後日談④
数か月前。
俺が未来にプロポーズをした後日のこと。
今宵は無事に第一子を出産していた。
彼女からはすぐに女の子が生まれたことの連絡を受けた。
娘には陽咲と名付けたらしい。
色んな案があって決めきれなかったようだが、最終的には最初に考えていた名前が一番良いとなったらしい。
今宵は次々と娘自慢の微笑ましいエピソードを披露し続けたので、自分の話をする隙がなく、俺は日を改めて未来との婚約報告を電話で行った。
「おめでとう、暁!」
俺の報告を聞いた今宵は、電話越しでも嬉しそうな表情が分かりそうなほど、声が弾んでいた。
一度関係が破綻したはずの彼女に、こうして祝福してもらえるのは望外の喜びだった。
「年末帰省する時、今宵の都合が良さそうなら一度遊びに行っても良い? 改めて直接挨拶したいし、陽咲ちゃんの顔も見たいし」
俺の言葉に、今宵は「もちろん! 夫も久しぶりに暁に会いたいって言ってたしね」と即答してから、
「……もし、迷惑じゃなかったらだけど、那月とも会えないかな?」
と、遠慮がちにそう言った。
「えっと……それは、どうして?」
今宵は、未来のことを良く思っていなかったはずだ。
わざわざ会いたいというのがどうしてか分からずに、俺は尋ねる。
今宵は少しの間、言い淀んだ様子だったが、
「出来たら、高校時代のこと謝りたくって。那月は今さら謝られても困るかもしれないけど、暁と結婚するっていうのなら、ちゃんとしてた方が良いと思って」
形だけの自己満足な謝罪であれば、未来を傷つけることになる。
だからそんなことはしてほしくない、と思っていると、
「そもそも、私の夫もいるとはいえ、異性の幼馴染の家に婚約者が一人でいくのは、那月としても良い気はしないと思うし」
今宵が無言でいる俺に、続けてそう言ってきた。
「……それはそうだな。未来に、少し話をしてみる」
今宵の言っていることにも一理あると思った。
これまでは俺と未来は交際をしていたわけではないので、今宵と会おうが何も言えなかったかもしれないが、婚約している現在は、はっきりと嫌がられる可能性もある。
俺はそれから今宵と世間話を少ししてから、電話を切る。
そして、直ぐにソファでくつろいでいる、同棲中の未来に今宵に言われたことを話してから、
「今宵の謝罪を聞くのはもちろん、俺が今宵と会うのさえ嫌だっていうのなら、言ってくれ」
と、殊勝な態度で伝えた。
俺は未来が大なり小なり、嫌がるそぶりを見せると思っていたが……。
「改まって何を言われるかと身構えたけど、別に大したことないじゃない。良いわよ、それくらい」
と、拍子抜けするほどあっさりした返答だった。
「……いや、真剣に考えてほしい。今宵は高校時代、未来を無視し続けたやつなんだぞ? そいつの自己満足かもしれない謝罪を聞いてやる必要なんてあるのか?」
俺は真っ直ぐに未来を見つめて言う。
彼女は、「なんでそんな酷いこと言うのよ……」と引き気味に言ってから、
「私を誰だと思ってるのよ?」
と逆に質問をされてしまった。
少し考えてから、
「……俺の可愛い婚約者です」
と答えると、未来は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに「ありがと……」と呟いてから、
「私は、イジメの主犯格の女と一番の親友になって、無視をしてきたイジメ男と婚約した女よ? 当時のクラスメイトが10年前にみんなと一緒に無視してごめんね、って謝りたいのなら、広い心で許すくらいわけないわよ」
得意げに、未来は言う。
ポカンと口を開けて彼女の言葉を聞いていると、呆れたように、
「それと、暁がノンデリなのは仕方ないけど、婚約者が高校時代に惚れてた女の家に行くことを不安がらないようにって配慮もしてるんでしょ? 出産したばかりの母親に余計な心労をかけたことを、こちらとしても謝らなきゃ筋が通らないわ」
と、未来は続けて言った。
「……それはそうだな」
俺はうな垂れつつ答える。
彼女の言うことはもっともかもしれないけど……一つだけ、引っかかることがあった。
「でも、未来は文化祭の日のこと、本当に許せるのか……?」
10年前の文化祭、今宵は未来に対して酷い言葉を投げかけ、追い詰めた。
そのことを、昔のことだと笑い飛ばすことが本当に出来るのだろうか?
俺の言葉に、未来は首を傾げる。
「文化祭の日、って――トワが私に謝ってくれたのに、酷いことしか言えなかったことは覚えてるけど。あの子となんかあったかしら?」
その言葉を聞いて、俺は自らの勘違いを自覚した。
未来を救えた今でも、俺は繰り返しの後遺症に苦しめられることがある。
繰り返した記憶と、今の俺が実際に体験した記憶が、ときおり曖昧になるのだ。
この世界で今宵は、文化祭の日に未来を傷つけていない。
俺が、今宵を傷つけてしまっただけだ。
「悪い、いつもの勘違いだった……」
そう言って俺は、目を伏せる。
こうやって過去のループから記憶違いを起こして、勝手に自己嫌悪に陥ることが多々ある。こんなとき、未来が傍にいる時はいつも……。
「悪い夢でも見て、それを覚えてるのかしら?」
まるで悪夢に怯える子供をあやすように優しい声で言い、俺の手を握ってくれる。
俺は確かに、長い悪夢を見ていた。だけどそれを夢だったと忘れ去るのは――難しい。
なんて、思っていると。
「大丈夫よ。暁の隣に私がいるのは、夢じゃないから」
いつもは言わないことを、未来は身体を寄せながら言ってきた。
彼女の体温が、優しさに満ちた気持ちと共に俺に伝わる。
そうだ、未来が生きるこの世界は、悪夢なんかじゃない。
俺が犯した間違いを忘れ去って、ただ幸せを享受してはいけないと、今でも思っている。
だけど俺は、犯した間違いと向き合いながら、それでも未来と幸せを掴み取りたいと思ったのだ。
だから、こんな風に未来に心配をかけてばかりではいけない。
「それじゃ、幼馴染に可愛い婚約者を改めて紹介しに行くとするか」
俺の言葉に、未来は苦笑しながら「そうね」と呟き、頷いた。





