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キミノコエ  作者: れんティ
第一章
12/21

忠告の反対側

 「桜花、そっちの巾着、何?」

昼休み、四時間目が終わると同時に鞄から袋を二つ取り出した桜花に、丁度弁当を提げて教室から出て行こうとしていた凪が声を掛けた。

「ん? どれ?」

「それ、その緑のやつ」

机横の鞄に片手を突っ込んだ格好で、凪を見上げる。少しの間該当するものを記憶から検索して、ようやくああ、と気づいた。

「お弁当だよ」

「あれ? でも、そっちもお弁当だよね」

水筒を探り当て、体を起こした桜花の机の上、水色の保冷バックを指差した凪は、わけがわからないといった風に全身から疑問を垂れ流す。

 小さく笑って、口を開く。

「こっちは化野先輩の分だよ。先輩お昼ご飯粗末だから、作ってくるって言ったの」

瞬間、凪の顔が凍った。周囲の視線を確認した後、何を思ったのか行き先を変更して桜花の前の座席に一度腰を下ろす。

「桜花、わたし、いっつも言ってたよね。『先輩と関わるのは反対』だって」

「うん? あ、言ってたね」

いつも冗談めかしていたから、真面目な凪なりの冗談かと思っていた。とは流石に言えず、よく覚えていなかった体を装う。

 それを、凪は真剣な雰囲気で吹き飛ばした。

「わたしは、本気だよ」

束の間の解放を楽しむ昼休みの開放的な雰囲気が、局所的に崩壊した気がした。

「……どういう意味……?」

「『本気で反対』。それ以上でもそれ以下でもないよ。話し相手くらいなら、友達くらいなら、って今までは何も言わなかったけど。お弁当作るとか、四六時中一緒にいるとか、それこそ付き合うとかは絶対反対」

そこまで力強く言い切られては、戸惑いに代わって疑問と反発が台頭してくる。むっとした気分を隠すつもりもなく、そのまま表情に出した。

「どうして? 先輩は良い人だよ。ちょっと口が悪くて無愛想だけど、優しい人」

面と向かって放った反論に、凪は目を伏せた。

「……それは、そうなんだと思うよ。桜花が積極的に誰かと関わろうとするの、初めて見たし。桜花が信用した人が、悪い人なわけがないと思う。けど、それとこれとは別の問題なんだよ」

言っている意味がわからない。桜花の友人は、なにやら小難しい事を言い始めている。別の問題とやらは、桜花にはあるようには思えなかった。

 だが、凪は奥歯に物が挟まったような態度を取りつつ、言葉を続ける。

「……桜花にこんな事言うのも、あんまり気が乗らないんだけど……。化野先輩がどんな人であろうと、周囲に根付いちゃったイメージは変わらないよ。『先生も避ける不良』、『人の心が読める化け物』。そんな人に手を差し伸べる誰かは、それが例え無償の善意であっても、その人の本質を知る無二の友人でも、他の人にとってみれば……」

そこで、一度目を閉じて大きく息を吐いた凪は、意を決したように早口で結論を突きつけてくる。

「……ただの、『化け物と付き合える変人』もしくは、『化け物の同類』でしかないの。『友達の友達は友達』ってノリで、『化け物の友達は化け物』。そういう風になっちゃうんだよ」

胸のど真ん中を、刃物で貫かれたような、そんな気がした。

「それが、わかってる?」

思い出すのは、さざ波のような囁き声。遠巻きに響く控えめな失笑、嘲笑、冷笑。

 思わず、目を強く瞑った。

「……わかんないよ」

「やっぱり。だからね、これ以上深入りするのは、まずいって。既にちょっと噂になってるんだよ?」

優しい声が、俯いた後頭部に降ってくる。それは天使の忠告で、同時に悪魔の囁き。優秀さに関しては折り紙つきのこの友人の言う事だ、それは間違いなく桜花にとって最適解なのだろう。

 それを、受け入れられるかは別にして。

 複雑に渦巻く胸中を、絞った声で吐き出す。それは言葉少なで、

「わかんないよ。だって、先輩はいい人だよ? 無愛想で、人間嫌いで、口も悪いしとっつきにくいけど、でも優しい人だよ? ……あたしはもう、友達だもん。そんな簡単に割り切れないよ」

だからこそ、桜花の本音。自らが抱くぐちゃぐちゃした感情を他人に伝えるための言葉を、桜花は持ち合わせていない。

 言ってしまった以上決意が固まったのか、凪は、桜花としっかり目を合わせて、ボールを投げ返してくる。

「……それは、そうなんだけど。けどね、きっと、桜花は後悔する事になると思うんだ。先輩と仲良くなった事を。そうなる事に、何の不思議もないから」

「そんな事……!」

けれど、割って入った桜花は、その先を口にできなかった。喉の奥で言葉が詰まり、消えていく。

 言えなかった。『そんな事ない』の一言が。

 もしかしたら、あり得るのかもしれないと、思ってしまったから。

「言えないよね。だから……例え一旦不幸になったとしても、将来的により幸福になれるなら、それを選ぶべきだよ」

 その言葉が、体に沁みこんでいく。テスト前になると良く耳にする、凪の持論。

 皮膚を抜け、体内へ。そこで、拒否反応が起きる。じわじわと、細胞がそれを排除しようと、動き出す。

「……それで不幸になるのはあたしじゃないよ」

きっと桜花も辛い。湊に会えない事を、あの無愛想で優しい言葉を聞けない事を、辛く悲しい事だと感じるのだろう。

けど、それ以上に。自分を憎んで、自分を嫌って、後悔に責め苛まれる事になるだろう。

 湊を拒絶してしまった事を。孤独に突き落としてしまった事を。再び、人の醜さを見せてしまった事を。

 息を呑んだ凪の顔を見ず、できるだけはっきりと伝える。

「たぶん、それで一番辛いのは、巻き込まれた先輩だよ」

息を呑むような音がした。

 会話は終わりだとばかりに席を立つ。弁当二つと水筒を抱えて、教室から出る直前。

 ちらりと振り返った先で、凪は何かを悔やむような、耐えるような、表現しがたい顔をしていた。

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