111話
平日の昼、リビングのテレビには、ゆるいバラエティ番組が流れていた。ママタレたちが箱根で買い物したり、節約術を披露したり──。
その番組で、来月うちのホテルが特集されるらしい。
「猫型ロボットが掃除するホテル」として紹介されるそうだ。
「いや〜、まさかこんな大々的に取り上げられるとは」
送られてきた企画書には、ミケの写真はもちろん、客室、朝食バイキング、バックヤードまでばっちり写っていた。
(やっぱ、“ネコ”って最強なんだな……)
猫型ロボット——この発想の源は、言うまでもなくファミレスの「配膳ロボ」だった。
あの“にゃ〜ん”と鳴きながら料理を運ぶやつ。
じゃあ、逆に考えたらどうだ?
掃除ロボがこれだけ話題になったんだ。だったら、配膳ロボもホテル内で導入すれば、さらに“映える”んじゃないか?
(よし、猫型配膳ロボも作ってしまおう)
俺はパソコンを立ち上げ、ChatGPTを開いた。
* * *
そして今、俺はその件で再び桐原自動車に相談するため、東京オフィスを訪れていた。
ロビーには夏のような光が差し込み、ビル街の喧騒がガラス越しにぼんやりと聞こえる。
「こんにちは、葛城さん」
受付で挨拶してくれたのは、いつもの安藤さんだった。
なんでだかいつも、俺が10分前に着く頃には、もうドアのそばに立ってる
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。ところで、もうすぐ牧原さんもいらっしゃいますよ」
安藤さんはそう言って微笑んだ。
「今回の件、話を聞いた牧原さんも“いい効果がでたね”とおっしゃっていました」
「それは良かったです」
あれは業務効率化のためだった。でも今や、立派な“客寄せコンテンツ”になってる。
なら、配膳ロボもいける。いや、いくしかない。
そんなことを考えていると、奥のドアが開き、スーツ姿の男性が入ってきた。
「葛城くん、こんにちは。あの掃除ロボはすごいね」
「こんにちは、牧原さん」
そう言って笑ったのは、桐原自動車の技術部門の牧原さんだった。
「はい。おかげさまでホテルではかなり評判になっています」
「実はね、うちの工場でも使おうかと考えていて」
来たか……そう思った。
「工場ですか?」
「ああ。人手不足ってのはどこも同じだし、夜間に掃除要員を雇うのもコストがかさむ。だったら、昼間は通常稼働、夜間にこの猫型掃除ロボを巡回させるようにしたら、清掃費がぐっと下がる」
確かに。それに工場なら、人目を気にせずセンサー類やQRも自由に貼れる。
「いいですね。ホテルよりも自由度が高いですし、導入もしやすそうです」
「で、なんだけどね……」
牧原さんが、少し真剣な顔になる。
「この掃除ロボ、将来的には他の工場にも売ろうと思っているんだ。もちろん、君が開発者なんだから、勝手に売るようなことはしない。ロボット開発のために子会社を作って、株主は君と当社で半々。そう考えているんだけど、どうかな?」
一瞬、息を呑む。
「……本当ですか?」
「ああ、これは“ウチ”だけではなく、どの工場でも使えるものだよ」
「ありがとうございます。それで大丈夫です。もちろん賛成です」
「詳しいことは、今度法務部のほうから説明を受けることになると思うけど」
「はい。では……1つお願いがあるんですけど」
「うん?」
「この業務用の掃除ロボに関しては、ホテルなどには販売しないでいただきたいんです。ホテルで猫ロボがいるのって、うちだけの強みなんで……」
「なるほど。確かに他のホテルに出回っちゃうと、オリジナリティが失われるしね。そこは業務用と用途をきちんと分けるようにしよう」
さすが牧原さん、話が早い。
「それと、業務用の掃除ロボには猫のディスプレイを無くしていただけると助かります」
「猫……ああ、確かに。ホテルの目玉だもんね」
「そうですね。最低限のセンサーと、機能のみでいいと思います」
「よし、それでいこう。いやー、葛城くんのアイディアは本当に面白いな」
「いえ、ありがとうございます」
やっぱり、きちんと信頼して任せてくれる相手だと、こちらもどんどん提案が出てくる。
そして、次なる構想を切り出す。
「それと、もう一つ提案があるんです」
「うん?」
「猫型の配膳ロボを作りたいと思ってまして……」
「猫型……あの掃除ロボみたいなやつが、レストランで料理運んでくるの?」
俺は頷いた。
「はい。ホテルのレストランで“猫がパフェを運んでくる”ってなったら、子ども連れにも喜ばれると思って」
その言葉に、安藤さんがふっと笑った。
「パフェ……いいですね。私も子どもの頃、誕生日にだけ出る特別なデザートでした」
どこか懐かしそうな声色だった。
「もし“猫がパフェを運んできたら”、きっと忘れられない思い出になりますね」
そう言いながら俺はバッグから数枚の資料を取り出し、テーブルに広げた。
「こちらが制御アルゴリズムの概要です。システムはマッピング方式で、フロアを自動で走行します。QRコードの誘導じゃないので、多少レイアウトが変わっても問題ありません」
「……えっ、もう作ってるの?」
驚いたような声があがった。牧原さんの目が、資料と俺の顔を交互に見比べている。
「ええ、ちょっと時間があったので作ってしまいました」
横にいた安藤さんが小さく笑う。
「葛城さん、いつもすごいです。さらっと言うけど、気づくといつの間にか完成してる」
資料には、ホテルのレストランフロアの簡易マップと、ロボットの走行経路、その際の停止位置や障害物回避のロジックまでが記載されている。
「あと、厨房付近と曲がり角だけは、赤外線センサーを補助的に設置する予定です。そこだけは誤検知が起きやすいので」
牧原さんはしばらく資料を見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「なるほどね。猫がパフェを運んでくる。面白いかもしれないな、技術部には話を通しておくよ」
「はい。それが終われば詳細な制御プログラムもこちらで書いておきます」
桐原の技術部はさすがに優秀だが、ロボットの動作制御に関しては、俺しかできない。
牧原さんが笑って言った。
「それにしても、ホテルはどんどん観光客向けになっていきそうだね」
「はい、おかげさまで。最近は稼働率も少しずつですが上がってるようです」
そこに、隣にいた安藤さんが手元の資料を確認しながら言った。
「実は最近、掃除ロボの稼働開始から、お客様のアンケート結果に明確な変化が出ています」
「変化?」
「はい。“面白い”、“また来たい”といった声が増えていて、リピート意欲のある回答が目に見えて増加しました。特に小さなお子様連れのご家族で、顕著です」
やっぱり効果は出てるんだな。
俺の勘じゃなく、ちゃんと数字に表れてるなら強い。
「すごいですね……掃除の効率化だけじゃなく、ブランディングにもなってるなんて」
「そうなんですよ。正直、こんなに反響があるとは思いませんでした」
安藤さんが静かに微笑む。
「この調子なら、“ミケ”はホテルの顔になりますよ」
「ありがとうございます!」
俺たちの“猫プロジェクト”は、確実に広がっている。
ただの掃除ロボだった“ミケ”が、今ではこのホテルのマスコットであり、武器になりつつある。
次はレストランだ──“ミケ”が料理を運ぶ日も、そう遠くない。




