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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
2-3 血によりて

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103/308

103.最後の秘密

 刻まれた異質なルーンはこれだけだった。

 たったこれだけの一文。


 だが内容は……エミリアは目の前にあるルーンの意味を考えた。

 このルーンはマルテを糾弾している。


「……売国奴?」


 首を傾げながら音読するセリスにエミリアははっとする。

 ――消さないと。


 とっさにそう判断したエミリアは指先に魔力を込め、ルーンの前半部分に押し込めた。


 元より強固とは言えないルーンだ。

 エミリアの瞬時の動きでルーンの一部がかき消える。


「あっ……」

「ごめんなさい、読んでいた?」


 にこやかな雰囲気を崩さぬエミリアに、セリスが手を振る。


「いえ、私に読めたのは最後の部分だけなので。エミリアさんは読めました?」

「最後はね。前半はもうかすれてわからなかったわ」


 セリスの顔に疑問は浮かんでいない。

 どうやら本当に彼女が読めたのは、最後だけだったらしい。


 エミリアがあえて、最後の部分に触れる。


「誰かを罵っていたみたいだけど……」

「ですね。まぁ、でも落書きかカローナへの罵倒じゃないですか?」


 セリスは考えながらも、その程度のことだと見なしていた。

 エミリアが心の中でほっとする。

 

「私もそう思うわ。強い怒りが込められているのは間違いない……」

「気の毒には思いますが、15年前のルーンですからね」


 彼女は今、16歳とちょっと。

 15年前のルーンはあまりにも昔のことであった。


「その通りよ。私たちは粛々と解体を進めるだけだわ」


 実際には、とんでもないことになっているのだが。


 だが、それはセリスには負わせられない。

 もう彼女は充分に自分の人生を背負ってしまっている。


 4個目の残骸も、このルーン以外に特筆すべきことはなかった。

 船体外部のルーンはほぼ把握して消去できている。


 ルーンの消去が終わると、この残骸も切断されて運ばれていった。

 作業そのものは順調だ。


 夕方近くになり、セリスがブラックパール船舶からの申し送り書類を読んでいる。

 この書類は今日届いた最新のものだ。


「ふむふむ……今度は船体内部かも、ですか」

「これまでは船体表面だけだったからね」


 言ってから微妙な表現かもとエミリアは思う。


 しかし正式用語をエミリアは知らない。

 とりあえず作業したのは外気に当たる部分だけだ。

 

「ということは温度調整に絡むルーンも……」

「生活空間の部分はそうなるはずよ」


 つまり系統の違うルーンの消去作業が入ってくるということだ。

 気合いを入れ直さなければ……。


 セリスと今後の打ち合わせを軽くやって終える。

 その時、ちょうどロダンが倉庫から歩いてくるのが見えた。


 ふとエミリアの脳裏にルーンのことが思い浮かぶ。

 

(……あ。さっきのルーンのこと、どうしよう)


 大した意味のないルーンだ。きっと、何かで書き飛ばしただけで……。

 でも内容は明確にマルテを指していた。


 セリスがエミリアの様子を見て、少し首を縮める。


「私は先にお暇いたしますね」

「あっ、作業も終わったし……また明日も頑張ろうね」

「はい……! では、お先に失礼しますっ!」


 セリスが一礼して去っていく。

 入れ替わりにロダンがエミリアのそばに来た。


 セリスの去っていった方角をロダンが見つめる。

 

「……また気を遣わせてしまったか」

「そうね、どうもそういうことに敏感みたいで……」

「悪いことではないのだがな」


 年下に気を遣われると、ちょっと恥ずかしい。

 それはきっとロダンも同じだった。


 さっきのルーンの件をエミリアが悶々と考えていると、ロダンが口を開く。


「……少しいいか?」

「あっ、うん……」


 エミリアの歯切れが悪い態度を見て、ロダンがわずかにエミリアへ近づいた。

 ロダンの端正な顔が少し迫り、エミリアの心臓が跳ねる。


(あ、バレた……っ)


 エミリアが何かを隠していること、ロダンがそれを悟った。

 隠し事がお互いにできない、というのは時に厄介である。


「何かあったな」

「……うん。でもそんな大事なことではないと思うから。ロダンのほうから……」


 ロダンが海の彼方に視線を送る。

 太陽が徐々に西へ沈もうとしていた。


「作業員から聞いたが、そろそろ船体内部の解体作業だな」

「そうね、もう明日ぐらいには着手できると思う」


 ロダンが静かにささやく。

 その言葉は小さかったが、はっきりと潮風に乗って聞こえてきた。


「……沈没船の地点から密封された金庫が出てきたようだ」

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