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第48話

 長いはずの夏休みが明けて普通授業が再開してしまった。9月は秋に分類されているけど、未だに衰えを知らない太陽の強い日差しと、懸命に鳴く蝉がまだまだ夏の面影を残している。



 すっかり緩まった頭のネジを締め直すのが目的であるかのようなタイミングで、夏休み終了後すぐに進路調査が開始される。



 渡された用紙には第一希望から第三希望の会社名か大学名を記入する枠があり、ペンを握る僕の手は止まったまま文字を走らせずにいた。具体的な夢や目標がないので、「とりあえず進学」という将来の先延ばしをするつもりだけど。




「そんなにすぐ書けってものでもないし、焦って書かなくてもいいんじゃないか」


 前の席の由紀が、体を捻らせて言う。「由樹は進路は決めてるの?」と、参考までに訪ねてみる。由紀の事だから、将来の具体的なビジョンを立てても不思議じゃなかった。


「とりあえず進学ってだけ。学校は特に決めてないな」


「ほぇ~なんだか意外。柿沼は?」



 直ぐ側で窮屈そうに座っている山のフドウと見間違えてしまう巨漢の男へと、質問の矛先を変えてみる。



「俺は自衛官か警察官希望だから、防衛か法学部だな」


「え、柿沼って将来は北海道でマタギやるんでしょ?」


 少しイジってみると「今お前を狩ってやろうか」と、熊に負けないくらい大きな柿沼の手が伸びてきて、とっさに身を翻した。



 こんな調子でいつも通りの生活を送っているんだけど、進路の話となるとどうしても気になることがあった。それは、僕の後ろの席で同じく進路調査票を眺めているであろう、皇さんの卒業後の進路についてだった。



 夏休み中に、皇会長が言っていた「留学」が事実であれば、皇さんは遠い海外へと離れていってしまう。とは言え、僕みたいな取り柄もない人間が、今後の人生で皇さんと関わっていける筈もないんだけど、それでも寂しいものは寂しい。まだクラスでも話題に上がっていないから、留学の件について知っているのは僕だけのようだ。どうせ今回の進路調査で明るみになるんだけど。



 まぁ、他所の心配よりもまずは自身の羅針盤の方向を定めなければいけないんだけど、これはちょっとやそっとで決まる様子はなく、長い時間が必要みたいだ。


 気まぐれに隣の椿に茶々でも入れてみようかな。なので、「椿はもう書けたの?」と、幼馴染へと声をかけた。



「・・・えっ、あっ」


 なんだこの子は。いつもの調子で「ん」と愛想の欠けた返事を期待していたのに、妙に慌てていたような気がする。



「どうかしたの?」


「なんでもない」



 そう言って、椿が顔を僕から背けた。その後に「おーい」とか「あの、ちょっと」と呼んでみても、吸音材のように僕の言葉を飲み込むだけで反応はなかった。なにそれ理由もなく拒絶されたんだけど・・・。人には無視するなと言っといて、自分は無視するとかなにそれ治外法権ですかね。あと、それとは関連性はないけど、急に鼻の奥がツンして目頭がじわりと熱を帯びて目が潤んできたかも・・・。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 放課後、急遽僕は皇さんに呼びだされお決まりの校舎裏へと来ていた。


「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」


「ぜ、全然大丈夫だよ」


 祭の一件以来、こうしてちゃんと話すのは初めてかもしれない。あんな事があったにも関わらす、目の前にいる皇さんは以外と平然としていた。僕は変に意識して、ぎこちない。

 


「今日、進路調査があったじゃない」


「うん。僕はまだ白紙だけど」


「私は第三希望まで全て埋めたわ」


「やっぱり留学が決まってるから?」


「実はね、全て国内の学校にしたの」


「あれ、留学の件は・・・」


「ここで、獅子山くんを呼んだ理由を発表します」



 皇さんはセルフで「ドルドルドルドルドルドル」とドラムロールを口ずさむ。何この茶番。しかも、全然ワクワクしないのは何でだろう。第六感が、嫌な予感を感知しているのかも。



