【赤い不死鳥side】崩壊の予兆
※最初がマイルス視点、後半は三人称視点です。
俺たち「紅き閃光」は、無能な荷物持ちに代わる荷物持ちとの初クエストの日を迎えた。
「ネイです。よろしくお願いします。私がSランクパーティーの一員だなんて、本当に恐れ多いですが……」
(……なかなか、分かってるじゃないか)
彼女の低姿勢な態度に、俺は思わず頬を緩める。
荷物持ちとは、本来こうあるべきなのだ。
ろくに戦わない荷物持ちが他のパーティーメンバーと同格に扱われるなど、あってはならない。
だからこそ俺は、俺たちを自分と同列に扱ってくるアイラが気に食わなかった。
……それに、あいつが居なくなったことで、このパーティーの女は必然的に俺が独占できる。
全員を口説いてハーレムを築くのも、時間の問題だろう。
今まで鬱陶しかったアイラの目はもうない。
今日からは、俺の好き放題にできるわけだ。
「俺がリーダーのマイルスだ。早速だが、今から再び攻略途中だったダンジョン『混沌の墓場』の探索に向かう。……行けるな?」
「はい!足手まといにならぬよう、精一杯頑張ります!」
……時間が惜しい。
いくら高難易度ダンジョンだろうと、俺たちは最速でダンジョンを攻略し続けなければならない。
……それが「閃光」の名前の由来であり、俺たちに課せられた使命なのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハァァァァ!【炎剣】!」
マイルスはスケルトンキングに、スキル【剣聖】の効果で大幅強化された斬撃を浴びせる。
更に火属性の魔法まで上乗せしているのだから、並のモンスターでは一撃耐えることすら叶わない。
態度こそ傲慢だが、マイルスの剣の腕前は本物だった。
「残り1体、そっち行ったぞ!」
「オーケー、問題無いわ。【氷槍】!」
ミリーが得意の氷魔法を放ち、スケルトンキングに大ダメージを与えることに成功する。
「……チッ、まだ浅いわね」
「私に任せて下さい!【狙撃】!」
ネイは【収納】から弓を取り出すと、スケルトンキングの頭を正確に撃ち抜いた。
「…なるほど、二重職か」
「はい、私は荷物持ちですが、【弓使い】のスキルも持っています」
後天的に身につけることができるスキルは限られており、【剣聖】や【収納】など、職業に深く関わる「固有スキル」は、生まれつき発現している一つだけしか持つことができないとされている。
……しかし、ネイのように、稀に二つの固有スキルを持って生まれてくるイレギュラーがいるのだ。
「戦闘面でも活躍できるとは、前にいたクソとは大違いだな。それじゃ、素材の収納を頼む」
スケルトンキングの骨は、砕くと薬品や肥料に重宝される「王の骨粉」という素材を取ることができる。
当然、それは高値で取引されるのである。
「それでは、解体を始めますね」
ネイは【収納】からハンマーを取り出し、早速スケルトンキングの骨を粉末状にしようとした…が、マイルスによって制された。
「ネイ、解体はダンジョンを攻略してからだ。今は丸ごと放り込んでおけ。解体に使う時間が惜しい」
「……え?」
ネイは、マイルスが言っている意味が分からなかった。
普通ダンジョンでは【収納】の中身が満杯にならぬよう、モンスターは解体して必要最低限の素材だけを収納するのが荷物持ちの常識だ。
倒したモンスターを解体せずに丸ごと収納していては、ダンジョンを攻略する前に【収納】が機能しなくなってしまう。
……しかし、そこはSランクパーティー。
きっと、何か考えがあるのだろう。
そう考えたネイは、言われた通りにスケルトンキングの死体をそのまま収納した。
「皆さんお怪我等ありましたら、遠慮なく申し出て下さいね」
「ひとまず今は大丈夫だ。…やはり、あいつが抜けるだけでも安定感が違うな。戦闘がよりスムーズになった」
「そうね。あの足手まといがいなくなるだけでも、こんなに違うものなのね」
「まぁ、あの人は本当に何もしませんでしたからね……」
3人はアイラへの愚痴を言いあいながら、ダンジョンの奥へと足を進める。
(……)
ネイは自分が憧れの情を抱いていた「荷物持ち」のことを脳裏に浮かべたが、すぐに思考から追いやった。
アイラはもう、自分の知るアイラでは無くなってしまったのだ、と、自分に言い聞かせて。
「チッ、またスケルトンキングか。心なしか、前来た時よりも数が多いな」
「いつもは一番弱いアイラが集中的に攻撃されてたから、そう感じるだけよ。数は変わっていないわ」
「……確かに、それもそうか」
マイルス達は一番弱いアイラが真っ先に狙われていたと考え、この懸念を振り払った。
………実際は、「荷物持ち」であるアイラが意図的に敵のヘイトコントロールを行っていたことに、マイルス達は気づいていなかったのだ。
味方の攻撃を邪魔しない位置に陣取りながらも、なるべく敵からのヘイトを集め、自分は避けに撤する。
アイラがやってのけていた高度な駆け引きは、遂にマイルスに理解されることは無かった。
「【炎剣】!」
「【氷槍】!」
「【狙撃】!」
「【ハイ・ヒール】!」
4人は必死にスケルトンキングの猛攻を退けるが、それを何度も繰り返すうち、体力的にも残魔力量的にも段々と圧されるようになっていった。
(流石に、多すぎないか……?)
