102.告発のルーン
ロダンの姿を認めたセリスが優雅に席を立つ。
「私、作業に戻っておりますね」
「ごめんなさいね、セリスさん。私もロダンと話し終わったらすぐ行くわ」
セリスが気を利かして席を外してくれた。
その辺りの機微はさすがに抜かりない。
ロダンがエミリアのすぐ隣に席を寄せ、座る。
「悪かったな。あまり連絡できなかった」
「あなたも忙しいんだから……そこは理解してる」
必要なことがあれば、ロダンは絶対に報告してくるはずだ。
それがないということは、進展もないということ。
(あと爆発事件は……刑事事件だしね)
結局、あの爆発について続報はない。
新聞が好きに書いている状態だ。
いわく爆発物の保管ミスとかライバル会社の工作だとか……。
ブラックパール船舶は自社のミスではないと公式声明は出したけれど。
しかし、犯人がいたとして捕まったわけでもない。
「すまん。やはり刑事事件は色々と制約があってな。ただ、進展もあった」
「ふむふむ……」
セリスは数十メートル離れた位置で、船の残骸の前に屈んでいる。
会話が聞こえる心配はない。
「まずマルテからロンダート男爵に託されたという資料について、クオリッサ夫人は何も知らなかった。爆破事件に絡み、許可を得たうえで男爵家を捜索したが……そこでも何もなしだ」
……それは進展なのだろうか?
エミリアの心の声が聞こえたのか、ロダンが補足する。
「これは新聞にも掲載されていないことだが、沈んだブラックパール号の資料の一部が消えている」
「……っ!」
「ロンダート男爵家と事務所を総ざらいした結果だ。ほぼ間違いない。誰かが資料を持ち去った」
「じゃあ、その持ち去った人間が……?」
エミリアがごくりと喉を鳴らす。
その人間がブラックパール船舶の倉庫爆発事件に関わった人間なのだろうか。
「恐らく。目星はついているが、君の知らない人間だ」
「そ、そう……」
ロダンの瞳の青が濃くなった気がした。
この雰囲気のロダンに問うても、答えは出ないだろう。
「この事件はまもなく終わるだろう」
澄んだロダンの声。
遠くでカモメが鳴いている。
「私のやるべきことは?」
「この船の解体業を継続してくれ。それが願いだ、全員のな」
ロダンは水平線に目を向けた。
遥か先でブラックパール船舶の船が航行している。
いつの間にか、エミリアもブラックパール船舶の船なら見分けられるようになっていた。
「邪魔をした、俺もそろそろブラックパール船舶の事務所に寄らなくては」
「ええ……私も作業を頑張るわ」
ロダンが立ち上がり、エミリアも続いた。
足早に去るロダンを見送ったエミリアは、セリスの元に行く。
彼女は真剣に作業をしているみたいだった。
「ふーむ? ふむむ……」
「待たせたわね、終わったわ」
「んひゃ! ああ……エミリアさんでしたか……」
セリスが眼鏡をずらしそうな勢いで飛び上がる。
そんなに驚かせたつもりはないのだが……とエミリアは思った。
セリスは集中すると周りが見えなくなるのかもしれない。
エミリアがセリスの屈んだ先に注目する。
乱雑に歪んだルーンの中に、雰囲気の違うルーン文字があった。
「これは……」
「エミリアさんも気がつきましたか。どうも違う人のルーンのようで」
セリスのすぐ隣にエミリアは屈み、船体に手を伸ばす。
彼女が注目したのは小さくて弱いルーン文字だ。
(……船ができたのは40年前だっけ)
多分、船体のルーンよりもずっと新しい。
この手をかざしたルーン文字は……マルテとは違う。
雪のような冷たさ、流麗さがない。書き殴ったようなルーンだ。
「暗号でもないし読めそうね……」
単にルーンの文字が細かくて、さらに崩れているだけだ。
エミリアが言って、ルーンに集中力を傾ける。
…………。
ルーンに刻まれているのは、戸惑いと怒りだった。
このルーンを刻んだ人はよほど腹が立っていたのだろうか。
刻印の際に抱いた感情はそのままルーンに残ることがある。
(さて、どんな内容なんだろう?)
正直、マルテの刻んだルーンではないと判断したエミリアは油断していた。
どうせ大した内容ではないと思ったのだ。
「えっ……?」
「もう読み取れたんですか?」
セリスが瞳を輝かせる横で、エミリアの背にぶわっと汗が浮かぶ。
船体に残されたルーンは予想だにしない内容だった。
『マルテが裏切った! あの女は売国奴だ!』
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