王の猫に転生したっぽいので、とりあえず寝る。
目蓋をギュッと閉じて押し上げたら、何も見えなくなっていた。耳もよく聞こえないし、お腹は減ってるし、言葉は話せないし、何かにもみくちゃにされるしで、人生詰んだなと思った。
なんかいい匂いがするから、そこに近づこうとしたら、更にもみくちゃにされた。行き着いて恐る恐る口に含んだら――――これ、あれだ、お乳だ。
ということで、完全に人生詰んだんだなと思った、新生初日。
きっと転生とかいうやつだ。車に轢かれそうになってギュッと目を瞑るとかいう、定番のような記憶があるもの。きっと私はあの瞬間に死んだのだろう。
そして、赤ちゃんに生まれ変わったのだ!
……………………と、思っていたのよねぇ。
目の前にいる、巨大な白猫もといママンにベロンベロンに舐められながら、こてんと後ろに転がる。
ママン、全力でグルーミングするのやめてください。
まさかさ、猫に転生してるとか思わないじゃん。確かに、目も見えてないのに自力でお乳を飲みに行かないといけないのなんかおかしいなとはと思っていたのよね。
思考回路に靄がかかってるみたいな感じで、ふわふわしてたけど、最近はちょっとクリアになってきた。
なんだろう、猫特有なのかな?
兄弟姉妹たちの尻尾がとてつもなく気になるし。
――――えいっ!
ついつい飛びついてしまうのよね。
『いたっ、やったにゃ』
『にゃ、まぜてまぜて』
『あぁぁぁ、もぉ! しっぽプリプリしないでぇ!』
なんだかんだと騒ぎながら、もみくちゃになっちゃうのがいつものパターン。
兄弟姉妹たちで、誰が兄で弟で姉で妹かなんて話し合いは、大概がじゃれ合いをしていて忘れて、またその言い合いをしてじゃれ合って、忘れる。
なので、みんなに可愛がられる末妹の座を早めに宣言した。
こちとら猫生は初めてかつそこそこ人間の思考回路なんだから、リアル猫生の兄と姉よ、私を可愛がれ!ってことでよろしく。
何日経ったか覚えていないけど、いつの間にか固形物が食べられるようになった。ママンのお乳はまだまだ飲みたいけど、人間のおじいさんがくれるお魚もお肉も美味しいのよね。
だからたぶんそこそこに成長したんだと思うのよ。兄姉たちも倍くらいになった気がするし。
初めのころは、赤ちゃんだからあまり目が見えていないのだと思ったけど、いまだに世界は色褪せてぼやけたまま。これ、猫特有のやつだ。確か赤色とか見えないのよね。んで、ド近眼。
まぁ、そこまで猫生活には困らないからいいけど…………尻尾ぉぉぉぉ!
『こら、お行儀よくしなさい』
『ギェッ』
ママンのペフンペフンと動く尻尾に飛びついてじゃれていたら、ママンに頭頂部からガッツリ噛まれた。
なんか誰か来たから、お行儀よくして愛想を振りまかなきゃいけないらしい。
「陛下、ようこそおいでくださいました」
「健康に育っているようだな」
「はい。どの子たちも充分な資質をそなえておりますぞ」
いつもお魚やお肉をくれる人間のおじいさんが、全体的に黒い人間に私たちの説明をしていた。
肌色の大きな手が伸びてきて、兄姉たちがわらわらと逃げ惑っていたけど、何が怖いんだろうか?
『おじいさんの知り合いっぽい人間だよ? どうせ撫でるだけでしょ? 可愛さアピールして甘やかしてもらおうよぉ? せっかくの猫生なんだか――――ミギュ?』
黒っぽい人間に首根っこ摘まれて持ち上げられた。
あっれぇ? 思ったより悪い奴だったの?
「コイツにする」
「よろしいので?」
『いや高いから! 持ち上げるのはいいけど、体の下に手を添えてよ!』
「あぁ、すまんな」
「いえいえ、陛下のお気に召す子がいてようございました」
――――陛下?
黒っぽい人間は王様なのかもしれない。それ以外に『陛下』って敬称付けられる人は知らないし。
ってか、ここ日本じゃないのかもしれないとか、今さら気が付いた。
だって、陛下の人が私の体を手のひらで支えたあとに抱きかかえてくれたけど、着ている服がなんとなく西洋というか異世界感があった。
胸ポケットとか肩のとこから、ジャラジャラとなんかぶら下がってるの。
ぬぐぐぐぐ、気になる。キラキラ光りやがって!
