第72話
修学旅行以来、四季の移ろいのように僕を取り囲む環境が変わっていくのを肌で感じていた。
最たるものはやはり棗との関係。
僕のプロポーズから始まった奇妙な付き合いが清算され、友達同士となったわけだけど、むしろ以前より関係は良好的と言えた。重苦しい呪縛から解放された棗も表情は晴れやかで、教室でも屈託なく笑顔を見せるようになった。
数日後のとある祝日に、僕は思春期真っ盛りである妹の比奈と一緒に家を出た。
歩いてすぐの柊家を訪れると、相変わらずのテンションで楓さんが出迎えた。皇会長の一件で、僕はこの人の評価を見直さなければいけないと思っていた。
「二人ともいらっしゃい!」
僕たちが「お邪魔します」と言って敷居をまたぐと、楓さんが僕の耳もとに潤った唇を近づけた。何かフローラルな香りと、耳に伝わる大人の吐息にドキリとしながら、「今日は4対1のハーレムね」と耳打ちしてくるので、やっぱり評価は見直さなくて良いとの見解に落ち着く事になる。
そのままリビングに向かうと、既にアプロンを着た椿が「いらっしゃい」と出迎えた。
「あれ、棗はまだ来てないんだ」
「ん」椿が微かに首を縦に振る。
その後、「そろそろ来るって連絡があった」と言うと丁度インターホンが鳴る。どうやら棗も到着したみたいだ。玄関から楓さんのやかましい声が聞こえる。
「あら!棗ちゃん髪凄く短くなったのね!?」
「は、はい」
「待って!バリ似合っとーばい!短い髪もあいらしかね!」
楓さんが棗をキューッと抱きながらリビングまでやってきた。なぜだかオニヤンマが獲物を捕獲するシーンを連想させる。その被食者と成り果てた棗は既にげんなりとした表情で楓さんの豊満な胸に埋もれて、決して羨ましいと思います。
さて、今日はなぜ椿の家に集まったかと言うと、棗さんに「椿に料理を教えてもらってる」と話したところ「私も参加したい」と駄々をこねられたから。
比奈の参加も、受験の息抜きになるだろとせっかくだから声をかけた。全てが大ぴらになったし、人は多いほうが良い。
「今日よろしくね」
棗が椿へペコリとお辞儀をすると、「いえいえ」と椿も無表情でお辞儀を返して、それから顔を見合わせて笑いあった。その様子をみた比奈が僕に言う。
「お兄、よくわかんないけど円満に収まってよかったね」
「一応は良かったのかな。でも、卒業後が棗は海外に行っちゃうんだぞ」
「え!?」
そういえば比奈には伝えていなかったっけ。目を皿にした比奈が本当か問い詰めてくるので、本当だと強く言うと、寂しさからか「棗さーん」と抱きつきに行った。
僕は修学旅行で告げられたあの日から、棗の決断を応援すると決めていた。寂しいけど、でも高校になったらどうせバラバラになるんだ。だから、後ろ向きよりも前向きでいてくれた方が良いに決まってる。
料理が苦手だと話す棗の言う通り、いざ料理教室が始まると大惨事になった。
色々大変だったけど、一言で割愛するのであればセンスが皆無。
椿は、「棗は二度と料理はしない方が良い」と匙を投げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
11月になり、また大きな変化が1つ訪れる。
予定通り、関口が福岡へ転校する日になった。
関口は転校をするにあたって想いを寄せている椿に告白をし、心の清算を済ませた。
周りからは無謀だと揶揄されていたけど、由樹から告げられた椿が僕を好きという疑惑に未だ目を背け、現状維持に甘んじている今の僕には尊敬という言葉しか出てこない。
クラスで送別会も済ませ、長い期間とは言えないけどそれなりに楽しく過ごさせてもらった関口がいなくなるのはやっぱり寂しいものがある。
旭高校最後の登校を終え、放課後の教室では別れを惜しむ人たちが関口を囲んでいて、勿論僕のその中にいた。由樹と長谷川が中心となって場が明るくなるように振る舞い、最後の別れの日は笑いに包まれていた。
「言っておくが、転校生がモテるってのは都市伝説だからな」長谷川が茶化す。
「うるせーな!引越し先のマンションのお隣が若いお姉さんでよ、甘々な展開になるかもしんねーだろ」
「お前まだそんな事言ってんか?だから、そんな100均で買うようなご都合主義なんてないんだよ。アホな作家でももう少しまともな設定を練るだろ」
「うるせー!」
最後の最後まで関口と長谷川が取っ組み合いをする。割って入った由樹が、「落ち着け。関口がモテないのは事実だ」とトドメを差すと、関口が泣き崩れてまた笑いが起こった。
数日後の教室には席が1つ分空いていた。言うまでもなく関口の席だ。
人との別れとはこういう感じなんだな、としか今は実感がないけど、クラスのガヤ担当である彼が居なくなった証跡はこれからの日常の中で表れてくるんだろう。
予め別れる日にちも分かっていれば、それなりの心の準備もしやすいものだ。
一気に書ききるぞ(@_@;)