相手は死をも恐れぬアンデッド。
体の一部を斬ろうと、魔法が直撃しようと、完全に息絶えるまでは攻撃の手を緩めることはない。
……結局、マイルスは撤退の判断を下した。
「このままじゃボス部屋までも辿りつけねぇ。仕方ない、ここは一時撤退だ」
「異論無いわ。私ももう魔力がほとんど残っていない」
「魔力ポーションも、もうストックが……」
(一体、なんだってんだ。前回はスケルトンキングがこんなに出てきたことは無かったのに。クソッ!)
マイルスは苛立ちから、ダンジョンの壁を殴りつけた。
「ま、まぁ、新メンバーを迎えて初めてのダンジョンですし、そこまで気に病む必要は無いと思いますよ」
「……そう、だな」
サナの言葉に返事を返したマイルスの声は、やけに歯切れが悪いものだった。
事実、彼は焦っていた。
「今日でこのダンジョンを攻略する」と宣言した手前、ここで引き返すのは後ろめたかったのだ。
「スケルトンキングが大量発生しており、ダンジョンになんらかの異変が起きた可能性がある。念のため、攻略は断念して情報を持ち帰った。ギルドにはそう報告しよう」
「確かに、この量のスケルトンキングの死体を見せれば、ギルド側も納得すると思うわ。ネイ、収納をお願いね」
「……もう、限界です」
「は?」
「ですから、もう【収納】の限界です。道中あれだけのスケルトンキングを解体せずに収納し続けたら、すぐに収納限界に達するに決まっているじゃないですか!」
ネイは、マイルス達の常識の無さに呆れていた。
【収納】でしまっておける物の量が有限であることくらい、駆け出しの冒険者ですら知っている。
しかし「紅き閃光」は、アイラというイレギュラーを最初に迎え入れたがために、アイラの持つ【収納】を基準として荷物持ちを判断してしまっていた。
……アイラほど馬鹿げた量を収納できる荷物持ちなど、まず間違いなく他に存在しないというのに。
(ネイは多少戦えるが、荷物持ちとしてはアイラ以下だったか。なら、もう要らないな。俺の女になるというなら、まだ考えてやらなくもないが……)
そう考えたマイルスは、ネイに措置を下すことにした。
……かつてアイラに、そうしたように。
「わかった。ダンジョンから帰還したら、ネイはパーティーから外れろ。俺たちのようなSランクパーティーに、ろくに収納できない無能など必要ない」
「そ、そんな。私は皆さんに言われた通りに収納しただけじゃないですか!」
「見苦しい女ね。自分の無能さを棚に上げて、口先だけは一丁前。前に追放した荷物持ちを思い出すわ」
「……っ!」
ネイは、この上ない理不尽に怒りを覚えた。
自分は言われた通りの仕事をしただけ。
そちらが要求した通りに行動しただけなのに、どうして自分が無能扱いされなければならないのだ。
……このときネイは、本当にアイラが「紅き閃光」で悪事を働いたのかが判断できなくなってきていた。
自分の知るアイラなら、そんな事は断じてしないはずだ。
では、目の前に居るこの男なら?
その懸念を裏付けるように、マイルスはネイに近づくと、ネイだけに聞こえるようにそっと耳打ちをした。
「……ネイがもし俺の女になるっていうなら、考えてやらんこともない。実力はともかく、お前の容姿を手放すのは惜しいからな。断ったら…まぁ、そうだな。お前も職を失いたくはないだろう?」
「……!」
ネイの懸念は、マイルス自身によって肯定された。
普通なら、いくらSランクとはいえ、一冒険者であるマイルスにそんな権限は無い。
……無いはずだった。
その実、マイルスはギルドマスターを言いくるめ、実質的に「赤い不死鳥」を牛耳っていたのだ。
その事実に気づいたネイの行動は早かった。
「分かりました。非常に残念ですが、この探索をもって『紅き閃光』を抜けさせて頂きます。短い間でしたが、お世話になりました」
「……俺は本気だぞ? もし追放されないとたかを括っているのなら、考え直すチャンスをやろう」
「したければどうぞ。別に私は『赤い不死鳥』にそこまで思い入れはありませんし、どこか適当なギルドにでも移籍しますので」
ネイはそう宣言すると、地上へ向けて一人で踵を返した。
……マイルス達はその姿を呆然と見送ったが、どさくさに紛れてネイがスケルトンキングを持ち逃げしたことに気づいたのは、ダンジョンを出てしばらくしてからのことだった。
ここからが楽しみだった方もいるのでは。
長々と引っ張ってしまってすみません……
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