激動の一日
※一章はもう少しだけ続きます。
僕は「蒼い彗星」のギルド前に転移し、受付でクエスト達成の旨を伝えた。
拘束した山賊についてはギルドの方で騎士団に連絡を入れてくれるらしく、僕の出る幕は無かった。
……これで、晴れてあの家が正式に僕に受け渡されたことになる。
受付嬢にミシャルさんに話を取り次いでくれと頼むと、快く執務室に通してくれた。
僕は執務室のドアをノックし、用件を告げる。
「ミシャルさん、アイラです。さっきのクエストの件で報告したいことがあるんですが、今少し時間ありますか?」
「構わない。入れ」
「失礼します」
僕は執務室に入り、シアルを手招いた。
「……なんだ? 俺にわざわざ彼女が出来た報告でもしに来たのか?」
「残念ながら違います。彼女は……」
僕はミシャルさんに、山賊のアジトであった出来事を全て正直に打ち明けた。
ミシャルさんは真剣な顔で話を聞いていたが、僕が彼女と取引をしたことを話したところで、僅かに表情を曇らせた。
「おおよそのことは分かった。……だが、何故それを俺に打ち明けた? 俺がもしダメだと言ったら、お前はその吸血鬼の命を諦められるのか?」
ミシャルさんの言い分は、尤もだと思う。
本当に彼女を助けたいと思うなら、モンスター退治の専門家が集うこの場所に、彼女を連れてくるべきではなかったのかもしれない。
誰にも打ち明けず、秘密裏に匿うべきだったのかもしれない。
……しかし、僕だって考えも無しにシアルを連れてきたわけではない。
「ミシャルさんがシアルの存在を認めてくれれば、彼女は『蒼い彗星』に所属する冒険者から狙われなくなります。それは即ち、この町に限って言えば彼女の安全が保証されたも同然です。なので、ダメ元でも打ち明けた方がメリットが大きいと判断しました」
「俺が認めなかったら?」
「なるべく人目に触れぬよう、彼女を家で匿います。もしそれすら認めて貰えないなら、最悪僕がギルドを辞めます」
「……試すような真似をして悪かった。その目の色なら、歯を見られない限り吸血鬼とはまず疑われない。それに、アイラが助けたいと思ったくらいだ。その吸血鬼も悪い奴では無いんだろ?」
「……! ありがとうございます!」
良かった。
もし認めて貰えなかったら、やっと見つけた居場所を自ら手放すことになったかもしれない。
「シアルとか言ったな。今日の山賊退治もそうだが、アイラはすぐに無茶をしたがる。お前がしっかりと止めてやってくれ」
「……畏まりました」
「いや、別に無茶はしてませんよ? 多分勝てると思ったから、踏み込んだだけで……」
「『多分』じゃねぇかよ。ったく、まさかその日のうちに達成しちまうとは思わなかったぜ。……それで、話は終わりか?」
「あ、はい。わざわざ時間を取って頂き、ありがとうございました」
僕はミシャルさんにお礼を告げ、ギルドを後にする。
外は既に真っ暗になっていた。
「……アイラ様、私なんかのために、ありがとうございました」
「シアルの件が無くても、どのみちギルドにクエスト達成の報告をしなくちゃいけなかったからね。そのついでだったから、気にしないでいいよ」
それを聞いたシアルは、少しだけ口角を上げた。
……それっきり、家に着くまでシアルとの会話は無かったが、不思議と気まずさは感じなかった。
歩いている間、僕はシアルが「操血術」を使えない理由についての仮説をいくつか立ててみる。
まずは、シアルが今まで少量の血しか飲んだことが無かったことが問題という説。
操血術は血を操るので、そもそも大量に血を取り入れなければ使えないのではないか、という考えだ。
もしこれが原因ならば、操血術が使えるようになるのも時間の問題かもしれない。
今のところ、これが一番有力な気がする。
次に、適性の問題。
魔法適性が無くて魔法が使えないように、彼女には操血術の適正が無かったという、シンプルな話。
しかし、今まで僕は操血術が使えない吸血鬼なんて聞いたことがないので、この線は薄いと思う。
……「そうであって欲しい」という、僕にとって都合の良い願望かもしれないが。
最後は、目の色が赤色ではないこと。
これに関しては、どうしてそう思ったのかと聞かれても、理由は上手く説明できない。
できないけれど、直感的に何となく関係がありそうな気がする。
……考えても、答えは出ない。
僕は吸血鬼ではないし、結局は彼女自身に頑張って貰うしかないのだ。
僕が考えるのをやめたあたりで、ようやく譲り受けたばかりの豪華な家を視界に捉えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
家に着いた。
家の中は二階建てとなっており、想像よりもかなり広く感じた。
……しかし、そんなことがどうでも良くなるくらいに、僕は大変な問題に直面していた。
「アイラ様!このお家、すっごく広いですね!」
……そう、シアルの謎のハイテンションである。
ギルドから歩いてきたときは暗くてわからなかったが、明かりのある家に入ると、彼女の顔がほのかに赤みを帯びていることに気付いた。
謎のハイテンション。
顔の赤み。
……そういえば、お酒の酔いが回るのは、飲んでからある程度時間が経った後だと聞いたことがある。
この吸血鬼、まさか僕の血で酔ってる?
「そ、それじゃ、今日はもう遅いし寝ようか。部屋はたくさんあるみたいだから、どこでも適当に決めちゃっていいよ」
……我ながら、誤魔化し方が下手だ。
疲れたから早く寝たいという気持ちに嘘は無いが、今はまだそこまで遅い時間でもない。
「アイラ様のお部屋で一緒に寝るのはダメですかぁ?」
「ダメです!」
……もはや疑う余地もなく酔ってる!
今までの人生でアルコール成分は摂った覚えが無いんだけど、ひょっとして僕の血にはお酒みたいな成分が入っているのだろうか?
それに、シアルと一緒に寝た日には、いろんな意味で僕の今後が危ない。
本当に、いろんな意味で。
僕は駄々をこねるシアルを僕の部屋の隣に無理矢理押し込んで、自分も寝床に入った。
激動の一日だった。
思い返せば、今日はマイルスにパーティーをクビにされたところから始まっているのだ。
「赤い不死鳥」の受付嬢に僕の契約書が破られたのも、とっくの昔のことのように感じる。
それから、ヨーグさんのスカウトを受け、「蒼い彗星」のギルマスを勤めるミシャルさんに出会った。
クロウさんとクエストを受け、山賊を倒し、吸血鬼のシアルと出会った。
……1日の密度が濃すぎて、実は既に3日くらい経過しているのでは? と、疑ってしまっている自分がいる。
精神的にも肉体的にも、本当に疲れた。
これならすぐにでも眠れそうだ。
明日からは、心機一転して頑張ろう。
僕は決意を胸に、数日ぶりに深い眠りについた…
……かのように思われたが、耐えがたい空腹感から目を覚ましたのは言うまでもない。
ネット小説を読み漁っていると、ごく稀に食事という概念を超越した主人公を発掘したりする。
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ものの数秒で終わる作業ですので…!




