194.話し合い
「――みたいなことがあったんだよ」
「えー、アタシも女の子になったヨエル見たかったー!」
「私は特に興味ありません」
ここは帝国の役所の一室。
ラナ、イヴ、私の三人はとある用事のためにここを訪れているのだった。
「じゃあ、もうバウアーに帰っちゃったんですか、彼――じゃなくって彼女?」
「うん」
あの後、ヨエルの容態はそれほど急変することなく、女性の身体は馴染んでくれた。
海外退去の期限も迫っていたため、ヨエルは帝国を離れてバウアーに戻った。
結局、月の涙も使う機会はなかった。
ポケットの中の指輪を意識しながら、これも返さないとなあ、と私は思った。
「ヨエルが恥ずかしいから、皆とは会わないけどよろしくってさ」
「水くさいなー」
「……」
ちゃんと挨拶したかったというラナと、どうでもよさそうなイヴ。
「ヨエル、美人になりました?」
「うん、もしバウアーに戻ってから会ったら、びっくりすると思う」
「そうなんだー。やーん、次に会うのが楽しみー!」
「……どうでもいい」
身体をくねくねするラナに対して、イヴは飽くまで冷ややかである。
イヴは溜め息を一つつくと続けた。
「……二人とも、手が止まってる。会話するなとは言わないけど、早く終わらせないと、いつまでたっても帰れない」
「あ、ごめんね、イヴ」
「ごめーん!」
私たちが今何をしているかというと、間近に控えた四カ国首脳会談の為の資料作りである。
バウアーの首脳陣向けに帝国についての資料を揃えているのだ。
ここは帝国の施設なので、外国人である私たちには閲覧出来ない資料もあるが、閲覧出来る範囲でも有益なものはたくさんある。
例えば、帝国が対外向けに発表している各種国力の数値の最新版などである。
インターネットなどがないこの世界では、通信手段のその多くを手紙に頼っている。
すると、こういった数値もどうしてもタイムラグが出るわけだ。
バウアーからやってくるスタッフももちろん、そういった数値は調べているだろうが、どうしても情報の鮮度で劣る。
私たちはその鮮度を補うために、資料作りをしているというわけである。
「でも、アタシもう終わるよ?」
「ラナ、早いね。私はもう少しかかりそう。イヴは?」
「……私ももう少しかかります」
意外なことに、ラナは仕事が速かった。
勉強はからっきしだが、こういう事務系の仕事には強いようだ。
「そういえば、今日はクレア様が一緒じゃないんですね」
ラナがふと思い出したように言った。
「うん。クレア様は政府要人のお迎えに行ってるよ。ドル様と一緒にね」
「え? じゃあ、メイちゃんとアレアちゃんは誰が見てるんですか?」
「二人は留守番してくれてるよ。メイもアレアも、もう二人だけで留守番出来る子たちだから」
とはいえ、二人だけで留守番させることに心配がないわけではないのだが。
普段は幼稚舎に通っているし、休日私たちが家を空けるときでも、ドル様が見てくれていることが多い。
今日は久しぶりにメイとアレアだけのお留守番だ。
「それ、大丈夫なんですか?」
「心配がないわけじゃないけど、多分、大丈夫だよ。二人とも凄くしっかりした子たちだから」
「……そりゃ母親がこんなですもんね」
相変わらずイヴは私への風当たりが強い。
「ならアタシ、先に寮に帰ってメイちゃんたちのこと見ましょうか?」
「え?」
「アタシはもう終わるし、いくらメイちゃんやアレアちゃんがしっかりしてるって言ったって、やっぱり心配でしょ?」
「そりゃあ、そうして貰えたら助かるけど」
ラナはメイやアレアと面識がある。
ラナはよく部屋に遊びに来る――という名の下にアプローチを掛けてくる――ので、少し人見知りのあるメイとアレアも、ラナにはすっかり心を開いている。
「遠慮しないでよ。センセとアタシの仲じゃない」
「どんな仲よ」
「……不潔」
私をからかって笑うラナに苦笑すると、イヴが冷たい視線を向けてきた。
いや、私悪くないよね?
