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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
2-3 血によりて

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123.波と心音

 それは一瞬のようで。

 エミリアにはずっと長い物語であった。


 マルテの旅路をエミリアは追いかけ、見た。


 ふっと意識が戻るとエミリアの指先には紫の杖の破片がある。

 ほんのわずか、弱々しい魔力が破片から放たれていた。


 隣のロダンからマルテに似た温かさを感じる。

 エミリアはロダンを心配させたことに気づいた。


「……エミリア?」

「大丈夫、今回は大丈夫よ」


 終わってみると前の石板に比べて疲労感はほとんどない。

 映画を見ているみたいな感覚だった。


 この情景は――杖が保存した記憶か。

 それともマルテの刻んだ想いだろうか。


 ロダンがエミリアにしか聞こえないように尋ねる。


「見たんだな……?」

「うん。でも、もう見えないわ」


 エミリアは爪先で杖の破片を叩く。

 ……何の反応もない。残った魔力も微弱そのものだ。


「ロダンのほうこそ、金庫のほうはもういいの?」

「……ああ」


 エミリアはロダンの抱える赤の袋に視線を向けた。

 わずかにロダンが赤の袋をエミリアから隠そうとする。


 赤の機密文書が入った袋にどのような書類があるのか、エミリアにはわかっていた。

 話すべきことはたくさんある。


 しかし焦る必要はない。

 ここからイセルナーレの港に戻るまで、たっぷりと時間はあるのだ。





 エミリアの仕事は終わった。

 残る仕事は現場検証と金庫そのものの移動――それは他に任せ、エミリアはロダンの船でイセルナーレの王都へ戻る。


「今日は本当にありがとうね。お腹いっぱい食べて……!」


 エミリアは持ってきた缶詰を開けて、精霊カモメに食べてもらっていた。

 甲板に並ぶのは4個の缶詰――イワシ、ツナ、カニ、サバである。


「ふっきゅ、ふきゅう!」


 精霊カモメはるんるんと小躍りしながら缶詰を食べていた。

 イワシをつまみ、ツナをくわえ、カニを味見し、サバを飲み込む。


 缶詰パーティーである。


「美味しい?」

「ふきゅきゅ!」


 こくこくと精霊カモメが頷く。

 くちばしからカニの白い身とサバの味つけ油身がはみ出ていた。


 ミックスして食べるのはアリなのだろうか、と一瞬思ったが……。

 精霊カモメはぴょんぴょんしながら食べているので良しとしよう。


 精霊カモメへのおもてなしが一段落すると、ロダンがエミリアへ聞いた。


「それで……何を見たんだ?」

「――ちょっと長くなるけれど」


 舵を固定したロダンがエミリアのそばに座る。


 エミリアは杖の破片を紺色のハンカチに包んで持ってきていた。

 膝の上にそのハンカチを広げ、エミリアはロダンへ見たことを語った。


 いくつかの出来事は省略しつつ。

 省いたのは主に前半部分……マルテとカーリック伯爵の部分だ。


(さすがに両親の馴れ初めはね……)


 エミリアも自分の両親の馴れ初めなんて、第三者から聞きたくはない。


 初めは冷静に見えたロダンであったが、やはり話を聞くうちに彼の内面が揺れ動くのがわかった。


 それはエミリアも同じだった。

 過ぎ去る情景を見ていたときは圧倒されるだけだったが、思い出しながら話すと――胸の痛みが止まらない。


 マルテはそんな、死ななければならない罪を犯したのだろうか?

 

 わからない……ただ、悲しい。

 これはもう過去のことで、エミリアにできるのは伝えることだけ。


 エミリアが話し終えると、ロダンは軽く息を吐いた。

 彼の膝の上の手が震えている。


「……そうか」

「私が見たのは、ここまで。杖が砕けて――あのさっき見た岩壁にブラックパール号が当たるところまでだった」

「エミリア、辛いことを話させたな」

「えっ……?」


 戸惑うエミリアの目元をロダンがそっと拭う。

 エミリアはいつの間にか、涙を流していた。


 悲しさに身体が反応していたのだ。


「あ、私……私が泣いちゃったら……ごめんなさい」


 氷の魔力がエミリアの涙に触れ、白い粒に変える。

 対して、ロダンの白く細長い指は熱いほどだった。


 エミリアが少し落ち着いてから、ロダンがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「心から感謝する。母は誇り高く、未来を想っていたんだな」

「……そう、最期の瞬間まで。彼女はイセルナーレと……ロダンのことを考えてたよ」


 ロダンはほとんどいつも冷静な男だ。

 だけど、今は彼も泣きそうになっているようだった。


 泣けばいいのに、とエミリアは思う。

 でもロダンは泣かないだろう、ともわかっていた。


「ありがとう。俺も母を誇りに思う」

「きっとマルテさんも―――ロダンの成長を嬉しく思ってるよ」


 それはエミリアの本心で。

 彼女の愛した息子がエミリアの隣にいた。


 ふいに。

 ロダンがエミリアの肩を静かに抱く。

 

「…………」


 エミリアは何も言わず、そっとロダンの胸へ体重を傾けた。

 穏やかな波の音とロダンの心音が重なって聞こえる。


 船は水平線の向こうへ、帰るべきイセルナーレへと向かっていた。

これにて第2部第3章終了です!

お読みいただき、ありがとうございました!!


もしここまでで「面白かった!」と思ってくれた方は、どうかポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けないでしょうか……!


皆様の応援は今後の更新の励みになります!!!


何卒、よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
息子さんは元気で幸せを掴めそうですよ 精霊カモメさんのご褒美はすごくいいですね
いつも楽しく読んでます! いや〜!本当に良かったよね! 『裏切り者』の一文が悪い意味でなく、母として正しい選択の元で起きたことであり、未来のために命がけの行動に移れたのだから! しかし、最後の光景…
精霊カモメさんの缶詰パーティー。 頑張ったかいがあったね、精霊カモメさん( ̄ー ̄)bグッ!
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