蒼い彗星との契約
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馬車に揺られること、数十分。
僕は、メリーズの町に到着した。
地図で見ると、王都とメリーズは上下で隣り合っている。
加えて、【赤い不死鳥】は王都の南に、【蒼い彗星】はメリーズの北に立地していた。
……つまるところ、この二つのギルドはそこまで遠く離れているわけではないのである。
王都からメリーズに向かう道のりより、馬車の待ち時間の方が長かったと錯覚するくらいだ。
「……ここが、【蒼い彗星】のギルドですか?」
「あぁ。ひょっとして、メリーズの町に来たのは……」
「初めてです」
僕は辺りを見渡す。
王都ほど栄えているようには見えないが、どこか落ち着きのある上品な町……という印象だ。
たった数十分の移動で、ここまで雰囲気が変わるものなのか。
「とりあえず、アイラ君にはギルドマスターに会ってもらいたい。一旦、執務室に来てもらえるかな?」
「勿論です。……ついでに、これから働く職場も視察しておきたいですし」
僕はヨーグさんに続いてギルドに入る。
メリーズのギルドの中は、どうやら王都の【赤い不死鳥】のものとは随分内装が違うようだった。
「なんというか、綺麗ですね。王都ほど騒がしくもないし」
僕がそう言うと、ヨーグさんが「よくぞ気づいた!」とばかりに満足げに微笑む。
「実は、ウチは併設されていた酒場を一軒隣に移しているんだ。…まぁ、これもギルマスの指示なんだけどね。あの人、変なところでこだわりが強いから…」
……確かに、何度か他のギルドにも遠征しているが、酒場のないギルドは見たことがない。
僕の中では、冒険者というのは酒場で騒ぐ存在だというイメージが根付いている。
「ミシャルさん、お客さんです」
ヨーグさんが執務室の中にいる人物に呼びかけると、中から気怠そうな返事が返ってきた。
「……何だよ、こっちは忙しいってのに。緊急でないなら、適当な理由を付けて追い返しとけ」
「……いいんですか?」
「重要な客ならアポを取ってくるだろ。構わねぇよ」
「そうですか。アイラ君! 残念ながらギルマスは君のことが気に入らなかったようだ!」
「「えぇ!?」」
僕とギルマスの声が重なる。
最初はヨーグさんが何を言っているのか分からなかった僕だが、すぐにその意図に気づいて黙り込んだ。
これは僕ではなく、中にいるギルマスに向けた言葉なのだろう。
……そうだよね?
やがて、ギルマスは慌ただしく扉を開け、ヨーグさんを睨みつけた。
「それはどう考えても緊急案件だろうが! ヨーグ、スカウトに成功したんなら最初からそう言いやがれ!」
「一度追い返そうとした人の言うセリフではないですね。貴方はもう少しギルドマスターとしての自覚を持って下さい」
「ぐぅ……。ま、まぁいい。ヨーグ、ご苦労だったな。アイラ、良くぞ話を受けてくれた。早速だが契約についての話をしよう。遠慮なく座ってくれ」
「あ、ありがとうございます……?」
二人の攻防に気圧された後、僕は執務室の中に招かれ、見るからに高級そうな椅子に腰掛けるように勧められた。
後ろから「何が『まぁいい』ですか?」という更なる火種が聞こえたが、幸いというかギルマスには聞こえなかったようだ。
……ギルドマスターと対等に言い合えるとなると、ヨーグさんも実はただのスカウトではなかったのだろうか?
(うわ、フカフカだ……)
「自己紹介がまだだったな。俺が『蒼い彗星』のギルマスを勤めている、ミシャルだ。とりあえず、その用紙に必要事項を記入してくれ。記入された内容がそのまま契約に反映されるから、くれぐれも嘘は書くなよ?」
「わかりました」
【赤い不死鳥】のときにも一度書いた内容だし、別段記入事項が難しいわけでもない。
僕は、その用紙に淀みなく必要事項を記入していく。
名前 アイラ
年齢 17
役職 荷物持ち
固有スキル 【収納】
スキル 【回避】 【入れ替え】
※ギルド記入欄
初期ランク S・A・B・C・ D・E・F
契約形態
ギルドマスター 血判
あとの2つは、ギルド側が記入する場所だ。
試験を受けて冒険者となった人物は例外なくFランクからのスタートだが、元々別のギルドで冒険者をやっていた僕のようなケースは、ギルドマスターの一存でランクが決定される。
果たして、ミシャルさんは、僕の初期ランクをどれに決めるのだろう?
