112.対決
エミリアはロダンからこうなるかもしれない、とすでに聞いていた。
あえてふたりで行動することで――容疑者を呼び出す、と。
港まで金庫を移さなかったのは、それが理由だ。
誘き出すため。ロダンの手で決着をつけるため。
(……この人が)
ロダンと雰囲気と髪の色は似ている。
だが、緑の瞳と佇まいはぞっとするほど寒気がした。
細められた目は人を喰らう蛇のように、冷たい。
レッサムが腕を広げながら砂の上を歩く。
「大胆なマネをするものだな。あえて、か。あえて俺を呼んだのだろう?」
「そうだ。市街地であなたを捕らえるのは面倒なのでな」
「……舐められたものだな。確かに、このタイミングはお互いにとって意図した通りではあるだろう」
ごくりとエミリアが喉を鳴らす。
レッサムの歩みは遅い。獲物をゆっくりと吟味している動きだ。
(この人は――強い)
エミリアは相対した魔術師なら、その魔力をある程度は探り当てられる。
レッサムの内在する魔力はロダンほどではない。だが、近しいレベルにいる。
イセルナーレで会った人間では2番目に魔力が大きい。
問題はそれだけではなかった。
(ロダン、大丈夫なの……?)
レッサムの身につける輝く兜は帽子のように、軽く乗せるタイプだ。
銀とミスリルの輝き、そしてルーンの魔力を放っている。
腕当て、脛当て、靴、軍服で見えない部分もルーンの装具で守っている。
どれもが最新鋭の軍用ルーン装具であった。
対して、ロダンは貴族用の普段使いのルーン装具しか身につけていない。
装備という面ではお話にもならない――蟻とライオンほどの差がある。
レッサムもそれがわかっているのだろう。
だから姿を見せてきたのだ。
ゆっくりとレッサムがロダンに語りかける。
「黙って下がれ。そうすれば、手荒なマネをしないですむ」
「伯父殿、何か勘違いをしているようだな」
「何だと……?」
レッサムの魔力が危険な色を帯びる。
同時にロダンも全身から白の魔力をみなぎらせていた。
「軍用ルーンの無断持ち出し、海軍の帰投命令無視。投降するなら今のうちだ」
「――抜かせ。お前を排除して、俺が手に入れる」
「そうか。であるなら、騎士の名においてあなたを拘束する」
レッサムが息を吐く。
全身のルーンに魔力が行き渡り、装具が融合する。
それは棘と金属でできた、ガーゴイルだった。
軍服を突き破り、衝角と金属がうねる。
これが全身鎧の進化系、ルーン魔術師の戦闘態勢であった。
要はパワードスーツである。
エミリアも知っていたが、見るのは初めてだった。
対してロダンはまったくといって良いほどルーンを展開しない。
「ロダン……!!」
「心配するな。離れていろ」
機先を制したのはロダンだった。
海と砂を蹴り、数十メートル離れたレッサムに肉薄する。
「愚かな」
レッサムが呟き、右腕から刃を生やす。
銃剣の亜種であるミスリルの刃は、人体をたやすく裂く。
一切のためらいもなく、レッサムは殺傷武器を生み出した。
そのままレッサムはロダンを迎え撃つために刃を振るう。
「邪魔をするな!!」
ルーンで強化された筋力が刃を加速させる。
ミスリルの光沢がロダンに向かう――。
ロダンの右手に白の刻印が浮かび上がる。
ルーン魔術の高等応用。自分の身体を素体とみなし、ルーンを発現させる。
パキッと大気が凍り、ロダンの手に氷の長剣が握られた。
ロダンが両腕で氷の剣を構え、上段に振りかぶる。
「ぬぅっ!? 装具なしで……っ!」
レッサムは腕をひねり、ロダンの一撃を受け止める。
ミスリルの刃と氷の剣がぶつかり、金属音と火花が弾けた。
魔力をまとったミスリルでもロダンの氷は砕けない。
その硬度にレッサムが驚く。
この戦闘技術はイセルナーレに伝わるものではない。
理論上は可能だが、人間ができるようなルーン魔術ではなかった。
「器用なマネを! どこでこんな技を……」
「……ウォリスで習った。まだやるか?」
「ふん。武器は良くても膂力が足りないぞ!」
レッサムが体勢を立て直し、蹴りを放つ。
避けられる速さではない。
蹴りはロダンの腹部に命中し、彼を弾き飛ばす。
レッサムは右だけなく、左の腕からもミスリルの刃を生み出した。
軍用ルーンのフル出力は魔力の消耗が激しいが、構ってはいられない。
確実にロダンを打ち倒すため、レッサムが加速してロダンに向かう。
「ふきゅー!」
「……なに!?」
突然の鳴き声と衝撃。
意図しない左側からの衝撃で、レッサムの態勢が崩れる。
「ぐっ……!」
何か、何かがレッサムにぶち当たってきたのだ。
一瞬何が起こったのか把握できなかったが、レッサムはすぐに兜の奥から金庫へ視線を走らせる。
「あの女か……!!」
戦闘用のルーンを持っていないので、油断した。
軍人でもなく、武器もない。そんなエミリアをレッサムは警戒していなかった。
「ふきゅ……!」
レッサムにぶつかってきた物体が方向転換して空を舞う。
それは精霊魔術で強化された精霊カモメであった。
エミリアが意識を繋ぎ、ここまで連れてきた小型精霊だ。
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