2-2
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一の国出身の、傭兵の少女アルアが、馬上で戸惑った顔をしていた。
「みなさん、なんだか大騒ぎをしていましたが」
「あ、ごめん。うるさかったか」
「あっ、すみません。そういうわけではないのですが、気になってしまって」
アルアは慌てた様子で、手をわたわたさせた。俺の前で、こういう歳相応の仕草を見せるようになったのは、つい最近のことだ。
「いやまあ、この先のこととか、ちょっと話してたんだよ。ほら、あの山を越えていくんだって?」
「ええ、そのようですね。あんなに高い山は、私も久々です」
「へぇ、アルア、山登りとかするのか?それも傭兵の仕事で?」
「あ、いえ。前に、母に連れられて一度だけ……」
おっと、母だって?アルアの母さんは、あのおっかないプリメラだ。てことはたぶん、いい思い出じゃないんだろうな……
「みなさんは、山越えは不安ですか?」
「ん?いや、そうでもないかな。うちにはほら、優秀な魔術師がいるから」
俺がそう言うと、ライラは偉そうにふんぞり返り、ウィルは恥ずかしそうにぽっと頬を染めた。アルアがうなずく。
「そうでしたね。この連合軍にも、三の国の優秀な魔術師が多数同行しています。大丈夫、きっとうまくいくでしょう」
「ははは、そうなるように祈るよ」
励ましてくれたのか?本当に、前とはえらい変わりようだ……と。俺はふと気になって、訊ねてみた。
「なあ、アルア。訊いてもいいか?」
「はい?なんでしょう」
「前さ、うちのエラゼムと、なんかあったんだよな?それって何か、訊いてもいいかな」
アルアはゆっくりとまばたきすると、顔を前に向けた。
以前アルアと旅をした時、二人はたぶん、何かについての話をしていたらしい。俺はその時寝ていたから、詳しく知らないんだけどな。でもそれ以降、アルアはちょくちょくエラゼムを気にするようになった。なかなか聞く機会がなかったけれど、今ならちょうどいいだろ。
「……あの騎士様には、私の目標についての、話をさせていただきました」
「お前の目標……って、あれだよな」
「はい。魔王の討伐、です」
そんなことを話したのか……かなりの難題だが、エラゼムはなんと答えたんだろう?
「あの方は……私と、自分とが似ていると言いました」
「エラゼムと、アルアが?」
「はい。意外でしょう?私もそうでした」
「まあ……似てるとこよりは、似てないところの方が多い、かな」
大柄で渋みのあるエラゼムと、線の細さが目立つアルア。エラゼムはどこに共通点を見出したんだ?
「彼は、私のことを、燃え盛る松明のようだと言いました」
「松明?」
「ええ。自らを燃やし、周囲を燃やし、そうして最後には燃え尽きる。彼自身がそうだったから、よく分かると」
エラゼム自身が……?俺は、彼の一生を思い出した。城に仕え、城主が去り、そして裏切りが起こって……
「そうか……あいつは、自分のことを、復讐に狂ったやつだって言ったんだな」
「はい、そうです。復讐という炎に身を焦がした者の、末路だ、と」
なるほど、な。俺たちと出会うまで、エラゼムは復讐に駆られる怨霊だった。過去に囚われ続け、惨劇の夜を繰り返し続けるだけの……
「それで、エラゼムはその後、なんて?」
「私に、警告をしました。自ら兜を外し、その中身を見せることで」
「……見たのか、あれを。こう言うのはあれだけど、よく平気でいられたな。いや、俺たちだって、最初はかなりビビったんだぜ」
「さすがに、平気ではありませんでしたよ。むしろ、とても恐ろしく、おぞましかった……すみません、こんな」
「いや、いいよ。言ったろ、俺たちもそうだった。なかなか、衝撃強いよな」
「ええ。でもだからこそ、忘れられずにいます。復讐に憑りつかれた人間の、あれが末路だと言うのなら……私は……」
アルアはぎりっと歯を食いしばると、遠くを見つめた。
「……アルアはさ。将来、何になりたいんだ?」
俺がそう問いかけると、アルアは目をぱちくりさせて、こちらを見た。
「はい?」
「だって、そういう事じゃないのか?エラゼムが言ったことって。たぶんあいつは、復讐をやめろだなんて、言わなかっただろ」
「え、ええ、そうです、よく分かりましたね」
アルアは感心した顔をしたが、こんなのすぐに分かるさ。だってエラゼムは、自分を燃え尽きた松明だって言ったんだろ?真面目な彼は、自分が辿ってきた足跡を棚に上げて、誰かを批判することはしないはずだ。
「騎士様にも、同じように言われました。魔王を倒し、私の目標を達成した後のことが肝心だと」
「そっか。それで、なんて?」
「……答え、られませんでした」
なに?アルアはうなだれ、自分の馬のたてがみを撫でた。
「分からなかったんです。だって、そうでしょう?できるかも分からない目標の、その先のことを考えるなんて……辛すぎます」
「アルア……」
