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後日談①

みなさんの応援のおかげで、書籍になります!


というわけで、書籍版出版記念に後日談の投稿を始めます(*´ω`*)

本編のような事件は起こらないので、久しぶりの暁君たちの姿をのんびり見てもらえればなぁって思っています(´∀`*)


「いきなりプロポーズして婚約? はぁ、意味わかんないんだけど」


 呆れたような表情を浮かべながら、伊織トワは俺に向かってそういった。


「順番ってのがあんじゃん、そういうのはさ?」

 

 至極真っ当なことを言われ、俺は、返答に詰まる。

 そして、隣にいる婚約者――那月未来を横目で伺う。

 彼女は、あはは……と、愛想笑いを浮かべながら、俺と同じように返答に窮していた。


「二人がようやく付き合った、っていう報告をしてくれるために、飲みに誘ってくれたのは分かったよ? でもさ、一杯目も飲み終わらない素面の内にそのドッキリは……流石にキツイってー?」


 つまらないドッキリだと思ったらしい伊織の反応は、冷ややかだった。

 彼女は行儀悪く左手で頬杖を突きながら、右手で枝豆を手にして口に放り込むと、今度はジョッキを手にして、注がれたビールを豪快に飲んだ。

 

 伊織に対してはきっちりしすぎるのも違うなと思い、普段三人で使う居酒屋よりも少しばかりお高めの個室居酒屋にしたのが失敗だったのだろうか?

 普段使わないようなレストランで報告すれば、流石にすんなり信じてもらえたかも……と思いつつ、ロケーションは今さら変えられない。


 酒を飲んで酔う前に、俺と未来が交際0日婚を決めたことを決めたことを報告したのだが、伊織には信じられないらしい。

 それはそうだろう、とも思う。


 伊織とは、高校卒業後、未来と三人で頻繁に会っていた。

 かつていじめっ子といじめられっ子だった二人の関係は、今では親友と呼んで差し支えないものになっている。


 つまり、これまでの10年の俺と未来の関係を、伊織は見続けてきたのだ。

 ずっと一緒にいるのに、付き合うことは絶対になかった俺たちが、突然婚約したと言っても、すんなりと信じてはもらえないだろう。


 俺たちは互いに顔を見合わせ、苦笑する。

 それから、伊織を真っ直ぐに見据えてから、真剣に言う。


「マジだ」

「本当よ」


 俺たちの真剣な表情に、伊織は呆然とする。

 伊織は俺と未来の顔を交互に見てから、「いやいや……冗談だよね?」ともう一度、確認するように問いかけてきた。

 俺たちは、無言のまま首を振って、その言葉を否定した。


 彼女は半分ほど中身が残っていたジョッキを傾け一気に飲み干し、


「店員さーん、おかわり!


 と、空になったジョッキを机に置いて、個室の扉を開けてから言った。

男の店員の「はい、おかわりですねっ!」という礼儀正しい返事を聞いてから、伊織は腕組みをして押し黙った。


 ……どんな感情? と思っていると、「お代わりおまたせしました!」とこれまた元気の良い店員がジョッキを運んできた。

 伊織は「どうも~」と言ってジョッキを受取ると、一気に半分まで飲み干してから、プハーとおっさんみたいな声を漏らす。

 それから口元を腕でぬぐった伊織が、ようやく俺たちに再び目を向けて、口を開いた。


「色々と言いたいことはあるけどさ……おめでとう、二人とも!


 と、満面の笑みを浮かべながら祝福の言葉を伝えてくれた。


 その言葉に、俺はホッとした。

 俺は、未来との関係で伊織には人一倍心配をかけてしまったと思っている。

 だから、伊織にようやく俺たちの関係が進展したことを報告できたこと、それが祝福されたことが、嬉しかった。


 俺は隣に座る未来を見た。

 彼女は微笑みを浮かべ、頷いた。


「ありがとう、伊織」

「ありがとう、トワ」


 俺と未来が口を揃えて言うと、伊織はうんうん、と満面の笑みを浮かべながら、二杯目のジョッキを再び飲み干した。


「おかわりくださーい!」


 ご機嫌な様子で三杯目を店員に頼む伊織を見て、俺と未来は少々焦った。

 

「ちょ、ちょっと伊織? さすがにペース早すぎないか?」

「そうよ、私と暁はまだ一口しか飲んでないんだから」


 俺と未来は焦りつつ、冷静に伊織にペースダウンを促すが、伊織は「もうちょっと飲まないと言いたい色々が言えないからさー」と言ってから、3杯目も飲み終わり、4杯目にハイボール、5杯目からはスコッチをロックで頼んでいた。


 ……素面では言えないこととは、一体何だろうか?

