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後日談③

 年末、俺と未来はお互いの休みを利用して、東京から俺の出身県へと帰省していた。

 明後日には実家へ挨拶に行くのだが、今日はそれとは別に大事な予定があった。

 その用事とは……。


「いやぁ、本当におめでとう! 良かったなぁ、二人とも!」


 目の前で喜んでいる、俺たちの恩師である熱田邦男先生に、婚約の挨拶をしに来ていた。

 高校時代は若い新任教師というイメージだったが、流石に10年後の今は髪の毛に白いものが混じり始めていた。

 しかし、運動習慣があるのか身体は引き締まったままだし、顔に刻まれた皺も年齢に比べて少なく、実年齢よりは若く見えた。


「それで、入籍はいつにする予定だ? いや待て、当ててみよう……3月9日だ!」


 自信満々に言う熱田先生。


「違いますけど……なんでその日だと思ったんですか?」


 俺の言葉に「違ったか~」と残念そうに呟いてから、


「3月9日、つまりは39みくの日! なんつってな!」


 なぜか自信満々で答えた熱田先生。

 俺と未来は、彼に軽蔑の眼差しを向ける。

 先ほどまで年齢よりも若く見えていたはずの熱田先生だが、この一言くそつまんねえオヤジギャグで加齢臭漂うおっさんに見えてきたのだから、不思議なもんだ。


「なんだろう……? いつの間にかすげぇ老けましたね、熱田先生」


 へへ、とはにかみながら鼻の頭を指先で擦っている。

 なんだぁ、こいつ? と俺が思っていると、


「2月末です」


 と、熱田先生の親父ギャグを聞かなかったことにした未来が言う。

 

「その日って……」


 入籍予定日を聞いた熱田先生は、それが何の日かすぐに察したようだった。

 俺たちの顔を交互に見ると、未来は大きく頷いてから言った。


「はい。その日は、私がこの男と生涯一緒にいることを決めた日です」


 恥ずかしげもなく未来は言った。

 なんなら俺の方が恥ずかしくなり、顔を伏せる。


 未来の言葉を聞いた俺たちは今、同じことを思い出している。

 ……10年前の卒業式前日、俺と未来が一緒に校舎の屋上から飛び降りた日のことだ。

 

「あの日、暁が自分の命を省みずに私を助けてくれた日を、一生忘れられない記念日に改めてしたいんです」


「未来を助けたのは俺だけの力じゃないって何度も言ってるだろ? 熱田先生がいなければ、学校の備品を持ち出すことも出来ずに、どうなっていたか分からないんだから」


 俺がそう言うと、


「それは違うぞ、玄野」


 と、熱田先生が言葉を遮る。


「お前が那月と信頼関係を築けていたから、あの場で助けることが出来たんだ。お前が必死に助けを求めたから、俺たちはその気持ちに応えて動くことが出来たんだ。……お前がいなければ、那月は今ここにいなかったかもしれない」


 それから、熱田先生は俺と未来を交互に見てから言う。


「少なくともこうして、お前の隣で幸せそうに笑っていることはなかったはずだ」


 俺はその言葉を聞いて、未来の方を見た。

 彼女は俺の目を見て、笑みを浮かべて頷いた。

 その様子を見た熱田先生は、


「だから……本当におめでとう、二人とも~」


 おおーん、と泣きながらお祝いの言葉を再び口にした。


「……何で泣くんですか?」


 流石に泣きすぎじゃないかと思い、俺がちょっと引きながら聞くと、


「年を取ると、涙腺が弱くなるんだよ。教え子同士の婚約の知らせなんて聞いたら……泣くに決まってるだろ!?」


 語気を荒げて熱田先生は言い、おしぼりで涙を拭っている。

 その様子がおかしくて、俺と未来は顔を合わせて微笑み合う。


「本当に、いつの間にか老けましたね」


 俺が言うと熱田先生は「先生を揶揄うんじゃないぞ、玄野!」と、まるで生徒に対してそうするように、叱りつけるように言った。


 高校を卒業して、もう10年も経つのに。

 相変わらず暑苦しい先生だな、と目を真っ赤に腫らす熱田先生を見て、そう思うのだった。



「暁にしては珍しく、緊張せず上手く話せてたわね」


 熱田先生と別れてから、繁華街を並んで歩いていると、未来から感心したようにそう言われた。


「前も言ったけど、熱田先生相手にはあんまり緊張する要素がないからな」


「トワに報告する時は、緊張してたのに?」


「伊織は……熱田先生よりも近い距離で、この10年間心配をかけ続けていたから。もしかしたら、万が一にも全力で結婚に反対されたら立ち直れないという心配があったんだよ」


「確かに、トワはこの10年で私のことをとても大切にしてくれるようになったから。どこの馬の骨とも分からない男と結婚するってなったら、きっと反対したでしょうね」


 未来は嬉しそうに笑いながら、伊織の名前を出した。


「未来は……伊織に報告する時も心配は何もなかったのか?」


「ええ、もちろん。私の本気が伝われば、トワは絶対に祝ってくれるって分かってるもの」


 今ではすっかり、お互いの一番の親友となった二人。

 彼女は、伊織に対して全幅の信頼を寄せている。 


「そうか」


 俺はそのことが微笑ましくなって、そう返事をした。


「でも、明日は流石の私も、少し緊張しているかも」


 珍しく、弱気な言葉を口にした未来。

 今回帰省したのは、熱田先生への挨拶と、実家に顔を見せること。

 そして、もう一つ大事な用事があったのだ。


 そのことに不安を感じている未来の手を握って、俺は言う。


「きっと、大丈夫だよ」


「うん、そうね」


 未来はそう答えてから、俺の手を握り返した。



 翌日、俺と未来は県内一の高級住宅街に足を運んでいた。

 街並みは整備されていて、住宅の庭を見ると有名な外車や国内の高級メーカーの車が停められている。


 「ここだ」


 教えてもらった住所をスマホアプリで道案内してもらい、目当ての家に辿り着いた。


 住宅街にある、新築のお宅だ。

 立派な門には「櫻」と書かれた表札が掲げられている。


 俺は隣にいる未来に「大丈夫?」と聞くと、彼女は前髪を指先でいじりながら「変じゃない?」と尋ねてきた。


「いつも通り、綺麗だよ」と俺が言うと、未来は俺の脇腹を肘で小突いてから、「ばーか」と言い、スマホのインカメラで身嗜みの確認をして、「うん、大丈夫だと思う」と答えた。


 その言葉を受けて、俺はチャイムを鳴らす。

 数秒後、玄関を開けて出てきたのは――。


「久しぶり、暁」


「うん、久しぶり」


「それと、那月未来さん。卒業以来、だよね……?」


「ええ。お久しぶりね、今宵さん・・・・


 俺の幼馴染であり、未来とも同級生だった今宵だ。

 二人はどこか緊張した面持ちで、10年ぶりに言葉を交わすのだった。


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