どりゃぁぁぁぁ――――グエッ。
「やめろ」
「ハハハ! まだまだ遊びたい盛りですので、ご容赦を」
陛下の人、ママンと同じタイプだったよ。
顔面鷲掴みで止められたよ。そしてまた首根っこ掴まれて腕の中。
んー…………もうちょっと奥に行きたい。だがしかしこれ以上奥にいくと脇だな。人間の男の脇に顔を突っ込むのはどうかと思う。だがしかし、あそこらへんマントの陰にもなってるから、凄く薄暗くて狭くて落ち着きそう…………ええい、私は猫だ! 脇が臭かったら噛みつけばいいか!
『フンフン…………臭くないな。セーフ』
「…………コイツは何を考えているんだ」
「まだ子どもですので、暗く狭く温かいところが好きなんですよ」
「……………………ふむ」
おじいさんと陛下の人がなんか色々話していた。私は騒ぎすぎたことと、抱っこされてゆらゆら揺れて眠くなって、そのまま爆睡。
『んにゅー! よくねたぁ!』
前足をぐいーっと前に出し、お尻は高く上げて、伸びの運動。これをやらないとスッキリしないのよね。
「起きたか」
『あれ? ここどこ?』
辺りを見回して、いつものぼんやり風景とぼんやり違うなということだけは分かった。
「今日からここがお前の家だ。頼むから泣き喚くなよ?」
『家? 陛下の人が主人になるの? お腹減った!』
なんとなく分かってたけど、たぶん陛下の人は子猫をもらいに来たんだろうな。そんでもって私を選んだと。なかなかいい目をしているじゃない! 盛大に甘えてあげようじゃないか。でも、その前にご飯くれ! お腹減った! マジでお腹減った! ママンのじゃなくていいけど、ミルクもくれ!
「……エサか。何を食うんだ?」
『いまねぇ、お魚の気分なのよねぇ』
「魚のほぐし身や、脂身抜きの肉をミンチにしたものなどを与えるそうですよ」
「魚にしろ」
「かしこまりました」
――――お? ラッキー!
陛下の人と誰かが話してた。たぶん部下だな。役職名とか分からないけど。
部下の人がお魚のほぐし身を沢山くれた。
『あれ? ミルクは?』
「おい、ミルクも用意しろ」
「水で充分ですよ?」
『ケチ! 部下の人、ケチ! ミルクないと泣くぞ!』
「ミルクも必ず用意しろ」
「ええ? かしこまりました……」
――――ん?
今なんか陛下の人に言葉通じてなかった?
いや、流石に気のせいか。
『ふおっ、魚うっまぁぁぁ! なにこれ、超高級なの来たんですけど!?』
「食べながらウニャウニャ言ってますね。はい、ミルクです」
「美味いんだろ」
「それはようございました」
お魚をウマウマと食べていたら、横に小皿が置かれた。真っ白の液体だ。フンフンと匂いを嗅いでみる。
『あ! ミルク! 部下の人ありがと! んー、まぁ及第点ね。ママンの方が美味しい』
「静かに飲んでますね」
「なんのミルクだ?」
「山羊の乳ですよ」
「猫の乳は手に入らないのか?」
「そんな無茶言わないでくださいよ!」
陛下の人の疑問に、部下の人が苦情モリモリだった。
『あははは! 猫のお乳とか搾れないでしょ。陛下の人って変なのー!』
「…………搾れるものじゃないのか」
「当たり前です!」
「ふむ」
『ふぁぁぁ、おなかいっぱぁい! 陛下の人、おやすみー』
ママンや兄姉たちとの急なお別れは淋しいけど、飼い主になった陛下の人はなんだか甘やかしてくれるタイプっぽいので満足だ。
とりあえず、寝る!
■■■
神託が降りた。
竜王の番が産まれたと。
番は成人しないと判別できないのだが、種族が違いすぎて探し出せない場合や番の生命に危機が訪れやすい場合に、竜神が神託を降ろすことがある。
人間などの種族は番が分からないし短命だから、そういった場合に神託が降りることが多い…………が、まさかの猫。
王城の厩舎で飼われている猫の子ども。
流石にそれが他の者たちにバレると色んな意味で拙い。
ペットを飼ってみたい、ということで話を通しておいた。乳離れさせても大丈夫だと連絡があり見に行った。
様々な柄の子猫たち。その中の真っ白な一匹を見て、庇護欲が爆発的に湧き上がった。
――――これか。
番の特性なのか、子猫が何を言っているのか理解できた。まぁまぁ自由奔放でわがままなヤツだったが、どうしてか可愛いと思えるし、わがままは叶えてやりたい。
番とは難儀なものだな。
ちょこちょこ聞こえる声。なんというか猫らしくないと思った。そこまで猫のことを知っているわけではないが、思考回路がなんというかオッサンだ。メスのはずだが?