 俺と未来は控えめに、「飲みすぎだって……」と言いつつも、伊織の暴飲を止めきれなかった。


 勢いよくアルコールを摂取する伊織を、俺はビクビクと怯えながら眺めることしかできない。

 まだ半分以上残っている一杯目のビールを俺が飲んでいると、伊織は厳しい眼差しを向けてから、俺を指さしてきた。


「あのさ! まず言いたいんだけどさぁ! 未来は高校時代からずっとあっきーのことが好きで、あっきーも長い間同じ気持ちだったくせにさぁ! なに10年もグダグダやってんの!?」


 それから、伊織は未来を指さす。


「あっきーは未来のこと待たせすぎだし、未来も好きなら自分からいきなよ! どうせOKもらえるんだから! って言ってたら、いつのまにか未来はトワに相談もなくいつの間にか告白してるし。あっきーはその告白を受けて付き合うことを通り越してプロポーズ申し込んでるし!? ……どうなってんの!?」


 ベロベロに酔っぱらった伊織は、グラスを握る手に力を込めている。

 いつの間にか話が進み過ぎていることに、少し怒っているのかもしれない。


「いつも相談に乗ってくれてたのに、ごめんねトワ。私もこの男に告白をするときは、正直勢い任せだったから」


 申し訳なさそうに、それと同じくらい照れ臭そうに、未来は伊織に向かってそう言った。

 素直に謝られた伊織は「それは良いよ、上手くいって良かったよ、ホント」と不満そうにしながらも、どこか嬉しそうに答えていた。


「今日、トワは二人から、ようやく付き合いましたって報告されると思ったら、いきなり結婚報告だからね、びっくりして冗談かと思うのも仕方ないじゃん! ねぇ!?


「そう言われるとさ、確かに俺も勢い任せなところはあったと思う。だけど、プロポーズしたことを後悔してないし、これから未来と一緒にいることを後悔するつもりもないから」


 俺が言うと、「いやいやアッキー……もうちょっと計画性とかないの?」とダメ出しを喰らう。

 ……俺と未来、言っていることは大差ないはずなのに、伊織の反応は大違いだった。


 伊織は「はぁ」と大きく溜め息をついてから、びしりと俺を指さした。


「あっきーが良い奴だってことはね、トワも十分わかってる。でもさ、結婚相手にするのはどうなの? って思わなくもないよ。何度も言ってるけど、長いこと自分から告白もせずにうじうじやっていた計画性のないこの根暗男と結婚して、未来はそれで良いの!?」


 ……何度も言ってんの?

 俺は伊織の言葉を否定できずにいることも含めて、内心ショックを受け、俯いた。


 すると、隣にいる未来が俺の手を握ってきた。

 俺は横を向いて彼女の顔を見る。

 未来は、俺に優しく微笑みかけていた。


 それから、彼女は俺の手を握ったまま、


「ええ、私にはこの男しかいないから」


 迷いなく、未来は毅然とした表情でそう告げた。

 その真っ直ぐな言葉に、俺の顔は熱くなる。


 俺の婚約者がかっこよすぎる……。


 そんな風に思っていると、伊織がもう一度、溜め息を吐いた。


「そういえば未来は、トワがこの話をするたびに、何度もそうやって答えてたね」


 ……何度も言ってんの?

 俺は伊織の言葉に驚きつつ、未来の横顔を窺った。


 彼女は先ほどまでの毅然な表情は嘘のように真っ赤になっており、


「少し、飲みすぎたかもしれないわ」


 と俺と同じようにまだ半分以上ビールが残っているジョッキを手にしながら、強がるようにそう言ったのだった。




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