絶大な信頼
一章ももう折り返しです。
ギルドから徒歩1分。
ヨーグさんに連れられてやって来たのは、ギルドのすぐ近くにあるギルド寮……では無かった。
ギルド寮からさらに先へ歩くこと、5分。
「着いたよ。ここが今日から君の家だ」
「……はい?」
ヨーグさんが指した建物は、明らかに僕のような平民が住んで良いものではなかった。
二階建ての家。
流石に貴族のものほど大きくはないにしても、どこか貴族の邸宅を彷彿とさせるその家は、貧乏人を寄せ付けぬような異彩を放っていた。
「よ、ヨーグさん。こんなの何かの間違いでは? 第一こんな家、僕一人じゃ絶対に持て余します。それに、僕なんかのために、こんな……」
「アイラ君は、少々自分を過小評価しすぎるきらいがあるね。謙虚なのは良いことだけど、行き過ぎた謙遜は卑屈になるよ?」
「謙遜だなんて。僕は…」
ーー客観的な評価を述べたつもりです。
その一言は、次のヨーグさんの言葉に遮られた。
「我々がアイラ君をスカウトするためには、このくらいの待遇が必要だと判断したんだ。もしアイラ君がそれを否定するなら、スカウトの僕とミシャルの人を見る目が無かったということになる」
そう言われて、僕は答えに詰まる。
ヨーグさんにもミシャルさんにも本当に感謝しているし、恩人の見る目が無いとは言いたくない。
……言いたくは無いけど、流石にこれは過大評価が過ぎるのではないだろうか。
「自分に納得が行かないようだね。なら、自信を持ってもらうためにも、敢えて一つ条件を付けよう。この家を譲る代わりに、とあるクエストを受けて欲しい」
「……分かりました。そのクエストの概要を教えて下さい」
(顔つきが変わった。ミシャルの言う通り、本当に君は……)
ヨーグは、柔らかい笑みを浮かべる。
当然アイラもヨーグの表情の変化に気づいたが、彼が笑っている理由に心当たりはなかった。
「……?どうかしたんですか?」
「いや、すまないね。簡単に言うと、山賊退治だ。ベルク山の中腹あたりにある洞窟に立て篭もっている、山賊の一味を捕縛して欲しい。捕縛は君の得意分野だろう?」
……確かに、僕は「敵を倒す」こと以外ならば、それなりに動けると自負している。
必ずしも相手を倒さなくていいのならば、非力な僕でもそれを補う工夫のしようがあるからだ。
しかし……
「そこまで場所がわかっているなら、わざわざ荷物持ちである僕にクエストを受けさせる必要がないように思いますが……」
僕のその言葉に、ヨーグさんは一瞬だけ引きつった笑みを浮かべる。
…が、次の瞬間にはすぐに表情を切り替えた。
「そこが今回の肝だ。どうやら山賊の中に土魔法の使い手がいるようで、巨大な岩で入り口を塞がれてしまった。そこで、アイラ君の【収納】の出番というわけだ」
実力のある冒険者ならば岩を砕くことくらい造作もないだろうが、砕いた音で山賊に勘付かれてしまう。
基本的に山賊のアジトはいくつか出入り口が作られており、一方から攻めただけでは逃げられる恐れがあるのだ。
しかし、音もなく瞬時に物を収納できる荷物持ちなら、或いは……
ヨーグさんは、そう考えたのだろう。
「確かに、岩を収納して中にいる山賊を捕縛することは可能だと思います。……わかりました、そのクエスト、引き受けましょう」
「助かるよ。実はもうクエスト受注の手続きを済ませてしまっていて、断られたらどうしようかと思っていたんだ。明後日の夜を過ぎるとクエスト失敗になるから、期限には気をつけてね」
ヨーグさんはそう言うと、クエストの依頼表、山賊の潜伏場所が記された地図、そして、何やら巻物のようなものを僕に手渡した。
「これは……【転移のスクロール】?」
「ご名答。何かあった時のために、一応渡しておこうと思ってね。……とりあえず、この家は仮譲渡にしておこう。今日から使ってくれて構わないよ。それじゃ、僕はギルドに戻る。武運を祈っているよ」
ヨーグさんはそう言うと、ギルドの方向へと踵を返していった。
僕はヨーグさんの明らかに不自然な態度に、一種の不安感を覚えたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◆
