200.誓い
「う……」
私が我に返ると、辺りの様子は様変わりしていた。
元々壊れかけていた廃屋は完全に崩壊していて、周りの地面がクレーターのようにえぐれている。
「メイ!? アレア!? クレア様!?」
攻撃を受けたのだ、と脳が理解してすぐ、私は三人の姿を探して辺りを見回した。
「わたくしは、ここですわ」
「クレア様! ご無事で良かった」
「それよりメイとアレアは?」
不意打ちの攻撃だったため、私は防御魔法を張る暇もなかった。
どうして無事でいられるのだろう。
「メイたちもぶじだよ!」
「メイとレレアがまもってくれましたのよ」
アップリフトで作った柱の上から、元気な声が聞こえてきた。
よく見ると、頭上に魔法障壁が張られており、それを張っているメイをレレアが支えていた。
後から聞いて分かったことだが、メイの魔法を封じていた魔道具は先ほどのアップリフトの際に、落ちてきたがれきの一部が当たって壊れていたらしい。
私はホッと胸をなで下ろした。
よかった、二人も無事だった。
「今、それ解除するね」
私は柱を縮めて、元の地面に戻した。
二人が駆け寄ってきた。
「二人とも無事ですの!? 怪我はありませんこと!?」
「うん、だいじょうぶ。それより――」
「おかあさま、またきますわ! くろいひかり!」
アレアが指を差す方向を見ると、こちらに迫る暗光が見えた。
私は慌てて土魔法の防壁を張った。
その時、防壁の陰から這い出していく陰が目に入った。
「ラナ、何してるの! 早く陰に入って!」
「ダメ……。アタシ……センセたちを裏切っちゃった……」
ラナは色の消えた顔で呆然と呟いた。
「そんなのラナのせいじゃない! ラナは操られていただけだよ!」
「そうだとしても……パパに見放されたアタシに、存在価値なんてないから……」
そうか、そういうことか。
この暗光による攻撃は、わたしたちだけでなくラナも巻き込むものだ。
サーラスは最初から、ラナごと私たちを始末する心づもりだった。
ラナもそのことに気がついているのだろう。
唯一すがっていたものを失って、彼女は絶望しているのだ。
「もう……死なせて」
「ダメだよ!」
私は片手で障壁を維持しながら、もう片方の手でラナを引き寄せた。
肉付きのいい彼女の身体は、脱力しているせいもあって重たい。
彼女の身体がギリギリ障壁に隠れた時、魔族の魔法と思われる攻撃が着弾した。
今回の一撃は随分と長い――!
「死なせてよ……センセ」
「ダメだよ……絶対ダメ――!」
障壁の陰から出て行こうとするラナを、私は必死につなぎ止めた。
「どうして……? どうしてそこまでしてくれるの……?」
「そんなの……決まってる……!」
だって、あなたは――ラナ=ラーナは――。
「あなたは、私の教え子でしょ!」
「……!」
「あなたが私を先生と呼ぶ限り、私は絶対にあなたを見捨てない!」
私は力を振り絞って、ラナの身体を引き寄せた。
ラナがこちら側に倒れ込むと同時に、敵の攻撃もやんだ。
「……レイセンセってバカ……ホントにバカ……」
「よく言われるよ」
「アタシなんて放っておけばいいじゃない。センセの大事なお子さんたちにも酷いことしたのに」
「それは後でお仕置きですわね」
ラナの顔は、泣き笑いの表情から少しずつ崩れていく。
そんなラナに駆け寄る二つの小さな陰があった。
「ラナ。ラナはわるいことしちゃったね」
「わるいこはちゃんとしかられないとダメなんですわよ?」
そう言うと、双子はラナの背中を押して、
「「せーの、ごめんなさい」」
そう言って一緒に頭を下げたのだった。
「……うぅ……えぐ……うわぁぁぁん……!! ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
とうとう決壊したラナは、何度も頭を下げて泣き出してしまった。
そんな彼女を、メイとアレアがよしよしと慰めている。
不思議な光景だ。
ラナが一番年上のはずなのに、メイやアレアの方がむしろお姉さんに見える。
思うに、ラナは成長が止まっていたのではないだろうか。
まだ確証はないが、ラナもまたリリィ様と同じ人体実験の被験者なのだろう。
サーラスの手によって心を弄られてしまったラナは、ずっとヤツの支配下にあった。
あんなヤツの側でまともな成長が望めるべくもない。
ひょっとすると、誇張抜きでラナはメイやアレアよりも精神的に幼いのかもしれない。
「ラナ、なかないで……」
「そんなになくと、わたくしたちまで……」
メイとアレアもつられて鼻をすすり始めた。
誘拐という大変な目に遭った恐怖も、今更ながらにこみ上げているのかもしれない。
「おかあさまー!」
「こわかったですわー!」
二人がクレア様の胸に飛び込んで来た。
クレア様にすがって泣きじゃくる。
気丈に振る舞っていてくれたが、やはり怖かったのだろう。
「大丈夫……もう大丈夫よ。無事で良かった……本当に良かった……」
