冬休みが今年もやってくる
「先輩、こんにちは!」
「……お前、また来たのか」
「あら、私もいるわよ」
呆れを通り越して呆然とする。
あれだけ屋上を騒がせていた蝉の声も、とっくに鳴りを潜めた。今はどこからか運ばれてきた枯れ葉がかさかさと微かな音を立てているだけ。静かなものだ。
もっとも、それも、こいつら二人が来るまでの話だが。
「そろそろ寒くなって来ましたねー」
「そうね。けど、こっちは雪なんて降らないでしょ?」
「え、もしかして先輩たちが住んでたところは降るんですか!?」
「ええ、神原っていう小さな町で、冬、そうね、今くらいにはもう降ってるわ」
「そうなんですか!? すごいですね! 行ってみたいです!」
「大した名所もない、小さな町よ?」
……なんだこれは。
なんで、最近よそよそしかった後輩と、最近フった元カノが、俺のすぐ傍で仲良く会話しながら昼飯食ってんだ。しかもかなり会話が弾んでいる。こいつら、ついこの前まで余所余所しかったはずなんだが。
「……ところで先輩!」
弁当を二つ抱えて困惑している俺に、潮村の視線が突き刺さる。元気いっぱいに振り向いたその目が、疑問に変わる。
「あれ、先輩、お弁当食べないんですか?」
「そうね、あなた、お昼食べないわけじゃないでしょ?」
いや、そうじゃない。そこじゃない。
「……弁当二つも食えるわけねぇだろ」
片方はおやつにもならない程度の大きさとはいえ、おにぎりらしきアルミホイルの塊が付属している。とりあえず開けてはみたが、消費しきれる量ではない。
「……あら、桜花ちゃんが作ってくるのを見越して、少なめにしたんだけど」
「……玲華先輩、わかってたなら作ってこなくてよかったんじゃないですか?」
「そうね、お菓子でもいいかと思ったんだけど、やっぱりそこは譲れないのよ」
何をどう譲れないとかそういうのはこの際放っておこう。見えない火花は散ってるものの潮村は若干腰が引け気味とかそういうのもいい。
「って、そんな事はいいんですよ! 先輩!」
潮村と玲華と、手元のアルミホイルを何度か交互に見てから、ため息と共に疑問を放り捨てる。
「……結局何が言いたいのよ」
破かないように丁寧にアルミホイルを剥がし、ちょうどかぶりつこうとしたところでそういえば、と顔を上げる。玲華の一言がなければそのままスルーしてたな。
「冬休みですよ!」
わざわざ弁当を一度脇によけ、身を乗り出す。本人にしてみれば当然の行動なんだろうが、俺から言わせれば、弁当をよけるくらいなら身を乗り出さない方がいいと思うんだが。
「……私たちにとっては、学校よりも勉強漬けの休みとは名ばかりな休みね」
「……そうだな。ってか、嫌な事を思い出させるな」
問題はなぜこいつがいきなりそんな事を言い始めたのかという事だが、それは簡単だ。
暦は十一月も終盤。
二週間もしないうちに、二学期期末テストが始まる。そしてその後一ヶ月くらいで冬休みだ。それが終われば、三年生は自由登校になる。ここで昼飯を食うのも、残り数えるくらいしかないのだろう。大した思い出があるわけでもないが。
そんな事を思っていたら、潮村は出鼻を挫かれたようで肩を落としている。何なんだ。
「……みんなでお出かけしたかったんですけど……」
「あら、一度か二度なら構わないわよ?」
ちょっと待て。
「ホントですか!?」
おいこら、潮村も何乗っかってんだ。
「待て。それはおかしい」
「二週間勉強漬けだなんてたまったものじゃないわよ」
「そ、その通りですよ!」
正論が来た。ぐうの音も出ないとはこの事だ。
まあ、そもそも昔から玲華に口で勝てたためしがないんだが。
大仰にため息をついて、頷いた。
「わかった。勝手にしろ」
最大限無愛想に吐き捨てたら、何が面白いのか二人は顔を見合わせて笑顔を見せた。




