山賊と吸血鬼
やっとヒロインを出せました。
「随分と身軽だな。まさか、あれだけで全員が都合良く寝てくれると思ったのか?……だとしたら、相当おめでたい頭してやがんなぁ!」
山賊は僕の格好を見て、少し表情を緩める。
大方、楽に勝てるとでも踏んだのだろう。
「そうできればよかったんだけどね」
僕はさりげなく周囲に視線を送り、目の前にいる男以外の山賊が全員眠っていることを確認した。
奥には縛られた少女の姿があり、少女の後ろには出どころの分からない金品が無造作に放られている。
もはや、言い逃れはできない。
彼らが相当な悪事を働いたのは、一目瞭然だった。
僕は長剣を【収納】から取り出す。
モンスター相手なら間合いを誤魔化す【入れ替え】が有効なのだが、相手も武器を持っている状況となるとまた話が変わってくる。
剣の間合いが伸びたところで、剣自体を受け止められたら元も子もないからだ。
「そんなボロい武器で俺を倒そうってか?……面白ぇ、できるもんならやってみろ!【岩砲弾】!」
「……無駄だよ。【収納】」
魔法によって打ち出された岩に、僕は【収納】で対応する。
【収納】が使える条件は、ある程度固体としての形を持ち、命を持たないものであること。
ほとんどの魔法は前者の条件に該当しないため、【収納】することができない。
しかし、例外的に収納できる魔法も存在する。
もしも山賊が使う魔法が土魔法でなかったら、恐らく僕はこんなに急いでクエストに向かわなかっただろう。
土魔法使いが相手なら、僕に分がある。
そう判断して、ここに来たのだから。
「荷物持ちごときが、岩を収納した程度で良い気になるなよ。俺は別に魔道士じゃねぇ。本職はこっちさ!」
そう言うと、山賊は大きな斧を手に取り、それを振り被りながら突進してきた。
(……あれをまともに受けたら、剣ごと斬られるな)
そう判断した僕は、長剣を両手から右手に持ち替え、空いた左手で【収納】から砂の入った袋を取り出す。
本来は敵の目潰しに用いるのが正しい使い方だが、今回は盗賊の注意を引けさえすれば良かった。
使う武器が大きくて重いほど攻撃の威力は増大するが、その分生じるスキも大きくなる。
一回だけ、攻撃を逸らすことが出来れば。
素早さに自信のある僕にとって、勝利条件は盗賊の最初の一撃をどうにかして避けることだった。
盗賊がいよいよ斧を振り下ろすというところで、僕は砂袋を顔面に向けて思いっきり投げつける。
「!」
……得体の知れない飛び道具が突然顔の前に飛んできて、即座に陽動だと気づける人間はそう多くはない。
反射的に山賊は斧の軌道を無理矢理変え、僕が投げた砂袋を斬り割いた。
「あぁ!?クソっ、目が……」
「もらった」
再三言うが、僕の目的は斧の軌道を逸らすこと。
この際、投げるのは砂袋でなくても、山賊の気を逸らせることができれば何でもよかった。
重い斧を砂袋に振ってしまった山賊は、スキだらけの姿勢を僕の前に晒していた。
「はぁぁぁぁぁ!」
「!!」
僕は全力で長剣を振り下ろす。
当然それを避けられるはずもなく、肩から袈裟斬りにされた山賊は、その場に崩れ落ちた。
僕は気絶した山賊にまだ息があることを確認し、【収納】から取り出した縄で入念に縛り上げていく。
勿論、周囲で眠っている仲間達も同様に。
(……僕がこんなに全力で剣を振っても、ほとんどの剣士からすれば峰打ち程度だもんなぁ)
この山賊を相手に僕が思い切り剣を振るえたのは、彼がきちんと防具を着用していたからだ。
皮肉なことに、僕は昔から手加減が得意だった。
……僕がどれだけ本気で斬っても殴っても、そこまで大した威力は出ないから。
スキルが強さの半分を占めると言われるこの世界では、攻撃スキル無しというのはあまりにも大きすぎるハンデだった。
(まぁ、今回はそれが功を奏したかな。盗賊を生け捕りにできたし、結果オーライって事で。さてと……)
僕は改めて山賊がもう残っていないことを確認し、囚われていた少女の縄を解いて収納した。
「大丈夫?」
「はい。助けていただき、ありがとうございます。あ、あの、助けて頂いた上で、烏滸がましいとは思っているのですが……」
「?」
「少しだけ、血を分けて頂けませんか?もう、喉が乾いて仕方なくて……」
……は?
少女の言っている意味が分からず、僕は三度ほど頭の中でその言葉を反芻する。
目の前にいる少女は、どう見ても人間だった。
彼女の瞳は吸血鬼特有の赤い眼ではない。
そもそも、もし吸血鬼ならばあんな山賊程度、縛られた状態からでもどうとでもできたはずだ。
「やっぱり、ダメ、ですよね」
「ごめん。その前に、君は吸血鬼なの?」
「……はい。と言っても私は吸血鬼の出来損ないで、瞳も赤くなければ、操血術も上手く使えないのですが」
…それを聞いた僕は、少女の境遇に深く同情した。
多くの冒険者が吸血鬼を恐れる理由は、血を操って戦う攻撃ーー「操血術」によるものが大きい。
吸血鬼は魔法を使えないということを代償に、並の魔法を遥かに凌駕する力「操血術」を操る。
逆に言えば、この「操血術」さえ攻略してしまえば、吸血鬼はそれほど恐れる必要のある存在ではないということでもあるのだ。
山賊の手からは解放されたとはいえ、今後彼女が一人で暮らしていくのは絶望的だと思う。
いわば、今の彼女は羽をもがれた鳥のようなもの。
吸血鬼の奴隷は、それはもう高く売れる。
目の前に飛べない鳥がいたとして、猟師がそれを見逃すだろうか?
