表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/46

19,関係

 伊織を駅まで見送り、それから家に帰る。

 携帯を見ると、那月からメールが入っていた。


『あんた、どんな勉強したわけ?』


 俺が夏休み中バイトをしていたにもかかわらず、学年2位という好成績を残したことに、興味があるのだろう。


『学年一位の才女に勉強を見てもらえばこのくらい余裕(^^)v』


 俺がメールを送ると、間髪入れずに返信が届く。


『うざ』


 顔文字も絵文字もない、たったの二文字。

 それだけなのに、彼女の嫌がる表情が想像できた。


『ヤマが当たっただけ』


『それでも私には勝てなかったね』


「……わざわざ勝利宣言とか、負けず嫌いだな、こいつ」


 俺は那月から来たメールを見て、呟いた。

 それから、続けて彼女からのメールが届いた。


『でも、頑張ったね』


 ……きっと彼女は、この言葉を俺に言うために、メールをしてくれたのだろう。


『ありがとう』


 俺の送ったメールに、返信はなかった。



 その後、那月とは学校で積極的に関わることはなかった。

 ただ、ファミレスで一緒に勉強をすることはあったし、ちょっとしたことで電話やメールのやりとりをすることもあった。

 つまりは、相変わらずの……それなりに良好な関係を続けていた。


 そうして、2学期も1か月ほどが経過した頃。


「あのさ……最近トワちゃんと仲良くない?」


 2周目と同じように、制服姿の今宵が突然俺の部屋に訪れた。

 彼女は、俺のベッドの上に腰かけ、椅子に座る俺に対し、そう問いかけた。


「ああ、そうだな」


 今宵の問いかけを俺は肯定する。

 学校にいる時は、特に伊織と一緒にいる時間が増えた。

 世間話をするのはもちろん、休み時間中に彼女の勉強を見てあげることも増えた。

 それもこれも、こうして今宵の嫉妬心を、伊織に向けるためだった。


「ふーん、開き直るんだ?」


 だけど、今宵の様子が俺の想像と違った。

 彼女の表情には、どこか余裕を感じさせた。


「開き直る、ってわけじゃないけど……」


「けど?」


 彼女は、俺の言葉の先を促す。

 どういうことだろうかと思いつつ、俺は言う。


「休みの日には、二人きりで遊びに行くことも多い。水族館とか、カラオケとか……」


 今宵は俺の言葉を聞いて、クスリと笑った。


「お互いに志望校に合格したら、付き合おうってあたしと約束したよね? なのに暁は他の女の子と遊び惚けてる。……どういうことなのかな、これって?」


 前回は硬い声音で憤慨していたのに。

 今日は、俺の答えを聞くのを楽しんでいるように見える。

 このギャップは、何なんだ……?


