16話 天気マーク
次の日、学校から帰ってきた俺は、
鞄もそこそこにパソコンの電源を入れた。
もう完全に、気分は「天気予報サイト制作モード」だ。
「さて……どんなサイトにするかだな」
昨日、考えたざっくりしたプランを思い出しながら、メモ帳に箇条書きしていく。
【かんたん天気チェッカー(仮)構想】
・トップページに今日の天気を表示
・雨が降る確率をざっくり示す
・必要なら「傘持ってけ」みたいなアドバイスも出す
・できるだけシンプルで、誰でも見やすいデザイン
「うん、シンプルイズベストってやつだな」
ページのレイアウトもなんとなくイメージできてきた。
問題は――
天気マークだ。
晴れ、くもり、雨……最低でもこの3種類は必要。
テキストで「晴れ」とか書くだけでもいいっちゃいいけど、
やっぱりアイコンがあった方が、直感的でわかりやすい。
「よーし、描くか、ドット絵!」
俺は意気込んで、ペイントソフトを開いた。
中学生のくせにドット絵を描くとか、なかなか渋い趣味だと思うけど、ここは未来のためだ。手を抜くわけにはいかない。
まずは「晴れマーク」。
ペイントソフトで、16×16ピクセルのキャンバスを開く。
チマチマと黄色で丸を描き、その周りにオレンジの線を放射状にピッピッと伸ばす。
完成。
「えっ、なにこれ……」
……なんか、思ってたよりダサい。
自分で見ても、びっくりするくらい微妙だった。
確かに太陽っぽい。
ぽいんだけど、なんというか……「小学生の自由帳」感がすごい。
続いて「くもりマーク」も描いてみる。
灰色でふにゃっとした丸を三つ並べる。
もこもこ、って感じを出したかった。
完成。
「……アザラシの親子?」
もはや雲には見えない。
どちらかというと、アザラシが寄り添って昼寝してるようにしか見えない。
最後に「雨マーク」。
青い線を斜めにシャッシャッと引いて、雲の下に並べる。
完成。
「……」
いや、これ、シャワーの絵じゃん。
雨粒のつもりが、完全にシャワーヘッドから水出してる図になってる。
机に突っ伏したくなる。
「……センスなさすぎるだろ、俺」
ドット絵って意外と難しい。
16×16ピクセルなんて小さすぎて、ちょっと線がズレるだけで別物になる。
しかも色数も限られてるから、ふんわり感とか立体感とか出そうとすると、余計ヘタクソ感が際立つ。
(プロの人たち、どうやって描いてんだよ……)
一応、参考までにネットで「天気マーク」とか調べてみた。
出てくる出てくる、超ハイクオリティなやつが。
めちゃくちゃ可愛いアイコンが並んでるのを見て、思わずため息が漏れた。
「こんなの……俺に作れるわけないじゃん」
でも、ここで諦めたら未来がない。
シンプルでいい。
下手でもいい。
自分が作ったってことが、大事なんだ。
「……とりあえず、今のやつで仮採用にするか」
ヘタクソな太陽と、アザラシと、シャワー。
とりあえずこの三つを「仮アイコン」として、サイトに組み込むことにした。
……うん、まあ、最低限の役割は果たしてくれる。
けど、正直言って――ダサい。
見た目のしょぼさが、サイト全体の空気まで安っぽくしてしまってる気がした。
こんなサイトを、誰かが「いいな」って思ってくれるんだろうか。
見た瞬間に笑われたり、「素人くさっ」って思われたりしないか。
そう考えると、どうしてもこのままで公開する勇気は出なかった。
(……せめて、もうちょっとマシな見た目にしたい)
自分で描くにしても、限界はある。
今日だって、3つ描いただけで1時間以上かかったうえにこのクオリティだ。
いくら努力しても、たぶん「プロっぽさ」には届かない。
でも、ネットのフリー素材は使えない。商用利用はNGだし、著作権も面倒だ。
(だったら――誰かに頼むしかない)
ふと思い出したのは、春休みに澪と勉強していたときのこと。
あのとき、ノートの端にちょこんと描いてあった猫の落書き。
すごく可愛くて、線が優しくて、見ていてほんわかする絵だった。
キャラクターを描いてるって感じじゃなくて、自然体で、見た人がふっと笑えるような、そんな雰囲気の絵だった。
(澪なら、いけるかも……)
ドット絵の経験がなくても、きっとすぐに感覚をつかむだろう。
たとえ慣れてなくても、澪が描いたってだけで、俺にとっては十分に価値がある。
むしろ、完璧じゃなくてもいい。
“人の温もりがある”っていうだけで、サイト全体の空気は変わる気がした。
(……お願いしてみよう)
(可愛いアイコンで、ちゃんとしたサイトにしたい)
(頼んだら、やってくれるかな……?)