Fランクと言われても、僕はきっと動じない。
元よりこのギルドが拾ってくれなければ、僕は今頃まだ路頭に迷っているだろうから。
「書けました。残りはよろしくお願いします」
「ランクか。自分で決めていいぞ」
「……はい?」
僕の口から間抜けな返事が漏れる。
ランクを、自分で決める?
「仮にもお前は元Sランク冒険者だろ?……もしアイラがまたSランクからスタートしたいなら、俺はその意思を尊重するぜ」
「……僕は」
自分で初期ランクを設定できる。
普通の冒険者なら、願ったり叶ったりだと喜ぶべきところだろう。
しかし、僕は迷いなくSランクを選ぶことができなかった。
『お前には、 元のBランクパーティーがお似合いだよ』
マイルスに言われた言葉が、今になって僕の頭の中で反芻される。
自分でもなんとなくは分かっていた。
僕にはまだ、Sランクの実力が伴っていないのだと。
悩んだ末、僕はBに丸を付けた。
ここが「紅き閃光」の原点だったから。
ここからまたSランクまで這い上がることができれば、今度こそ胸を張ってSランク冒険者を名乗ることができるはずだ。
「Bランクにします」
「……遠慮は要らないぞ。本当にそれでいいのか?」
「はい。とはいえ、Sランクを諦めたわけではありません。また一から、必ず自分の実力で返り咲いてみせます」
「…………なるほどな。確か【紅き閃光】が結成された当初、メンバーは全員Bランクだったか。その心意気は嫌いじゃないぜ」
(なっ……)
正直僕は、ミシャルさんが自分の考えを汲み取ってくれたことに驚きを隠せなかった。
ミシャルさん、というより、【蒼い彗星】の情報網は、ライバルギルドに所属するパーティーの結成時のランクまで抑えているのだろうか?
僕は、このギルドの諜報力にひどく感心した。
「最後に契約形態だが、これもアイラの自由だな。自由か固定、好きな方を選んでくれ」
……自由契約とは、達成したクエストの難易度やこなした回数に応じて、月ごとに給料が変動する契約。
固定契約とは、冒険者ランクに応じて毎月決まった金額が支払われるという契約のことを指す。
「固定契約でお願いします」
「……賢明な判断だ。自由契約は大きなメリットの反面、怪我や病気に対する保障が一切ない。もし自由契約を選ぼうとするなら忠告してやるつもりだったが、要らぬ心配だったな」
ミシャルさんは満足げに血判を押し、まもなく僕の冒険者ライセンスが発行された。
新しいライセンスは、心なしか【赤い不死鳥】で受け取ったものよりも輝いて見えた。
いや、新品だから当然なのだけど。
僕の心境の問題で。
僕はナイフで自分の指先に少しだけ傷を付け、冒険者ライセンスに血を垂らした。
垂らされた血は、ライセンスに吸い込まれるように消えていった。
血の情報を登録しておくことで、何かあった際にライセンスが他人に悪用される恐れがなくなるのだ。
「よし、これで契約完了だ。アイラの住居については夜までにはどうにかするから、今日はブラブラ町でも歩いてメリーズに慣れてくれや。勿論、早速クエストを受けてもらっても構わないぜ」
これも、スカウトされた冒険者の特権。
他のギルドに所属している冒険者は、基本的に住んでいる町が違うことが多い。
違う町に住む冒険者をスカウトした場合に限り、住居もギルド側が準備・負担してくれるのだ。
「何から何までありがとうございます。では、早速クエストを受けてきますね」
僕はミシャルさんに一礼をすると、一瞬の迷いもなくクエストボードへと向かった。
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