飯をたらふく食って、口の周りを山羊の乳でベチョベチョに濡らして、その場でグースカと眠りだした。
「なんというか、本能だけで生きてるな」
「動物とはそういうものでしょう? そもそも、なぜ急にペットを?」
「…………なんとなく」
言えるか。この子猫が番だったなんて。
竜王は世襲制じゃないから子孫だなんだは別にいいが、白くてか弱い子猫が番でした、というのは流石に威厳とか世間体がなんか拙い気がする。
そういったことをあまり気にしたことはなかったが、なんか拙い気がする。
とりあえず、観察を続けるか。
◇◇◇
陛下の人に貰われたその日の夜、目覚めたら部屋が薄暗かった。猫の目だから見えるんだけどね。
部屋の中をドタバタ移動して分かったのは、陛下の人の寝室にいるってこと。隣の部屋を覗いたら、最初に連れてこられた執務室とかいうところっぽかった。
寝室と隣り合わせで仕事部屋とか地獄かな? でもまあ、移動は楽かぁ。
「…………おい」
『ぎえっ!』
首根っこを掴まれて持ち上げられた。だからその持ち方、お尻がプランプランして安定しないのよ。あと、声が出しづらい。ミゲェェェェって感じの断末魔になるのよ。
『お尻支えてよぉぉぉぉぉ』
「ったく。うろちょろしてると踏むぞ。寝ろ」
ぽすんと浅めのカゴに入れられた。カゴは枕の横に置いてあって、どえらくふかふかなクッションが敷いてある。
『え、これ私のベッド!?』
「寝ろ」
『なになに、陛下の人って実は下僕系!?』
猫の飼い主は自らを【下僕】って呼ぶって前世で見た。きっと陛下もそういうタチなんだろうな。これはますます甘やかしてもらえそう。
「…………黙って、寝ろ」
陛下の人はそう言うと、ベッドにするりと入って目を閉じた。
カゴから少し身を乗り出して、陛下の人を観察。
とにかく黒い。黒い髪に黒い角。黒い睫毛は結構長い。前世だったらめちゃくちゃうらやましいと思えるほどに高い鼻。なんかムカつくな。
あと、なんかいい匂いがする。お花っぽい。いいシャンプー使ってんな?
「鼻息がうるさい」
『乙女に失礼なっ!』
「いい加減に寝ろ」
『だいたいさー、子猫にそんなこと言っても、聞くわけないじゃん。そもそも薄明薄暮性だし。さっきまで寝てたし。まぁ、私は大人だから寝てあげるけどぉ?』
「…………なぁ、寝るんだよな? ずっとしゃべってるが」
陛下の人がなんでか、大丈夫かコイツみたいな顔で見てくる。猫になったせいか、そういう空気がすごく分かるようになった気がする。
なんかムカつくから、高い高い立派な鼻をどりゃぁと殴ったけど、実際のところはペチペチくらいだったから、陛下の人は目を見開いて無反応だった。
『つまんないなぁ。寝よ』
「……おやすみ」
『はぁい、おやすみなさぁい』
陛下の人と一緒に暮らすようになって二週間。
相変わらず美味しいご飯とミルク。幸せいっぱい、お腹はぽよよん。
『なんか、太ったわね。運動しようかな』
兄姉たちと取っ組み合いの遊びをしなくなったから、運動不足で体もウズウズしていたから、とりあえず部屋の中を走り回った。それに飽きたら、陛下の人の足からよじ登って、服に着いてるジャラジャラを殴ったり噛んだりして遊びまくった。
『ふぅ、これくらいにしてあげよう』
「……終わったか?」
『お腹減った!』
めちゃくちゃ運動したし、成長期だしいいよね?
「おい、エサを用意しろ」
「もうですか? さっき食べてましたよ!? 与え過ぎもよくないんですよ」
「そうか。なら我慢しろ」
『けちー! 部下の人のけちー! 陛下のけちー!』
陛下の人の体をよじよじと登って、陛下の人の耳元でワーワー鳴いて苦情申し立て。ついでになんか薄っぺらい耳たぶも噛んでおいた。
「っん!」
『うおあっ、落ちるっ!』
噛んだ瞬間に陛下がビクリと動いて肩から落ちかけたけど、ちゃんとキャッチしてもらえた。
「噛むな、馬鹿が」
ナチュラルに馬鹿って言われた。
「…………陛下、本当にどうしたんですか? 急に子猫を飼うとか言うし、陛下の体に傷を付けるとかいう暴挙も許して……普通なら消し炭にしてますよね?」
『消し炭!? は? え? 陛下の人、怖っ!』
消し炭を想像したら身震いが止まらなくなった。
「おい、余計なことを言って怖がらせるな。震え出したぞ」
「ただ単に落ちかけてびっくりしただけでしょ。それより、本当になんで飼い出したんですか」
「…………なんとなく」
「またそれですか。ハァ」
部下の人が呆れたようにため息を吐いて、何かの書類を持って部屋から出ていった。
「ったく。面倒なことになった……お前のせいだからな」
陛下の手の中でプルプル震えていたら、優しく撫でてくれた。
あれ? なんだか大丈夫そう。消し炭は比喩表現的なやつかな? そういえば陛下の人、ずっと優しいし、殴ってもあんまり怒らないし。やっぱり下僕なんだね?
