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キミノコエ  作者: れんティ
第二章
14/21

彼のプライバシー

 「久し振りー、桜花」

「おはよー、久し振り、凪」

夏休みが終わった。湊の家に押しかけて宿題をし、その後息抜きやらお礼やらと称して連れ回しているうちに。会えた日は短く、会えない日は次に会える日を待ち侘びているうちに過ぎ去る。そんな事を繰り返していれば、三週間はあっという間だった。

 三週間ぶりに顔を合わせた友人は、少し短くなった黒髪を揺らして桜花の前の席に腰掛けた。

「夏休み、どうだった?」

当たり障りのない話から始めるつもりか、そんな事を尋ねてくる。

 夏休み前のあの出来事が少し心に引っ掛かって、正直に告げる事を躊躇う。その迷いを悟られぬよう、口角を引っ張り上げた。

「あんまり何もなかったよ。ごろごろして、遊んで、宿題してって感じ。凪は?」

「わたしも、特に何も。おばあちゃん家に行ったくらいかな」

凪が長期休業に帰省するのは恒例だ。それについては特に驚く事もなく、頷いておいた。

 近況報告を終えて、次の話題を探す、一瞬の沈黙。それを破ったのは、凪の面白がるような声。

「そういえば、三年に転校生が来たよ」

「三年生?」

思わずおうむ返しにすれば、疑問を塗した笑みで頷かれる。

「うん。三年、あの先生は、五組かな。髪が微妙に茶色がかってたから、それの説明してた」

その目撃情報があるという事は、おそらく職員室内で見かけたのだろう。今日も、朝から文化祭に向けて走り回っていたようだから。

 内心でその仕事熱心ぶりに敬礼しながら、相槌を打つ。

「三年生で転校なんて、珍しいね」

「うん。もしかしたら違うかもしれないけど、あの、冷ややかな雰囲気は一度見たら忘れないだろうし。この時期になって髪の毛の説明してるって事は、多分そうだと思うよ」

凪がそこまで興味を示すものだから、その熱心な口調と重要な部分のない詳細な説明に引き込まれ、桜花もその転校生について、興味が湧いてきていた。

 だが、それ以上何かを尋ねる前に、チャイムが鳴ってしまう。

「あ、じゃあね」

潔く席を立った凪が、自分の席へと戻っていく。

 結局、喉元まで込み上げたこの問いをどうしていいのか考え、後でもいいかと思考を切り替えた。


 「凪―、呼ばれてるよー」

放課後、そんな声が教室に響いた。

 今朝の会話の事などすっかり忘れ去っていた桜花は、何の気なしにそちらへ視線を向ける。呼び出した張本人らしい、焦げ茶色の髪の女子生徒と何やら二言三言交わす凪の後ろ姿をぼんやりと見つめる。

 不意に、凪と目が合った。

 とはいえ何も凪の後頭部がいきなり開眼したわけではない。凪がこちらを振り返っただけだ。

「桜花―、ちょっといいー?」

目があった以上、その呼びかけを無視するわけにもいかない。断るつもりもない。少しばかりの気まずさを感じつつ、そちらへ歩み寄った。

「どうしたの?」

「それじゃあ、ついてきて。先輩も、少し来てください。……ここでする話じゃないですから」

そこでようやく、訪ねてきた女子生徒が先輩だと知る。確認のために上履きへ目を落とせば、確かに湊と同じ青。借り物でなければ三年生だ。

 そんな事を思っているうちに、先導していた凪が立ち止まる。遠ざかった喧騒が気になって辺りを見回せば、ここ二ヶ月ほどで見慣れた、屋上へ向かう階段の近くだった。

 「……ここなら、誰かに聞かれる事もないでしょう」

凪の言葉に、女子生徒はやりきれない表情で何事か小さく呟いた。それを、桜花も凪も聞き取る事は叶わなかったけれど。

 沈黙。流石にここまで連れて来られた理由ぐらいは聞いておこうと、決意を固めて口火を切った。

「それで、なんであたしまで?」

「桜花にも関係あると思うし、わたしが何か言う事でもないから」

要領を得ない凪の答えに首を傾げ、結局どういう事なのか、説明を求める。

「つまり?」

「……こちらの先輩が聞きたい事が」

「化野湊について、少し聞きたい事があったのよ」

言いよどんだ凪の後を受け継いで、女子生徒がようやく口を開く。纏っている冷然とした雰囲気を裏切らない、冷ややかな声音だ。夏休み、事あるごとに子ども扱いされた桜花とは一線を画す人物。今考えるべきではないとわかっていても、羨望が込み上げた。

 「……湊先輩についてですか?」

「ええ。少し教えて欲しいの」

確認のためというよりも半ば反射的に問い返せば、静かな返答が戻ってくる。ただの好奇心という顔ではないが、この女子生徒が感情を表に出さない人であろう事は想像に難くない。警戒心を維持したまま、浮かんだ疑問を口に出す。

「……どうしてですか?」

「……あまり理由は言いたくないの。詮索しないでもらえると嬉しいわ」

はぐらかすどころか真っ向から拒絶されてしまった。すっぱりとした物言いに気圧され、思わず曖昧に頷いてしまう。女子生徒が湛えているわざとらしい微笑が、迫力を後押ししていた。

「……とりあえず、何が聞きたいんですか?」

このままでは埒が開かないと判断したのか、今まで黙っていた凪が横合いから口を出す。

「彼のクラス、よくいる場所。もしくは住所や電話番号を知っているなら、教えてもらえるとありがたいわね」

つまりは個人情報を教えろと。隣の凪もそう解釈したのだろう、警戒レベルが引き上げられたのを感じる。

「……どうして、それをわたしが知っていると?」

強張った凪の問いとは裏腹に、女子生徒は微笑を深め、足を交差させた。

「これでも、やれる事はやったのよ。『転校生』は、この学校の噂に好奇心を示すものでしょう? ……それでようやく、生徒会副会長が彼についてやけに熱心に調査していた事を聞いたの」

答えあぐねているのか、無言を貫く凪。その横で、桜花は決意を固めた。

「……わかりました。明日の昼休み、またここで会いましょう。……先輩のところに、案内します」

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