107.暴走が終わり
東の港の入り口、通りの街灯沿いにテリーは馬を停める。
ようやく、やっと停止できた。
先に馬から降りたテリーがエミリアの手を取り、馬から降ろす。
降りたエミリアが朗らかに微笑んだ。
「どうも、ありがとうございました」
「あっ、いえいえ……」
馬を降りた途端、エミリアの人がすっと変わる。
こうしていると単なる貴婦人なのだが……。
エミリアが軽く礼をする。
「助かりました。ロダンに会ったら、どうぞよろしくお伝えください」
「こちらこそ。今後とも色々とよろしく……」
早鐘を打つ心臓を隠し、テリーはエミリアを見送る。
倉庫の角にエミリアが姿を消したのを確認し、テリーはひとりごちた。
「……とんでもねぇ人だったな」
「ふむ、エミリアは相変わらずか。ご苦労だったな」
いつの間にか、テリーの背後にロダンがいた。
聞き馴染みのある声にテリーが飛び上がらんばかりに驚く。
「おわっ! 団長!?」
「どうした、別に気配を消していた覚えはないが」
「驚かせないでくださいよ。今の俺、心臓がドキドキして負荷がかかってるんですから」
「ふっ……あんな速度で王都を駆ければ当然か」
ロダンの口振りからすると、一部始終を見られていたらしい。
まぁ、馬車を追いかけようとする人間なぞ王都にはいない。
ぽりぽりとテリーが金髪をかく。
「見てたんですか?」
「手綱を取られそうになっていたな。まぁ、彼女は馬に乗ると性格が変わる」
「やっぱり、そうなんすね……。いや、素人が勘弁してほしいですよ」
テリーが肩をがっくしさせると、ロダンが低く笑う。
「俺に乗馬を叩き込んだのがエミリアだぞ。勘を取り戻せば俺より上手い」
「えっ……マジですか?」
何事にも完璧なロダンは当然、乗馬の腕も比類ない。
少なくとも王都騎士団では並ぶ者がいないし、それは最初からだった。
イセルナーレの全騎士の中でも5本の指に入るだろう。
テリーも非常に上手い部類には入るが、ロダンには勝てない。
そんなロダンより上手い……というのが信じられなかった。
「俺とて、何でも最初から出来たわけではないぞ」
「団長ほど最初から出来る人もいないと思いますが……にしても、彼女が団長に乗馬を……」
「ずいぶんハードだったな」
ロダンの口振りは遠い日々を回想しているようだった。
「最初は後ろに乗っていたんだが、容赦なく馬を飛ばすんだ。平気な顔をしながら崖を一気に駆け降りる。太ももが吊りそうになる」
「…………」
テリーが軽く身震いする。
ウォリスの山岳地帯を思えば、必要な訓練ではあろうが。
にしても初心者には過激な訓練メニューである。
「並んで馬に乗っても、容赦なく急かすんだ。大概のことは優しかったが、乗馬だけは人が変わったな」
「そ、そうなんすね……」
「災難だったな。ふっ……」
懐かしさが抑えられないのか、ロダンから笑いが漏れる。
笑い事ではなかったのだが……しかし、誘ったのはテリーからだ。
しかも違法なことは何もない。
「ウォリス人は馬になるとうるさい。覚えておくことだ」
「本当に……肝に銘じますわ」
にしてもロダンもこういう笑いをするのか、とテリーは思った。
さっきのエミリアとロダンは留学時代の友人だったという。
きっと様々な過去があっての、今の反応なのだろう。
「じゃあ、俺も港へ仕事に行く。お前は引き続き、捜査に当たってくれ」
「ええ……その前にひとつだけ、いいですか?」
周囲に人がいないのを確かめ、テリーがそっと聞く。
「団長には、この事件がどこまで見えているんですか?」
「ふむ……不安か?」
「正直、霧の中を歩いているみたいです」
テリーの迷いをロダンはしっかりと見据える。
ややあって、ロダンはテリーの肩に手を置いた。
「……外からの侵入者がいない場合、疑うべきはひとつしかない」
ロダンの言葉ははっきりと聞こえたが、テリーにはその内容がにわかに信じられなかった。
「団長、それは――ブラックパール船舶の中に犯人がいる、ということですか?」
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