現に、彼女は山賊に囚われていた。
(さて、どうしたものか……)
本来なら、弱った吸血鬼は助けるべきではない。
吸血鬼の甘い言葉に唆され、致死量まで血を吸われて死んだ人だっているんだから。
常識のある冒険者なら、仮に助けはしても必要以上に干渉はしないだろう。
間違っても、安易な考えで吸血鬼に血を分けるなどということはしてはいけない。
「今まで、血はどこから調達していたの?」
心を鬼にして、少女にそう問いかける。
返答次第では、僕も覚悟を決めなければならない。
「私にとっては母のような存在だった吸血鬼が、私の代わりに血を調達してくれました。でも、その吸血鬼と逸れてからは……」
「……もしかして君は、今まで一度も自分で人を襲っていないの?」
「はい」
………うん。
僕は自分で自分を常識を弁えた冒険者だと評価していたけど、どうやらそれは違ったみたいだ。
この少女を、助けたい。
そう思った。
……そう、思ってしまった。
気づけば、僕は衝動的に少女に手を差し伸べていた。
「なら、僕と一つ取引をしないか?」
「とりひき…?」
「そう、取引。僕は君に定期的に血を分ける。だから、君は僕以外の人間に絶対に手出ししてはいけない。そして、君が将来的に操血術が使えるようになったら、僕の冒険者業の手伝いをしてほしい」
「えっと、私なんかを連れて行っても、ろくに戦えませんよ……?」
「最初は僕が無条件で血を分けるから、これからどんどん強くなって僕を楽させてよ。……これでも、僕の本職は支援職なんだ」
そう言って僕は笑ってみせる。
……上手く笑えていたかはわからない。
「えっと、じゃあ、よろしくお願いします……」
「取引成立だね。僕はアイラ。君の名前は?」
「アイラ様。私はシアルといいます。早速ですが、もう本当に喉がカラカラで……」
シアルは瞳を潤ませ、僕を無意識に(?)上目遣いで見つめてくる。
不覚にも、僕は一瞬だけ彼女に見惚れてしまった。
彼女の青色の宝石のような目は本当に綺麗で……
……やっぱり、目は赤色じゃないととても吸血鬼とは思えないな。
イメージで言えば、彼女の容姿は吸血鬼というより、天使と言った方がしっくりくるかもしれない。
彼女の目の色が違うのも、操血術が使えない理由に何か関係があるのだろうか?
「アイラ様? やっぱり、ダメですか?」
「……あぁ、ごめん。少し考え事をしてた。あんまり吸いすぎると僕が動けなくなるから、今は少しだけで我慢してくれ」
僕はシアルの身長を考慮し、その場に座り込む。
シアルはゆっくりと僕の首筋に牙を当てると、一滴一滴を味わうかのように血を啜り始めた。
…吸われる、というよりかは、舐められているような気がする。
噛まれた時の痛みも特には感じなかった。
……絵面的には、完全にアウトだ。
「はふぅ……ごちそうさまでした」
シアルは恍惚とした表情を浮かべ、最後に口周りに付いた血をペロリと舐めとった。
「お粗末様です。美味しかった?」
「えへへ、最高でした……」
それは良かった。
シアルが我慢してくれたのか、はたまた彼女が少食なだけかは定かではないが、思っていたほどガッツリ吸われる感じでは無かった。
シアルが僕を騙して血を吸い尽くすつもりならば……と、最悪の場合に備えていつでも短剣を取り出せる準備はしていたが、それは杞憂に終わったようだ。
……気持ちを切り替えよう。
まだまだ問題は山積みだ。
まずはこの山賊を、どうにかして騎士団のところまで運んでいかなければならない。
命を持つものは【収納】に入れることはできないし、かと言って、10人以上いる盗賊を1人ずつ背負って山を往復するのも気が引ける。
一体、どうすれば。
(いや、そうだ。確か、ヨーグさんに……)
【転移のスクロール】。
あれは確か、使用した人物の半径数メートルまでなら、使用者と一緒に転移できたはずだ。
これには使用者が一度行ったところにしか転移できないという難点があるので、騎士団のメリーズ支部に直接転移することはできないが、ギルドに行けば協力を仰げるかもしれない。
ミシャルさんに、シアルの件も相談したいし。
……ヨーグさんはまさか、ここまで見越した上で【転移のスクロール】を僕に預けたのだろうか?
だとしたら、本当に頭が上がらない。
僕は縛った山賊達を一ヶ所に集め、最後にシアルを呼び寄せる。
「僕は一旦、冒険者ギルドに行こうと思う。もし町に一緒に行くのが嫌なら……」
「大丈夫です。……人里だろうと山の中だろうと、気が休まらないことに変わりはないのですから」
シアルはそう言って、どこか寂しそうに笑う。
僕はその悲痛な表情が見るに耐えなくて、誤魔化すように【転移のスクロール】を使ったのだった。
私の作品における「吸血鬼」は、割とメジャーな設定からは外れてる気がしますね……
ちなみに、アイラ君は山賊を移動させるときにちゃっかり金品も回収しています。
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