『えーっと、なんかごめんね?』
「人前ではじゃれ付くなよ」
『はぁい』
――――人前じゃないならいいんだ?
陛下の人は本当に下僕だなぁ。まぁ、猫の私としてはありがたいけど。
それからは、陛下の人が一人きりのときは飛びかかったり、ジャラジャラと戦ったりして遊んで、誰か来たら陛下の人の膝上で寝たり、肩に座って書類仕事の見守りをした。
『あっ! 陛下の人ー、そこの計算間違ってるよ? って言っても分からないかぁ。ってかなんで陛下の人が収支報告書のチェックまでやってんの? ここブラック企業なの?』
「耳元でにゃーにゃー煩い。邪魔するなら寝室で遊んでこい」
寝室には先日、私のための巨大なキャットタワーが設置された。なるべく夜は寝るようにしてた。でも朝方目が覚めてハイテンションで走り回ってからのおトイレ。猫あるある朝方のウン動会をなんでか理解した陛下の人が、部下の人に命じて設置させていた。
ありがたいけど、シラフのときに一人で遊んでも楽しくないのよね。あれはウン動会だからこその楽しさであって。いまは誰かと遊びたい。
『ひとりきりって、淋しい』
「お前は――――」
「陛下! 大変です!」
陛下の人が何かを言おうとしていたら、部下の人が部屋に飛び込んできて、何かが暴走したとかなんか大変そうな話をしていた。
「直ぐに出る」
『いってらっしゃーい』
陛下の人の肩から机の上にピョンと飛び移って、お見送り。先週もこういうことがあった。誰よりも何かの力があるらしい陛下だから、荒事があると止めに行かなきゃらしい。
見た感じはムキムキじゃないけど、なんか強いらしい。
「ん、すぐ戻る」
「はい? 誰に言ってるんですか?」
「……猫」
「あー……っていうか、名前つけてないんですか!?」
「聞きそびれた」
「陛下が付けてあげればいいじゃないですか」
陛下の人が真っ黒のマントを着けながら、元の名前があるだろうから聞き出すと言っていた。
そういえば元の名前ってなんだったけ? 陛下の人が出ていくのを見送って必死に前世を思い出そうとしたけど、自分のことをなんにも思い出せなくなっていた。
前世のことは思い出せるのに、自分のことだけがすっぽり抜け落ちている。
生まれたときは覚えていたはずなのに。
『え……?』
もしかして、こうやって少しずつ忘れていくのかなって思ったら、急に怖くなった。抱きしめてもらいたいけど、陛下の人は出ていったばっかり。
すぐには帰ってきてくれない。
キャットタワーに登ってみたけど、部屋の広さを余計に感じて怖いし寒いし淋しい。
ベッドにぽすんと飛び乗ってみたら、陛下の人のいい匂いがした。
おふとんにくるまっていると、落ち着けた。
怖くない、あったかい、安心する。
「……ろ、起きろ」
『んー…………ふあぁぁ。あ、陛下の人、おかえりなさい』
「無事だな?」
なんだかホッとした様子でそう言われた。
『どうしたの?』
うーんと伸びをしつつ、ベッドに座った陛下の膝に飛び乗ると、頭をそっと撫でてくれた。
「お前は、名前はあるのか?」
『そうそう、思い出せないんだよねぇ』
「俺が付けてもいいのなら、ルナはどうだ?」
『ルナ? ルナ! 可愛い!』
「気に入ったか?」
陛下の人の膝上でぴょんぴょん飛び跳ねていたら、陛下の人がふわりと微笑んで抱き上げてくれた。
「ルナ」
『はい! ルナちゃんです!』
「ん、早く大きくなれよ?」
『はーい!』
ちゅ、と鼻の頭にキスをされた。
陛下の人、本格的に下僕ね! このままどんどんメロメロにして私の猫生、平和に満喫できるといいなぁ。
とりあえず、陛下の人が帰ってきたし、なんだか安心したらまた眠くなってきた。
とりあえず、寝よう!
―― fin ――
最後までお読みいただきあじゃまーーーす!
猫飼いたいな。猫撫でたいな。猫と一緒に寝たいな。そんな気分で☆をポチッとしたりすると、作者と愛猫たちが大喜びしますヽ(=´▽`=)人(ΦωΦ)ノ




