124.帰りて
イセルナーレの港が近づいてくる。
晩夏の太陽が優しく船を照らす。
「ふきゅ……ふっきゅ……」
エミリアに寄りかかりながら、精霊カモメはうとうとしている。
さすがにこの小さな身体で4個も缶詰食べたら眠くなったか。
残されたのは杖の破片だけだった。
それはエミリアの膝の上、ハンカチの上に鎮座している。
「……この破片はどうする?」
「まだ微弱な魔力があるな。ルーンが残っているのか」
ロダンは極めて平静だが、エミリアはなんとなく気恥ずかしい。
顔が見れない、そんなことはないけれど。
(はぁぁ~~……落ち着け……っ)
エミリアは精霊カモメの丸い背中を撫でる。
ふわっとして心地良い。ちょっとむちっとしてる。
少し考えていたロダンが口を開く。
「破壊してくれ」
「いいの?」
杖に残っているのは海水に晒され、燃えカスのごときルーンだ。
それでもわずかに残ったルーンには途方もない価値がある……かもしれない。
他国生まれのエミリアにはピンと来ていないが。
だからこそロダンに聞いたのだが、彼の結論ははっきりしていた。
「母が望んだことだ。俺もそのほうが良いと信じる」
「そうね……」
集中すれば数分もかからないだろう。
エミリアはゆっくりと息を吐いて、指先に魔力を込める。
杖の魔力は弱々しく、脈動するだけ。
この杖を生んだのは誰か、なぜ生み出したのか。
すべてがわかっているわけでない。
でも、この杖はこの世界には残しておけない。
嵐を呼ぶだなんて、規格外すぎる。
指先で軽くリズムを刻む。
風と波。太陽の微笑み――爪先で杖の破片を叩く。
何度も、何度も。
そのたびに残された魔力が泡のように弾ける。
……もう杖からは何も聞こえてこない。
大丈夫、わかっていたことだ。
あの時、マルテは確かに杖の中核を砕いた。
彼女がしっかりと仕事を終わらせたのだ。
エミリアがするのは、吹き消されたロウソクの後片付け――。
そう思い、指を走らせる。
「ふぅ……」
思った通り、作業自体は数分で終わった。
紫色の破片から魔力はもう消えている。
ロダンもそれは感じ取れたようで、深く頷く。
「終わったな……」
「ええ、本当に。この破片はどうするの?」
「もらってもいいか?」
エミリアは杖の破片を取って、ロダンへと手渡した。
「母の墓前に捧げる。骸は墓にはないが、想いはきっと届くだろう。本当に終わったのだと」
エミリアとロダンはイセルナーレの港に帰還した。
ロダンにはまだ後始末があるとかで、エミリアはそこで彼と別れる。
精霊カモメも船から飛び立っていった。
お腹を膨らませ、とても満足した顔で。
「……凄かったな」
マルテの想いが胸に残る。
彼女の気持ちは痛いほどエミリアに伝わってきた。
「自分も頑張って、生きよう……!」
帰り際、家族にたくさんいいものを食べてもらおうと思い、色々と奮発する。
こういうことができるのも生きてるからこそだ。
「ただいまー」
エミリアが自宅に帰ると、そこにはフォード、ルル、セリスがいた。
仲良く本を読んでいる。
「おかえり、お母さん!」
「きゅーい!」
「お帰りなさいです!」
買い込んだ結構な大荷物をリビングまで持っていく。
その量にセリスが目を丸くしていた。
「す、すごい量ですね。運びましょうか?」
「ありがとう。ちょっとお願いするわね」
フォードとルルがとことこと歩いてきて、エミリアを見上げる。
「……お母さん、お疲れ?」
「きゅい?」
いつもフォードとルルは鋭い。
エミリアの心の動きをわかっている。
「ちょっとね、でも大丈夫だよ」
エミリアはふたりのそばに屈み、ぎゅーっと抱きしめる。
(……幸せ)
フォードからはお日様の、ルルからは海の香りがした。
ルルがふわふわの羽でエミリアの頬を撫でる。
フォードの腕がエミリアの背に回って、抱き返してくれる。
どちらもとても温かい。
「海の匂いがするね、ルル」
「きゅーい!」
「ちょっと遠くまで船で行ってきたからね」
「えっ、そうなんだ……! 僕、まだ船に乗ったことなーい」
あれ、と思ったがそうか。
ウォリスは海がないし、ここに来てからも船に乗ったりはなかった。
でも4歳児にはまだ危ない気もする……。
フォードがとても落ち着いている子どもとはいえ。
「今度、小さなお船を買ってこようか」
「えっ! いいの?」
「それで慣れたら、乗りましょうね」
「うんっ! そうする!」
よしよしと思いながら。
もう一度、フォードとルルの感触を楽しみ、エミリアはセリスの作業するキッチンへ向かう。
冷蔵庫に買ったものをごそごそ入れる、彼女を手伝わねば。
と、そこでセリスが目を輝かせていた。
そこにはひとつの缶詰がある。
どうやら今回のお買い物の目玉に、セリスは気づいたようだ。
「もしや……これは!」
エミリアは胸を張った。
「ええ、キャビアの缶詰よ!」
ふきゅ…… ⌒(*´꒳`*)⌒ バッサバッサ
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