「別に、伊織とは付き合ってるわけじゃない。ただ、話してみたら思いのほかウマが合って、一緒にいることが増えただけだ」


 俺が言うと、今宵は「ふーん?」とニヤニヤしながら、俺を見た。

 それから、手招きをして、


「こっち来て、隣に座って」


 と自分の隣に座れと言ってくる。

 俺は今宵を警戒しつつ、彼女の隣に腰かけた。


「何ビクビクしてるの? 浮気されたと思ったあたしが、暁を怒鳴るとでも思ってる?」


「まあ……、そうだな」


 俺の言葉に、今宵は微笑む。

 そして、意外なことに彼女は、俺の肩にもたれかかってきた。


「暁は変わったよね。一回あたしにフラれてから」


「……そんなことないだろ」


 俺がタイムリープをしていることを、今宵は気づいてはいないだろう。

 それでも、思わずどきりとするようなことを、彼女は言ってきた。


「あたしは暁のこと、何でも知ってるから。隠し事なんて出来ないよ?」


「隠し事なんて、していない」


「隠すつもりがないってことかな? ……暁、わざとあたしがトワちゃんに嫉妬するようにしてるでしょ?」


 その言葉に、俺はびくりと肩を震わせてしまった。

 どうやら今宵は、思っていた以上に俺のことを理解しているようだった。


「図星だったね。暁の考えてることくらい、お見通しだよ? トワちゃんに嫉妬させて、あたしの気持ちを煽ってる。……二人が合格する約束の日まで、待てないから」


 しかし、伊織に嫉妬を向けさせている理由については、理解できていないみたいだった。


「暁は、あたしに振り向いてほしくて必死なだけなんだよね? ……可愛い」


 揶揄うように言う今宵に、俺はつい油断をして、気を抜いていた。


「……今日だけだよ?」


 そう言ってから今宵は、俺の肩を掴んで思いっきり押し倒してきた。

 ベッドの上に、仰向けに倒された俺の身体に、今宵は自らの身体を重ねた。

 脈打つ鼓動が伝わり、吐息が肌を撫でる。


「今日だけ――今だけ。暁のしたいこと、してほしいこと……なんだってしてあげる」


 今宵は、俺の耳元で囁いた。

 そして、彼女はゆっくりと、俺の太股を指先でなぞる。


「……っ」


 突然の快楽に、俺の口から意図せず声が漏れた。

 それを聞いた今宵の表情が、嗜虐的に歪んだ。


 何も知らない、初心な田舎娘の表情ではない。

 男を溺れさせる、女の顔をしていた。


 ……このまま、彼女を抱くのも悪くはないのかもしれない。

 一度抱けば、きっと今宵はこれまで以上に俺に入れ込む。

 今日だけ、なんて言葉はすぐに忘れ、肉欲に溺れる日々を過ごすことになるだろう。


 そうして、身も心も、俺なしではいられなくすれば。

 言うことを聞かせるのも容易だろう。


 

「……どいてくれ」


 だけど俺は、そう言って今宵の身体を押し返す。


「悪いけど、そういうつもりじゃないから」


 ベッドの上で起き上がり、向かい合う俺と今宵。


「……強情だね」


 今宵は呆れたように呟いてから、俺の胸に額を押し付けた。


「でも、我慢できて偉いね」


 そう呟いてから顔を上げ、慈しむように俺を見つめてから……首筋に口づけをしてきた。


 その後、今宵は立ち上がった。

 皺になった制服を手で叩いて伸ばす。


 それから、ベッドに腰かけた俺を見下ろして、彼女は今しがた口づけした首筋に指を這わせながら、尋ねてくる。


「暁は、あたしのこと好き?」


「愛してるよ」


 彼女の問いに、俺は悩む間もなく即答する。

 俺の口から放たれた、空虚な響きの偽りの言葉を。

 今宵は妖艶な笑みを浮かべて聞いていた。


「あたしも愛してるよ」


 そう言って、今宵は俺の部屋から出て行った。

 どっと疲れが出た俺は、一つ溜め息を吐いてベッドの上で仰向けになった。


 俺の思惑とは少し違った形だが、今宵は今、那月へ嫉妬を向けてはいないようだった。

 

 ふと、シーツから今宵の残した甘い香りが漂い、鼻腔をくすぐる。

 つい先ほど、その香りを機に、今宵に押し倒されたことを思い出した。


 彼女を抱くことに、良心の呵責があったわけではない。

 ああいう女を抱いても面倒ばかりでろくなことにならないことを、経験則で知っていただけだ。


 俺は自分にそう言い聞かせる。

 未だに胸の鼓動が収まらないのを、自覚しながら――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説大賞入賞作、TO文庫より2025年11月1日発売!
もう二度と繰り返さないように。もう一度、君と死ぬ。
タイトルクリックで公式サイトへ、予約できます。wed 版から加筆修正を加えた自信作です、書店で見かけた際はぜひご購入を検討してみてください!

12dliqz126i5koh37ao9dsvfg0uv_mvi_jg_rs_ddji.jpg

― 新着の感想 ―
[良い点] 一線越えないとは流石(精神)大人だ [一言] 今宵より那月が好きだ!!!伊織も結構好きだ!
[一言] こいつぁエッチな雰囲気・・・! こういうのめっちゃ好きです! 更新おつかれさまです! 次回も楽しみにしてます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