく。

 マルテも……そうだったなら、運命は変わっていただろうか。


「この書類と事件の真相は墓まで持っていきます。母と政府の方々にもそのようにお伝えください」

「わかった――感謝する」


 イヴァンは確信を含め、ふっと笑った。


「これが真相なのですよね?」

「そうだ」


 彼が嵐の杖のことを知ることは決してない。

 それは誰も望まない。


 肩の力を抜いたイヴァンが呟く。


「ブラックパール号の解体が終わるまでには復帰したいですね」


 ロダンは席を立ち、病室を後にする。

 その通り、これがイヴァンの知り得る真相なのだ。


 そこに正義はある、とロダンは信じる。

 母が信じたように。

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