だって、晴れマークとか、曇りマークとか、そんなに大層なイラストじゃない。 ちょっとしたアイコンだ。 可愛い系にしてもらえたら、サイトの雰囲気も明るくなる。
なにより――澪に何か手伝ってもらえたら、それだけで嬉しい。
「よっしゃ、もう一踏ん張り!」
汗ばむ手のひらをズボンで拭いながら、
俺はキーボードを叩き始めた。
よし、明日には、澪にお願いしてみよう。
* * *
次の日。
学校の帰り道、
俺はずっとタイミングをうかがっていた。
どう切り出すか、何回もシミュレーションした。
(いや、別に悪いお願いするわけじゃないんだけどな……)
なんとなく、ちょっとだけ緊張する。
「ねぇ、恭一」
先に声をかけてきたのは、澪だった。
「今日ずっと考えごとしてたみたいだけど、何考えてんの?」
「うわ、バレた」
「バレバレだよ。顔に“なんかたくらんでます”って書いてある」
苦笑しながら、俺は意を決して口を開いた。
「なあ、澪って……美術、得意だよな?」
唐突な切り出しに、澪はちょっとだけ首を傾げた。
「ん? まあね? 小学校のとき、絵のコンクールで入賞したことあるよ」
それを聞いて、俺は「やっぱりか」と、心の中でガッツポーズを決めた。
「え、なになに? なんか企んでる?」
澪は眉を上げながら、興味津々といった顔をする。 その目がキラキラしているのは、面白そうな匂いを察知したからだろう。
俺は少しだけ歩くスピードを落とし、正面に回り込むようにして、澪と向き合った。
少しだけ歩くスピードを落としながら、
俺は正面から切り出した。
「……実は、サイト作っててさ」
「サイト?」
「うん。新しく作ったんだ。今度は“天気予報”のサイト」
「――天気予報!?」
案の定、澪は素っ頓狂な声を上げた。
思わず立ち止まり、目をまんまるにして俺を凝視する。
「え、待って、恭一、もしかして……天気予報士にでもなるの!?」
両手で「天気予報士ポーズ」みたいに、空を指さしてみせる澪。 なにそのジェスチャー。可愛いけど。
「いや、そうじゃなくて!」
俺は慌てて手をぶんぶん振った。
「天気を当てるとか、そんな本格的なやつじゃないんだよ。 もっとこう……ざっくり、“今日の天気こんな感じだよ~”みたいな軽いやつ」
「……ふむふむ?」
澪は顎に指を当てて、探偵みたいな顔をした。 そのまま「説明しろ説明しろ」と目で圧をかけてくる。
しょうがないので、俺は続けた。
「でも、サイトに載せるには、文章だけじゃ味気ないだろ? やっぱ、天気マークとか、アイコンがあった方がそれっぽくなるなーって思って」
「ふむふむ?」
澪は、ちょっと呆れたような、でもどこか嬉しそうな顔をした。
「また面白いこと考えるよね、恭一って」
「だろ?」
少し得意げに言うと、澪はくすっと笑った。
軽く首を傾げながら、興味深そうに俺を見つめる。
その仕草が、どこか小動物みたいで、ちょっとだけ心臓が跳ねた。
俺は気持ちを引き締めて、真正面から言った。
「天気マーク、描いてほしいんだ」
「天気マーク?」
澪は、もう一度首を傾げた。さっきよりも深く、こんがらがった糸を解こうとするみたいに。
「うん。晴れとか、くもりとか、雨とか……そういうアイコンを、ちっちゃいドット絵みたいな感じで作ってほしい」
説明しながら、俺は手で適当に丸を描くジェスチャーをしてみせた。
「ドット絵って……あれでしょ? マス目みたいなやつで描くやつ?」
「そうそう、16ピクセルとかでちまちま描くやつ」
「ふーん、やったことないけど……面白そうじゃん!」
澪はぱっと表情を明るくして、にこっと笑った。
「やるやる! 晴れとか曇りとかでしょ? 簡単だし、楽しそう!」
「マジで!?」
あっさり承諾してくれたことに、正直ちょっと拍子抜けした。
よし、これで天気予報サイトが作れそう。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・技術・事件などはすべて架空であり、現実とは関係ありません。
作中で描かれるAI技術や社会情勢は、物語上の演出を含んでいます。
現実の技術仕様や法制度とは異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。
エンターテイメント作品として、肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。




