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第76話

「本当に内緒のままでいいのかい?」



 もう何度目か、途中で数えるのをやめたお父さんによる同じ質問に対し、私の回答は何度か変わったいった。


 最初は少しの逡巡を混ぜながら「いいの」と返事をしていたけど、中盤から「いいって言ってるでしょ」になり、今ではもっと雑と投げやりの中間の返事になった。



「もう決めたからいいってば」


「しかし、それだと残された友達だって───」


「───それを含めて「いい」って言ってるの」



 年が明けた2月中旬。


 私達皇家の親子関係は、将来の進路を話し合うまでに回復をしていた。そして今、その進路についてちょっとした親子喧嘩みたいな事が勃発している。


 いや、親子喧嘩といえば微笑ましいものに聞こえるけど、実際はお父さんの正論に私がただ意固地になっているだけの状態。


 そもそもの話で、私の海外の進学の件については、日本では馴染みがない飛び級という制度を始めから利用する手筈となっていて、高校3年に進学する前に日本を飛び立つ予定になっていた。



 私がその海外進学を有耶無耶にさせていたけど、いざお父さんに進学希望の旨を伝えると、「・・・えっ?」と狐につままれた顔を作った。




「何を驚いてるのよ。お父さんが決めたことじゃない」


「あぁ、そうだが、いや、別に無理に行かなくても良いんだぞ。あれは苗の願いであって、棗は気にする事はないんだから」


「お母さんの願いなら尚さら海外に行くわ。急な決定だけど、皇家の力で便宜くらい簡単に図れるんでしょう?」



 私の家が学校に支援をしているのを口実に、私はクラスを変えてもらった事がある。同じようにすれば手続きの期間が終了していたって何にも問題はないくらい知っている。


 お父さんは当然の事を訊いてくる。これも、もう数えるのを途中でやめた内容。



「きちんと3年間高行に通って、卒業してからでいいじゃいか」


「それだと私の決意がふやけてしまうわ」



 そう。今はまだ固い意思も、あと1年椿や獅子山君、他の皆と一緒にいるあの温かい空間にいると固い決意もだんだんと柔らかくなって、きっと迷いや海外進学への後悔が生まれるかもしれない。



 だから敢えて居心地の良い場所から離れていく。


 私の決めた未来はきっと孤独と隣合わせみたいなものだから、今から「弱さ」を作りたくない。



 お父さんの追求はいつもここで止まる。ある程度掘り進められるトンネルが、いつも同じ場所で硬い鉱石とぶつかるように、私の意思とぶつかってその硬さと頑固さに匙を投げる。


 そして、最近になると記憶の引き出しから引っ張りだした言葉を利用するずる賢さを覚えた。



「相手を上手に騙す時は、真実に少しの嘘を溶かすのよ」



 私の口からその言葉を聞いたお父さんはため息を洩らした。覆ることのない決意への落胆と、身から出た錆への後悔の色が合わさったため息。



 私は真実に少しの嘘を溶かした。海外進学が「真実」で、卒業後の進学が「嘘」。


 皆にはあと1年間の猶予を仄めかしたけど、実際に一緒にいられるのはあと1ヶ月足らず。




 この前、初恋の相手に嘘をついた。



 "うん。もう少しで僕らも3年になるし"


 "・・・そうね、そうだったわね"



 幼い頃花火大会の時、私は迷子になった獅子山君に恋をしていた。1時間にも満たない時間だけど、確かに恋をしていた。今でもその子を覚えているのは「好き」以外の感情の何ものでもないでしょ?



 でも、彼には素敵な女性がいつもそばにいる。


 わからないけど、もしかしたら彼女が今後の彼の人生を支えていくパートナーになるんじゃないかしら。


 空白の期間について聞かされたけど、本人に自覚がないだけで結局椿が獅子山君をどれだけ好きなのかって内容でしょ?



 私は私の夢を追って、たまによそ見であなた達の幸せを眺める事ができたら、それが私の幸せになる。




「俺は仕事の都合で、もう少し日本に残るから」


「ええ、先に海外生活を満喫しているわね」




 春休みの生徒が少ない学校で退学の手続きを済ませて、すぐに日本を発った。



 2人の奇跡的な出会いにより、私は爪先を前にして歩くことが出来る。



 私の行為が自己陶酔と思われてもいい。


 これが私にできる精一杯だから。


 雲よりも高い位置から、地上で過ごす皆んなに感謝を込めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇




 棗が何も告げずに学校を去ってから3年余りの月日が経とうとしていた。



 二十歳になる今でも、3年に進級したあの日、放課後に由樹から言われた当時の記憶を鮮明になぞることが出来る。


 

 誰一人として告げれなかった突然の別れに対して最初に押し寄せた感情は悲しみや怒りではなく、無に近い空虚だった。



 連絡を取ろうにも返事は返ってこないので、皇会長に確認をすると、「黙っていてすまない」と電話口で謝られた。



 娘を庇う父の言葉を前に、僕はやはり間違いじゃないんだと事実を受け入れるしかなかった。



 棗の噂はすぐに校内を駆け回った。


 財閥の海外進学は「いかにも」な事として取り扱われ、直に棗の居ない日常へと空気がシフトしていくのを肌で感じていた。



 そして、僕もその日常に順応していっているのがわかった。新しいクラスでもそれなりの友人が出来たし、椿や由樹も初めは動揺をしていたけど、目前の進路でそれどころじゃなくなっていた。



 クラスは違えど、椿との付き合いも続いていた。


 ただ、棗がいなくなってからは、透明なアクリル板のような遠慮の壁で隔たれているみたいで少しギクシャクしていた。



 皇会長から棗が居なくなった理由と覚悟を聞かされて、応援はするもののやはり負い目は感じる。だから、椿とこれ以上関係を深めるのは憚られた。



 そんな事はないのに、気難しい年頃の僕らは、棗の代わりの心の穴埋めに椿と一緒にいるんじゃないかと、そう考えていたから。





 棗の決断は僕の人生に大きな影響を与えた。


 今までは漠然と「進学」と進路を考えていたけど、それでは人生の道のずっと先を歩んでいる棗と差が開いたままではないかと考えるようになった。



 そんな中、家の机の整理をしていると、引き出しからあるものが出てきた。


 それは、いつだか妹と池袋で買い物をした時に購入した2つのシュシュ。



 椿の誕生日プレゼントを買う目的だったのに、優柔不断の僕はどうしてか棗の分も一緒に購入した挙句、結局はどちらにも渡さずに引き出しの中で眠らせていただけ。



 お前は一体何がしたかったんだ、と自分を嘲笑った。もう棗に渡す事も出来ず、だからと言って改めて椿だけに渡すのも棗をおざなりにしている気がするし。


 だから、この2つのシュシュは優柔不断な僕への戒めと思うことにした。







 3年前の夢を見ていると、いつもの時間の目覚ましが鳴った。



 時刻は6時15分。


 歯を磨いて顔を洗うと、すぐに着替えて自宅を出た。


 1月の冷えた早朝は、針で毛穴を刺されるようなヒリヒリとした痛みを感じる。



 白い制服に着替え、誰もいない厨房に電気を点ける事から僕の1日は始まる。




 僕は、大学へ進まずに仙台のホテルの料理人見習いとして就職の道を選んでいた。


次回かその次で最終回となります。

やっとここまでお届けする事ができた・・・

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