「じゃあ、お願いしてもいい? 私もこれが終わったらすぐ帰るから」
「うん、りょーかい。ああでも、良い機会だし、二人もわだかまりを解いておいたら?」
「……ラナ、余計なこと言わないで」
「ああ、なるほど」
私がイヴに一方的に嫌われてる件について、ラナは言っているのだろう。
「余計なことじゃないじゃん。センセとイヴってば、会ってもう何ヶ月も経つのに、未だにトゲトゲしてるんだもん。見てらんないよ」
「私は別にイヴのこと嫌いじゃないんだけどね」
「……! そういうところが――!」
「はいはい、イヴってばストップストップ」
手を止めて私を睨み付けたイヴを、ラナがなだめる。
なんだかおかしな感覚だ。
軽薄でギャルっぽいと思っていた彼女が、イヴと私を取りなすという一番大人な役割をしている。
いつものラナって、ひょっとして素じゃなかったりするんだろうか。
「イヴもさ、一度腹を割って話さないと。センセの言うとおり、何か誤解があるのかもしれないし」
「誤解なんかじゃ――」
「それならそれで、ちゃんと何が気に食わないのか、どうして欲しいのか言わないと。一方的にツンケンされたままじゃ、センセだって困るよ」
「……」
ラナに言われてイヴが黙り込む。
恐らく、彼女も理屈では分かっているのだろう。
ただ感情が追いついていないだけで。
「というわけで、アタシはお仕事おーわりっと」
「お疲れ、ラナ」
「ありがと、センセ。労いのチューは?」
「私の唇はクレア様専用だから」
「やーん、お堅ーい。そこが好きー!」
また身体をくねくねさせるラナ。
これもポーズなのかなあ。
素のような気がするけど。
「……ふざけてないで早く行ったら?」
「うん、そうするね。じゃあ、二人もちゃんと話し合ってね」
「うん、ありがと、ラナ」
「……ふん」
「いえいえ。メイちゃんとアレアちゃんのことは任せて。今日こそ二人にお姉ちゃんって呼んで貰うんだから」
それじゃあ、とヒラヒラ手を振って、ラナは出て行った。
「台風みたいな子だよね、ラナって」
「あなたがそれを言うんですか」
「え。イヴの中の私って、あんな感じなの?」
「……大差ないですよ。好き勝手振る舞って、常に周りを巻き込んでいく。ラナのあれは天然ですが、あなたのは意図的でしょう?」
「えー、誤解なんだけど……」
どうして私に対するイヴの印象はこんなに悪いのか。
「ねぇ、そろそろ教えてくれない? 私がイヴに何をしたの? 恋人がどうとかラナに聞いたけど、私本当に思い当たる節がないんだよ」
「……そうでしょうね。自覚がないのが一番たちが悪いです。きっとあの人も、あなたのそういう所にころっと騙されたんです」
イヴはそこまで言って手を止めた。
「あの人は私を好きでいてくれたのに。私だけって言ってくれたのに」
「その人はラナの恋人だったの? ユークレッドの人?」
そこまで口にして、ある可能性に思い当たる。
「ひょっとして、ラナの言うあの人って、ルイさん?」
ルイはRevolution無印の主人公こと私のことが好きだった。
仮にイヴが彼のことを好きで、自分に振り向いてくれないことで私を恨んでいるとしたら、つじつまは合う。
しかし――。
「は? 誰です、それ?」
イヴは私の話がよく分からないと言った顔をした。
「あれ、違った?」
「違いますよ。大体、その名前の響きからして、その人男性でしょう。私、男性に興味ありませんから」
おっと、大胆なカミングアウトだ。
「じゃあ、あの人って誰のこと?」
「まだ分からないんですか……」
イヴは私に憎悪のこもった視線を向けると、こう言った。
「あなたに奪われた恋人――それはマナリア=スース様です」
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