 長いことドルドルしてから「私と一緒に国内進学の説得に協力して欲しいの」と言った。



「・・・・・・・へ?」


「何も喋らずに付き添ってくれるだけで大丈夫よ」


「違う違う、そういう問題じゃなくて」呼吸を整えて「なんで僕が!?」と抗議した。



「獅子山くん、コレがなんだかわかる?」



 言いながら、決定的な証拠品を容疑者へ突きつけるかのように、一枚の用紙を取り出した。クリアファイルに収められたそれは、例の誓約書だった。恐らく、コピーではなく原本の方の。



「私と結婚する人を日本において、海外なんて行かないってあの人に言うの」


「・・・マジで?」


「それに、貴方は一度紹介してるし」


「あれは紹介に入るのかなぁ」



 不安げな僕に、皇さんがニッコリとしながら「とにかく、よろしくお願いね」と告げた。その一言で、ただでさえ脆い平穏が足音から音を立てて崩れる音が聞こえた・・・気がした。そうか、第六感はこれを予感してたのか。



「恐らくだけど、数日後にはあの人から連絡があるはずよ」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 結果から言うと皇さんの予想は的中する。本当に皇会長から携帯に電話がかかってきた。少し相違があるとすれば、数日後ではなく当日であった事だ。通話を終えた皇さんは、頭の整理が追いついていない僕を無視して「急で申し訳ないけど行きましょう、車に乗って」と、手慣れた誘拐犯のように僕を黒塗りの車へと押し込んだ。



 車体は見慣れているけど、車内は初めて見る。でも、シートの革の肌触りや、運転席に搭載されているよく分からないスイッチや沢山のメーターに関心は向かず、脳内ではひたすらドナドナが流れていた。あ、出荷される気持ちってこんな気持ちなんだろうか。それとも牢獄へ搬送される受刑者かのどちらかも。




 環七を抜け、閑静な住宅街の路を縫うように進むと、異様に大きな敷地を有した建物の門の前でクルマが停車した。見た目は家というよりは、少し大きめな西洋大使館みたいだった。



 門が自動で開き、車は当たり前に門を潜り敷地へと入館した。



「着いたわ」



 運転手の茶髪の若い男性が、愛想なく後部ドアを開けた。僕に向けて「早く出ろ」と言わんばかりの顔だ。口をあんぐりと開けたまま車内へ出ると、そのまま建物の中へ通された。



「あの・・・ここって」


「恥ずかしいけど、私の家よ」


「恥ずかしいとは」




 ロビーを抜けて階段を上り、数ある一室のひとつへ通された。広い室内には、大きめなベッドにソファにテーブル、クローゼットにシアター並みにのサイズのテレビが備え付けられていた。所々に置いてあるぬいぐるみなどの小物が、辛うじて生活感を漂わせていた。




「飲み物を持ってくるわ」


「え、あ、お構いなく」



 しかし、どう見てもここは皇さんの部屋なんだよなぁ。椿以外の女の子の部屋は初めて入るけど、果たして皇さんのさんの部屋をカウントして良いものか。ここは例外過ぎる。



 お待たせ、と皇さんが戻ってきた。手にしているトレイには氷の入ったグラスと四谷サイダーのペットボトルが載せられていた。なんか庶民的でほっこりする。でも、皇さんにこうしておもてなしをされるのはスゲー違和感というか、なんだか悪いことをしているようでむず痒い。



 注がれたサイダーは、煙を立てるような音をたてながら細かい気泡を作っていた。シュワ~という音が清涼感を帯びている。緊張のしっぱなしでカラッカラの砂漠と化した喉へサイダーを流し込むと、食道がチクリと程良く痛んだ。



「どうかしら、女の子部屋に入った感想は」


「げッフ」炭酸が喉に詰まりそうな質問に、軽く咳き込んでしまった。



「本来であれば光栄だけど、緊張でそれどころじゃないですよ」



 冗談交じりで言うと、皇さんの視線が下がった。そして、「そうよね、こんな強引に巻き込んでしまってごめんなさい」と塞ぎがちに吐きだした。



 その時、畏まってそう言われると、こんな僕でも少しでも皇さんの力になれれ良いと思ってしまった。だから、「ここまでする理由を聞いて良い?」と、協力に対する対価を求めた。どのみち乗りかかった船だし、巻き込まれるなら知る権利だってあるはずだ。



「そうね、そうよね」


 準備を整えるかのように一度大きく呼吸をして、皇さんは口を開いた。







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