「ヨーグ、戻ったか。……どうだった?」
「ひとまず、アイラ君はクエストを受けてくれましたよ。ミシャルさんの言う通りでした」
アイラを案内し終えたヨーグは、執務室のソファに腰を下ろす。
……何を隠そう、アイラが山賊退治のクエストを受けるように仕向けたのは、他でも無いこの二人だった。
事の発端は、アイラに譲渡する家が決まったところまで遡る。
アイラはいずれ、他ギルドからのスカウトが後を絶たないような逸材となるだろう。
そう考えたミシャルは、ギルドが保有する中で一番大きな家をアイラに譲渡することにした。
基本的に、他ギルドからの引き抜きは、そのギルドよりも良い契約条件を提示しなければ成功しない。
そのため、アイラに豪華な家を持たせることで、確実にメリーズに定住して貰おうと考えたのである。
しかし同時にミシャルは、彼は謙遜して家の譲渡を断ろうとするだろうとも憶測を立てていた。
そこで、一計を講じたのである。
ミシャルは最も信頼を置く部下・ヨーグを執務室に呼びつけた。
「ヨーグ、アイラに適当なクエストを見繕え」
「……それは、どういう意図ですか?」
ギルマスからの突然の命令に、ヨーグは困惑する。
彼の本来の仕事はスカウトであり、ましてクエストを選ぶのは冒険者の意思一つでしかない。
ヨーグの困惑を他所に、ミシャルは説明を続ける。
「恐らくだが、アイラは家の譲渡を断ってくる。そこで、家を譲渡する条件として、適当なクエストの達成を設定するんだ。クエストの対価で得た報酬としてなら、アイラとて断ろうとは思わないだろう」
……ヨーグは、ミシャルの考えに感心していた。
拒否する本人に無理矢理家を押し付けるのではなく、あくまで納得させた上で譲渡する。
確かに、それができるに越したことはない。
「わかりました。アイラ君に見合ったクエストを見繕いましょう」
そうしてしばらくクエストを吟味した後、ヨーグは山賊退治のクエストを選んだ。
……今度は、ミシャルが困惑する番だった。
「おい、流石にこれは危険なんじゃないか? 相手は何人いるか分からない上、山賊の頭が土魔法を使うという情報まである。万が一アイラが山賊にやられでもしたら……」
「大丈夫です。私の見立てでは、アイラ君の実力ならば山賊を一網打尽にできると判断しました。……それに、山賊がいつまでも同じ場所に居続けるとは限らない。クエストの受注を希望する冒険者がまだ現れない以上、アイラ君に受けて貰った方がいいかと」
ミシャルは、ヨーグの言い分を半信半疑で聞いていた。
ヨーグがスカウトとして培った目は確かで、自分以上に人の実力を正確にはかることができる。
それは間違いない。
間違いはないのだが……
「そんなに不安なら、転移のスクロールでも持たせてやればいいでしょうに」
「……そう、だな。それなら、万が一もないか」
こうしてミシャルはヨーグの意見を取り入れ、アイラに山賊退治のクエストが回されたのである。
「しかし、アイラ君はなかなか勘が鋭くて、終始バレるのではないかとヒヤヒヤしていましたよ。第一、クエスト自体が断られたらどうしようかと……」
「アイラのクエストに対する姿勢は誰よりも真摯だと言っただろう。荷物持ちとしての実力以前に、俺はアイラのそういう姿勢に惚れ込んだんだ」
「僕は彼の実力に惚れ込みましたけどね。……このギルドの権力者が、2人揃って何をやってるんだか」
「ははは、まったくだ。アイラがもし女だったら、俺とヨーグの仲は最悪だったかもな」
「妻子持ちとは思えない発言ですね。言いつけますよ?」
「や、やめてくれ……」
ミシャルとヨーグの他愛のない会話は、その後もアイラについての話題で持ちきりだった。
……アイラは移籍初日ながらも、知らず知らずのうちにこのギルドで最も大きい影響力を持つ、ギルドマスターとスカウト班リーダーの2人から絶大な信頼を勝ち取っていたのだった。
ミシャル達がアイラをスカウトするに至った経緯は気が向いたら間話で書くかもしれません。
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