109.カローナ海
8月末、その日はなぜかとても暑く感じられた。
雲ひとつなく、太陽が港に降り注ぐ。
東の埠頭でエミリアはロダンの隣に立つ。
「用意はいいか」
「うん」
ブラックパール号の金庫が見つかったのはカローナ海だ。
海に沈んでいるのではなく、岩礁に引っかかっているらしい。
そのため、直接現地で作業するほうが適切――とのこと。
解体だけならその必要はないが、金庫の中身がある。
(出張費も足されるし、否やはないんだけど……)
船に乗ってカローナ海まで。
これで4万ナーレ、8万円ほどのプラスだ。
空に精霊カモメが舞う。
飽きずに餌を探しているのだろうか。
エミリアはそっと息を吐き、集中する。
空を飛ぶ、結界の外の精霊カモメへ。
すでに一度、繋がっているのでさほどの苦労はない。
「――おいで」
軽く指を立てて振るう。
エミリアの視線の先にはブラックパール船舶の用意した高速艇があった。
この前、ロダンと一緒に乗った船よりは大きい。
しかし搭乗人数は10人ほどで、今回乗るのはエミリアとロダンだけだ。
ロダンが船に乗り込み、エミリアが続く。
精霊カモメが旋回し、船先の手すりに着地する。
「行こう」
エミリアは頷き席に着いた。
ロダンが舵を取る。
蒸気機関が動き出し、煙が上がる。
ルーンと蒸気が連動して船が動き出す。
パワフルな高速艇はふたりを乗せ、海を走り出す。
「目的の場所は2時間かかる」
「大丈夫よ」
波は穏やかで揺れもさほどない。
精霊カモメが手すりからぴょんと席へと移る。
「きゅー」
「ふふっ……ちょっとだけ我慢してね」
エミリアが隣にきた精霊カモメを撫でる。
思いのほか、ほっかほかで羽毛が柔らかい。
「……本当に釣り出されてくれるのかしら?」
「間違いない。この機会を逃しはしないだろう……。エミリア、寝てても大丈夫だぞ」
朝早くから出発して、目的地に着くのは昼近く。
体力も温存したい……そして席も広い。
「じゃあ、少し休ませてもらおうかしら」
「近づいたら起こす」
エミリアは精霊カモメをそっと膝の上に置く。
さほどの重さでもなく、精霊カモメもされるがままだった。
「ふきゅー」
背に体重を預け、空を眺める。
潮風と精霊カモメのふもふもを感じて……エミリアは目を閉じた。
夢を見た気がするが、起きると忘れてしまうものだ。
身体を揺さぶられてエミリアは目を覚ました。
「……ふぅ」
「着いたぞ」
エミリアの肩を軽く揺さぶっていたのはロダンだった。
船は洋上で止まっている。
目をぱちくりさせて周囲を見渡すと、船が停泊していたのは小島のすぐ近くの海であった。
小島までは数百メートルほど。
視界に収まる程度の島だ。
エミリアが精霊カモメを席に置き、立ち上がる。
小島には美しい砂浜があり、ヤシの木が生い茂っていた。
確かに、人が住むには小さすぎるだろう。
島のやや奥――さらに数百メートル先、剥き出しの大岩が海から突き出ている。
真っ白で武骨な大岩で、何の草木も生えていない。
大岩の周囲にはクレーンを備えた船が何隻もいた。
ブラックパール船舶の船だ。
……ということは。
ぞわっとしたものを感じたエミリアにロダンがそっと声をかける。
「ブラックパール号が衝突した岩壁……あれがそうだ」
「やっぱり……」
「15年経って、ようやくあの大岩も特定できた。君が処理した船の残骸は、皆あの岩の周囲から引き上げられたものだ」
ロダンの言葉に改めて重みを感じる。
この世界では、死者へ祈る作法も日本とは少し異なる。
利き手の手のひらを胸に当てるのだ。
エミリアは失われた魂へ祈りを捧げる。
(――どうか安らかに)
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







