121話
ついに完成した。
音声アシスタント端末。
マイク、スピーカー、そして7インチのタブレットを組み合わせ、黒を基調としたシンプルな箱型に仕上げた。
プログラムを送ったら、桐原の方で作ってくれた。
見た目は地味だが、中身にはChatGPT-4が組み込まれていて、音声ソフトで話してくれる。
動作は簡単。
お客様がタッチボタンを押して話すと、すぐに音声で返答が返ってくる。
データはすべて暗号化済み。中身が未来の技術だと気づかれることは、まずない。
設置前に桐原の外国人スタッフが使った感想は、「自然で使いやすい」と高評価だった。
とりあえず、ホテルのロビーに1台だけ設置して、テスト運用を始めることにした。
エントランス横、観光パンフレットの棚の近くに配置している。
「東京駅に行きたいけど、どうやって行けば?」
そんなニーズに対応できるか、いざテストだ。
近くの柱に小さなカメラを設置しておいた。これは、あくまで動作確認のためだ。
表情や身振りを通して、システムがちゃんと反応しているかを確認するためだ。
──と、15時過ぎ。
ちょうどチェックインが一段落したころ様子を見ていたら、1人の外国人観光客が興味深そうに機械の前に立った。
背の高い、金髪の男性。
アメリカ人っぽい雰囲気だ。
彼は、ちょっと首をかしげたあと、タッチボタンを押して口を開いた。
「Excuse me, How can I get to Asakusa from here?」(ここから浅草までどうやって行きますか?)
出た。
予定通りの質問。
すぐに音声が流れだす。
「"Sure! From Sasazuka Station, take ……」
音声はスムーズに流れた。
発音も違和感なく、まるで案内所のスタッフが答えているような自然さ。
男性は、驚いたように機械を見つめ、にやっと笑った。
「Oh, that's cool! Very helpful.」
そしてケータイを取り出し、何枚か写真を撮っていった。
(よし……うまくいった)
俺は画面越しにほっと息を吐いた。
これでいける。
あとは少しずつ応用して、ホテル全体に展開していくだけだ。
支配人がやってきた。
「ようこそいらっしゃいました。お越しいただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、設置を許可していただいて助かりました」
ロビーの片隅に設置された音声アシスタント端末。タブレットの下にマイクとスピーカーを取りつけた、やや無骨な箱型だったが、稼働からわずか数日で、すでに複数の外国人客に利用されていた。
「この音声アシスト機能、とてもいいと評判です。稼働から四日目ですが、これまで使っていただいた外国のお客様には、すべて正確な案内ができているそうです」
「本当ですか? よかった……」
浅草への行き方や、ホテル周辺のおすすめレストラン、空港へのアクセス方法──外国人にとって聞きたいことはだいたい似ている。それを的確に、しかも英語で答えてくれるだけで、感動してくれる人も多い。
「ロビーだけでなく、他の場所にも設置できますか?例えば2階のフロアに1台、トレーニングルームに1台のように」
「おお、それはいいですね。今後ロビーだけだと順番待ちが生じる可能性もありましたので、その緩和にもなります」
「ありがとうございます」
各部屋や、各フロアに設置してもいいんだが、この機械はChatGPTを搭載してるからスタッフの目のあるところにしか置かないようにする。
「ええ、間取り図を確認して手配します」
話しながら、ふと画面に目をやると、ひとりの外国人観光客が、端末の前で立ち止まっていた。少し緊張した面持ちで話しかけ、端末が英語で返答すると、ふっと笑みを浮かべる。
(ああ、やっぱり、こういうのって大事だな)
「そういえば、先日泊まったイギリスからのお客様が、“これまで泊まった中で、最もユニークなホテルです ” とおっしゃっていたそうですよ」
ふいにそう言われて、心の奥が少し熱くなる。
「それは嬉しいです」
「ええ。スタッフも喜んでいました。まさか、こんなに注目されるとは思っていなかったようで」
「自分でも、こんな未来っぽいホテルをやることになるとは思ってなかったんです」
「ええ、おかげでお客様の層が広がりました。お子様連れの方にも、外国からの方にも、“また来たい”って言っていただけてます」
ホント良かったな。
二人で微笑んだあと、支配人がふと表情を変えた。
「それと、オーナーのお知り合いの方……若い女性の方も、たいへん熱心に働かれておりますね」
「知り合い……?」
一瞬、心当たりがなかったが、すぐに気づいた。
「それは良かったです」
まるで自分のことのように誇らしくなってしまう。澪は、もともとホテル業に興味があったわけでもない。ただ、頑張って働いている。それが、誰かの目に止まっていると知ると、胸の奥がじんと温かくなった。
(そういや、今日は土曜だし、澪はバイトの日か)
最後に見たのは、月曜の英会話教室だったか。あの日、帰り道で少し元気がなさそうだった。無理してるのかなと思ったが、本人は何も言わない。
今日は、バイト終わりに少し話せたらいいな。
ポケットからガラケーを取り出して、メールを打ち始める。
澪、バイト終わったらロビーで待ってる。晩ご飯でも行こうか。
送信ボタンを押して、少しだけ期待して待つ。
ロビーの片隅では、音声アシスタント端末が稼働していた。スタッフも近くを通るたびに目をやっている。
これで外国人向けのサービスを増やしていけたらいいな。




