115.金庫に残されたもの
金庫に刻まれたマルテのルーンは、残り半分ほど。
右半分はすでに消えている。
エミリアも消耗していたが――この中を見たいという想いには逆らえない。
だが、ルーンの消去をやっていてふと気づく。
(左半分は……ずいぶんと大雑把なように感じるわ)
大慌てで作業したような。
実際、そうなのだろう。
この金庫を封印したとすれば、それは海に沈む直前なのだから。
すべてがきちっと出来るはずもない。
それゆえ、終わった右半分に比べると左半分はさらに加速して終わった。
マルテのルーンが真っ白な塵になり、ぱらぱらとほどける。
作業したのは10分ぐらいだろうか……。
最後の文字をかき消して、エミリアは長い息を吐き出した。
ロダンがエミリアの肩を優しく抱く。
「……お疲れ様。終わったな」
「開けるのは任せてもいい?」
金庫のルーンは解除したものの、扉は金属製。
さらにフジツボやら錆やら苔やら……エミリアが開けられる状態ではない。
「無論だ。そのために人を呼んだのだからな」
ロダンが砂浜にいる人員に目配せする。
手提げかばんを持った、ふたりの若い警察官が金庫へ寄ってきた。
魔術師の雰囲気ではない。
どちらかというと、鑑識とかの技術畑っぽい人たちだ。
「開けられるか?」
「ルーンがなければ大丈夫です。少し、お下がりを」
ロダンとエミリアは十歩ほど下がった。
代わりに警察官が金庫の扉の前に陣取り、作業を開始する。
鞄から取り出したヘラや砥石で表面を削っていく。
ガリガリガリ……。
ルーンの魔力が弾け、金庫の扉の汚れが落ちる。
付着した汚れは思ったほど厄介ではなかったのかもしれない。
まもなく、金庫の扉周辺は見違えるようになった。
「よし……」
警察官がロダンに目配せし、扉の横にどく。
そこにロダンが歩み寄り、まずダイアルをカチカチと回し始めた。
――ガチッ!
ものの数秒で扉から音が鳴る。
どうやら開閉機能はしっかりと生きていたようだ。
ロダンが数歩後ろに控えるエミリアへ声をかける。
「開けるぞ」
「……うん、お願い」
ロダンが肩と背中に力を込め、ハンドルを回す。
鈍い金属音が聞こえ、ゆっくりと金庫の扉が開いていく。
思わずちょっと屈み、ロダンの横から金庫を覗くエミリア。
「どれどれ……」
「予想通りだな」
金庫は二段の棚があり、上段には大きな皮袋がいくつも置かれている。
赤、青、緑……くすんでいるが、無事そうだった。
あとはヤシの木の葉の繊維、乾いた砂……。
隙間から入ってきたようだ。
「この皮袋の色で中の書類を示している。青は海軍から、緑は船舶そのものの記録のはずだ」
「……赤は?」
「機密文書だ」
しれっと言ったロダンにエミリアが首をびくっとさせる。
「それ、私が聞いてよかったの?」
「今はもうこのシステムを使ってない。当然、適当なサイクルで変えている」
「ああ……なんだ……」
心臓に悪い。
エミリアが下段を見てみるが、そこには何も置かれていなかった。
ロダンが皮袋を取り出し、開封する。
そのままぱらぱらとロダンは書類に目を通した。
エミリアからはその紙がにじんでいること、ぐちゃぐちゃとした字が書いてあることしかわからない。
(まぁ、暗号文でしょうから私は読めないし、読まないほうがいいんでしょうけど)
「……ふむ」
「どう?」
「過去の書類だ。読めなくても問題はない」
さらにロダンは金庫の上段に手を伸ばし、漁り始めた。
だが、置いてあったのは3種類の皮袋だけのようだ。
「じゃあ、書類だけ?」
「あとは砂や埃、ゴミ程度だな」
金庫の密閉具合はそこそこしっかりとしていたらしい。
下段も状況は同じだろう。
「ふきゅん」
精霊カモメが金庫の上からばさっと砂浜に着地してくる。
そのまま精霊カモメが羽をばっさばさと金庫へ向かって振り始める。
「んんっ?」
ロダンとエミリアが下段の中を覗くと、そこには小さな木片が入っていた。
紫色で、爪程度の長さだ。
どこからか入り込んだのか。
なんてことのないモノだ。
「ゴミ……?」
エミリアが呟く。
その瞬間、木片の表面に極小のルーン文字が見えた。
「……あっ」
そうだ、とエミリアは思い出した。
呼ばれていたのだ。この金庫の中から。
誰が?
わかりきっている。
彼女が。
いまや、紫の木片にはびっしりとルーンが浮かんでいる。
触れなくちゃ。
彼女が呼んでいる。
エミリアは誘われるがまま、屈んで肩を動かす。
ルーンの呼ぶほうへ。
「エミリア?」
驚くようなロダンの声。
それに、彼の腕がエミリアを止めようとする。
――呼んでいる。
エミリアはさっと木片へと腕を伸ばした。
ロダンの制止より早く、エミリアは指先で木片に触れた。
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