120.過去5
「戻って……来たの?」
マルテは震えながら杖を観察した。
身体が震えるほど疲れ、魔力の枯渇を感じる。
杖に魔力を吸われたかのような……。
今はもう、紫の杖からは何の力も感じられない。
微細なルーンも知らなければ、単なる木材の凹凸だと思うだろう。
結局、あの情景は何だったのか。
杖の見せた幻覚だったのか――杖から答えはない。
魔力を注ぎ込めば、もしかすると答えが出るかも。
だが恐ろしくて、確かめる気にもなれなかった。
「この石板も……」
じっと石板を見つめると、杖と同じような凹凸があるように思えた。
ただ、やはり魔力がないと反応しないようだ。
「……やめよう」
反応させないで解読するのは不可能そうだ。
好奇心よりも恐怖が勝り、マルテは石板に背を向けた。
理解できない現象と手の中にある成果。
石板と杖をどうするべきか……マルテは悩んだ。
「最善の道は――」
未来の為にはどうすればいいか。
マルテは杖を地面に置き、立ち上がってライフルを構えた。
目標は紫の杖。
途方もない価値があるとわかっていたが、これが正解だとマルテは信じた。
破壊するのが一番いい。
マルテはライフルの引き金を引こうとした。
「――ッ!」
『お前にそれはできない』
頭の中に声がしてマルテの指が止まる。
何千回も引き金を引いてきて、初めて撃てなかった。
あの黒髪の女性の声が、なおも聞こえる。
『お前は私に触れた――』
「ど、どうして……!」
マルテが焦るが、どうにもできない。
撃てない。杖に向かって引き金を引けなかった。
マルテはライフルを捨て、紫の杖を掴む。
石板に叩きつけて折ってやろうとするが……杖を振りかぶったところで動きが止まってしまう。
あまりに奇妙な感覚だった。
身体の中に自分でない何かがいて、糸で操られているような。
『不可能だ』
できない。壊せない。
最後にマルテは杖を浮島から海へ捨てようとした。
しかし不思議に力が入らない。
声の言う通り、どうしてもできない。
「……そんな!」
『これがお前の選択だ』
杖を壊せない。捨てられない。
自分の中の何か、無意識が強く拒絶するのだ。
マルテは気が遠くなった。
こんなことが。こんなルーンが存在するのか。
マルテの心に絶望が忍び寄る。
『光栄に思え。資格のある者に出会うまで、お前は選ばれた』
マルテが荒い息を吐く。
失敗した。さきほどのセーフティー機能のルーンを消す行為が、さらなる保護機能のトリガーだったのか。
あるいはあの情景を見てしまったから――?
わからない。
しかし、自分が思うよりもこの杖は遥かに危険だった。
壊すことも捨てることできず、マルテは杖を持ち帰るしかなかった。
マルテは心底、後悔した。
自分が制御できるような代物ではなかったのだ。
こうしてマルテはアルシャンテ諸島の秘密の小部屋にメッセージを残した。
今、信頼できるのはロンダート男爵だけ。
彼に託せることを託すために。
マルテはアルシャンテ諸島より帰還した。
唯一の救いは壊す、捨てる行為でなければ杖と離れることは可能だということ。
絶望的なのはそのふたつはどうやっても不可能ということだった。
他人に任せれば可能かもしれないが……。
しかし、誰に? レッサムを自分と同じ目には遭わせたくない。
カーリック伯爵も頼れない。ロダンまでこの杖に巻き込まれたら――。
結局、マルテはアルシャンテ諸島と杖を隠し通すことにした。
ロンダート男爵へ託すモノを除いて。
無論、墓堀人からの評価は下がった。
2年余りの探索が無駄に終わったのだから、当然だ。
だが墓堀人は単独行動が多く、縦横の繋がりも希薄である。
海軍の上司も部下もマルテの裏の顔をしらない。
(……監視されている)
マルテが異変に気づいたのは、組織へ失敗の報告をした翌日だった。
海に出ようとすると海軍から査察官が同乗するようになったのだ。
カローナ連合と緊張状態のため、というが……。
明らかにマルテの指揮するブラックパール号だけ頻度が多い。
陸の仕事に従事していても見慣れない軍人がいる。
ロンダート男爵との接触をしようにも、できなかった。
(疑われている……)
墓堀人からの信頼を損なった結果だった。
即座に手を出してこないのは、マルテにカーリック家との繋がりがあるからだろう。
だが肝心の杖をどうすることもできず、マルテは焦った。
もう残された時間は少ない。
そんな折、マルテに出動命令が下される。
輸送船団を先導し、護衛せよ。
大した命令ではない。
航路がカローナ海というのが気になったが……。
だが、マルテには千載一遇の好機だった。
船団を率いるのはロンダート男爵率いるロンダート船舶株式会社だった。
マルテは紫の杖をブラックパール号へ持ち込むことに決める。
――為すべきことを為すために。
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