クレア様は涙を浮かべて二人を抱きしめている。
その安堵はいかばかりだろう。
私もようやく二人を取り戻したという実感が持てた。
闇光による攻撃もそれ以後はなく、私たちは帝都に戻った。
双子誘拐事件は、こうして幕を下ろしたのである。
◆◇◆◇◆
事件後、ラナはバウアーの人間から内々に取り調べを受けた。
誘拐自体は犯罪だが、クレア様や私が帝国の警察に被害を届け出なかったためだ。
ラナによると、彼女はやはりリリィ様と同じくサーラスの人体実験を受けた被験者だった。
被験者たちはお互いに競わされ、比べられ、サーラスに依存するように仕向けられていたという。
リリィ様という成功事例を得た後、ラナたち残りの被験者は「廃棄」されたそうだが、つい一年ほど前に、サーラスの代理を名乗る者から接触があったらしい。
「アタシ、嬉しかった。捨てられたと思っていたのに、必要だって言われたから」
サーラスはラナの孤独につけ込み、彼女を操った。
白いカチューシャはずっと以前にサーラスから贈られたもので、ラナにとってはサーラスから貰った唯一のプレゼントだったそうだ。
もちろんそれは、ラナを操るための魔道具に過ぎなかったのだが、彼女にとってはサーラスを信じるかけがえのないよすがだった。
ヨエルと同じく、ラナとイヴもバウアーに戻ることになった。
本国でより詳しい取り調べを受け、サーラス逮捕に協力して貰うことになっている。
別れ際、ラナたちとはこんなことを話した。
「センセ。アタシ、センセがセンセで良かった」
「なに、そのよく分からないセリフ」
「ふふ、そうだね。センセのこと好きって言ってたのはパパに命じられてたからだけど、今は本当にセンセのことが好きだよ」
「私はそれに応えられないけどね」
ふふ、知ってる、とラナは笑った。
「レイセンセ、クレアセンセ、本当にごめん。アタシがしたことは許されることじゃないけど、アタシ、一生掛けて償うよ。アタシに出来ることがあったら、いつでもなんでも言ってね」
「その言葉だけで十分だよ」
「そうですわ。とにかく、今はサーラスを捕まえることに集中して下さいな」
「うん。アタシも親離れしなきゃね」
罪の意識と悔恨に苛まれてはいたものの、ラナはすっきりした表情でそう言った。
「ほら、イヴ。イヴもなんか言いなよ」
「……どう謝ったらいいのか分からない」
イヴは気まずそうに言った。
彼女も一旦バウアーに戻るが、その後はスースに行くことになっている。
マナリア様のたっての願いだそうだ。
「イヴもなんにも悪くないよ、悪いのはサーラス」
「でも、私の意志がもっと強かったら――」
「それは違いますわ、イヴ」
悔やむように言ったイヴの言葉を、クレア様が遮った。
「魔法という力は強力です。意思でどうにかなるものではありませんわ。イヴは悪くありません」
「……でも」
「イヴに反省することがあるとしたら、お姉様の元を黙って去ったことですわ。スースに行ったら、よく話し合って下さいな」
「……考えておきます」
イヴは苦笑した。
まだまだわだかまりがありそうだ。
マナリア様とイヴ二人のことだから口を挟みづらいけど、私にも何か出来たらいいんだけどね。
「そろそろ馬車が出ますよ」
御者の人が声を掛けてきた。
出発の時間らしい。
「それじゃあ、センセたち。またね」
「……お世話になりました」
「元気でね」
「どうか息災で」
私たちは握手を交わした。
馬車に乗り込む直前、ラナがふと思い出したように、
「ねぇ、センセ。メイちゃんとアレアちゃんに伝えてくれる?」
「ん?」
「アタシ……アタシ、叱って貰えて良かったって」
「伝えるよ」
「ええ」
頷くと、ラナは破顔した。
クレア様と私は二人の馬車が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送った。
「クレア様」
「なんですの」
「サーラスはろくでもないヤツです」
「ええ、そうですわね」
「ヤツのことは大嫌いでしたが、今度の件は決定的です」
「全く同感ですわ」
クレア様は深く頷いた。
「ヤツはしてはならないことをしました。私たちの逆鱗に触れたと言っていいでしょう」
「そうですわね」
「絶対、捕まえましょうね」
「ええ、絶対に」
静かに――でも、絶対の決意を込めて、私たちはうなずき合った。
悪意をまき散らすあの男を、私たちは決して許さない。
「帰りましょうか」
「ええ、愛しい我が子たちの元へ」
今回の件の反省を活かして、バウアー寮の警備が強化された。
メイとアレアにも、常に誰かが付いてくれるようになった。
今日はドル様が見てくれている。
今度のようなことは二度と起こさせない。
それは絶対の誓いだった。
ご覧下さってありがとうございます。
今回で第14章は終了となります。
第15章更新まで、またしばらくお時間を頂きます。
気長にお待ち頂けますと幸いです。
感想、ご評価などを頂けますと幸いです。




