101.お弁当
イセルナーレの8月下旬。
暑さも少し和らいだ気がする。
それでもウォリスに比べると断然暑いが。
日中、エミリアはセリスとの作業を終えて、昼食を一緒に摂る。
日傘の下で、潮風に誘われながら。
実は今日の昼食はエミリアお手製のお弁当である。
生活の知恵の一環として、セリスの分も持ってきていた。
(節約術としては基本よね)
メニューのひとつは、柔らかめな白パンにハムとアンチョビを挟んだもの。
もぐもぐ……エミリアはセリスと並んで昼食を始める。
「家で作ってくるだけで、だいぶ費用が違いますね」
「ええ、これも生活の知恵よ」
イセルナーレでは中食も外食も発達している。
量と質を思えば、決して高くはないが……節約したいなら話は別だ。
エミリアもセリスも昼食はそんなに、派である。
なら、お弁当のほうがいい。
「あまり食べないのであれば、このほうがいいかなって」
「ですね。それでも充分おいしいですけれど……」
「ありがとう。アンチョビは旨味が詰まってるからね」
発酵食品は塩気、旨味ともに強い。
そういったものはお弁当に向く。
エミリアがパンの端から食べていく。
しっとりとしたパン、それにハムとアンチョビの塩気が効く。
……美味しい。
安価なアンチョビでもイセルナーレなら質はとても高い。
アンチョビはイセルナーレのソウル調味料だ。
その価格と質は、政府も常に注意を払っているとか。
「あとはフルーツポンチね」
砂糖水にブルーベリー、マンゴー、パイナップルを入れてパックするだけ。
お好みでフルーツジュースを追加してもいい。
フルーツポンチこそ、イセルナーレの庶民に人気のデザート。
保存性、携帯性に良くてアレンジもできる。
「腐る心配もありませんしね」
「乳製品はやっぱり、それが不安よね……」
パンを食べ終わり、別の器に入れたフルーツポンチを取り出す。
甘い砂糖と果汁の匂い。
スプーンですくって、食べる。
刻んだマンゴーのねっとりとした甘さとパイナップルの酸味。
うーん、仕事の合間のデザートは格別だ。
「糖分は大切よ……!」
「魔力の使用には体力を使いますからね!」
魔力の発動と一緒に体脂肪も消える、という噂がある。
もし魔力と一緒にカロリーも消えてくれるなら、とても嬉しい。
カモメが遠くで鳴いている。
あれはノーマルカモメだ。精霊カモメではない。
エミリアがフルーツポンチのジュースをスプーンで飲みつつ、次の話題を振る。
「そろそろ引っ越しもするんでしょ?」
「ですね。家具もエミリアさんのおかげで見繕えたので、9月初頭にやろうかなと」
部屋自体はもう押さえてるのだが、引っ越し自体は先延ばしであった。
恐らく、これが正解である。
やっぱり他国のお嬢様が市井で一人暮らしするのは楽ではない。
セリスが涙を浮かべながら、最後のパンに手を伸ばそうとしていた。
「これも全部、エミリアさんのおかげですぅ……」
「そんなことないわ、あなた自身がしっかりしていたからよ」
エミリアの賛辞は心からのものだった。
セリスの柔軟性と賢さがあったからこそだ。
話しながら、エミリアは空から視線を感じる。
「あ」
「へ?」
エミリアがセリスの肩を掴んで、ぐっと引き寄せる。
もちろん体勢を崩すセリス。
そこにカモメが空から突撃してきた。
「あえっ」
「きゅー!」
カモメがしゅっと突っ込んで――そのまま空へ戻っていく。
どうやらセリスの手にあったパンを狙ったらしい。
だが、エミリアのおかげでパンは無事だった。
「……びっくりしました!」
「私もうっかりしてたわ。精霊じゃないカモメなんだから、結界なんて無視してくるのよね」
「ああ! 確かに……!」
ふぅ……これも学びだ。
野外で食べる時は鳥に注意しないと。
体勢を戻したセリスが最後のパンを勢い良く食べる。
あまりの勢いで、頬がぱんぱんになっていた。
(いや、そんなに焦って食べなくても)
そこにふっと馴染みのある魔力をエミリアは感じた。
ここ最近、何度も接している魔力だ。
「……昼食中か」
埠頭に現れたのはロダンであった。
彼はほぼ毎日、埠頭に顔を見せている。
ただ、話しかけてくることは珍しかった。
遠目で会釈するくらいだ。
それが今日は珍しく、エミリアに話しかけてきた。
どうやら……何かあるらしい。
フルーツポンチは本場だとアルコールで作られることも多いそうです。
日本では多分、ノンアルコールが主流かと思いますが。
これも食文化の違いですね。
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