魔王を倒す……字面だけなら、どこまでも王道で、どこまでもシンプルな目標。だけどいざ真っ向から向かい合ってみると、それのなんと難しいことか。それを、この少女が、たった一人でなんてな……
「……なにか、俺たちに手伝えることがあればいいけど」
「え?あはは……」
アルアは一瞬戸惑った表情を浮かべると、乾いた笑いを溢した。
「あなた、どこまでお人好しなんですか。私の手伝いだなんて……」
「う、うるさいな。さすがに、見過ごせないだろ……」
「ふふふ……お気持ちは嬉しいですが、結構です。私個人の私情で、軍全体を危険に晒すことはできません」
「ん……軍、全体?ずいぶん大きな話になったな?」
「そうでしょう?もしあなたたちが私に協力してくれるとして、どうしますか?」
「どうって……あんたがうまく戦えるように、サポートするとか」
「そうです。それが、問題です。……一流の選手の中に、素人の子どもが混じっていたら、試合にならないでしょう?」
俺は目を丸くした。軍を選手に、アルアを子どもに当てはめれば、隠喩の意味は、簡単に理解できた。
「でも、それは……」
「私だって、自分の実力くらい、分かっているつもりです。私に足並みを合わせることで、あなたたちの力が発揮されない事態など、絶対に起こしてはいけません。だから……」
そこまで言うと、アルアは口をつぐんだ。そしてそのまま、馬を歩かせて、俺たちから離れて行ってしまった……
「あっちゃ~……いらんこと聞いちまったかぁ」
小さくなったアルアの背中を見ながら、俺は首の後ろをかいた。
「桜下、なんで桜下があちゃーって顔してるの?」
ライラがこちらを振り返った。どことなく、納得いかないような顔をしている。
「あいつが、勝手に話を終わらせたんでしょ?なんなの、あいつ!」
「ライラ、アルアはむしろ、俺たちに気を遣ってくれたんだ」
「ええ?あれで……」
「それにほら、俺があいつの、なんてーか、あんまり触れてほしくないところを突っついちゃったんだ。俺が悪いんだ、あんまりそういうこと言うなって」
「でも……!桜下は、あいつを助けてあげようとしたんじゃん。あいつが弱っちいのは、あいつのせいでしょ?」
「いろいろ難しいんだよ、アルアの場合は特に……」
「むー!なんでそんなに、あいつの肩ばっかり持つの!」
ええ?俺がうまく説明できないでいると、ウィルがふわりと、俺たちの隣に並んだ。
「ライラさん、気持ちは分かりますけど、その辺にしときましょう」
「おねーちゃん……」
「ほんとに、気持ちは分かるんですよ?桜下さんの誰にも優しいところはステキですけど、時々見境なさ過ぎてイラっとしますよね」
えっ、なんで俺がここで刺されるんだ!?
「とまあ、冗談はさておき……ほんとうに、彼女の問題は複雑ですね」
ウィルは腰に手を当てると、ふうとため息をついた。
「分不相応な大役を押し付けられて、それでも逃げることはできず、向き合い続けるしかない……いっそ、玉砕して楽になろうとしているじゃないかって、時々思うくらいですよ」
冗談にしてはかなりどぎついが、俺はウィルを嗜めることも、ましてや笑うこともできなかった。
「せめてもう少し、アルアが不真面目なやつだったらよかったんだがな」
「真面目過ぎるのも問題ですね。それで身を滅ぼすのでは……でも、桜下さん。さっきの話、優しすぎるのだって、それはそれでよくないですよ?」
「え?冗談じゃなかったのか?」
「八割くらいはそうです。でも、一番大事なことを忘れてないですよね?」
「え?ああ、そりゃもちろん。一番はウィルたちだ。だろ?」
さすがにそこを間違えるほど、俺も馬鹿じゃないぞ。どうだ、ウィルもきっと納得して……と思ったのに、ウィルはあんぐり口を開けると、ぼぼんと湯気が立ち昇りそうなほど、一瞬で顔を赤くした。
「なーんでそうなるんですか!一番はあなた自身だって、何度も言ってるじゃないですか!」
「え?俺?」
「そうですよ!他人より自分を大事にしてください!」
「え、で、でもウィルは他人じゃ」
「他人です!仲間で恋人ですけど、自と他なら間違いなく他人ですって!あなたがやられたら元も子もないんですから、自分を一番に考えてって言ってるんです!」
「お、おう……」
ウィルの言っていることは、分かる。分かるが……俺は腕組してじっくり咀嚼した後、やっぱりこう吐き出した。
「……でもやっぱり、みんなのこと、他人だとは思いたくないよ。だってウィル、俺たち、家族じゃないか」
「………………」
ウィルは水に浸かるように、ずぶずぶと地面に埋まって見えなくなってしまった。お、怒らせてしまったか?すると背後で、大きなため息が聞こえた。
「はぁー……ダーリン、気にしないでいいよ。照れてるだけだから」
「え、あ、そうなのか、ロウラン?」
「そうだよ……もうなんだか、一年間分のお砂糖を突っ込まれた気分なの」
は、はあ……?
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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