113.乙女ゲームの世界に転生してから
第二部を開始させて頂きます。
九章は「新生活編」です。
どうぞよろしくお願い致します。
第一部の内容をお忘れの方向けに、第九章直前までの要約もございますので、必要に応じてご利用ください。
「ボーっとしていないで、ちゃんと感想を言いなさい! わたくしの手料理ですのよ!?」
ふと我に返ったとき、私はよく分からない状況にあった。
くるくるにカールした金髪のお嬢さんが、視線を向けるのも腹立たしい、といった様子でこちらを見ている。
おーけい、落ち着け私。
慌ててもいいことなんか何もない。
冷静に状況を見極めよう。
視線を巡らせると、目に入ってくるのはそれほど広くない家の中のようである。
それでも、私がかつて生まれ育った生家と比べると、だいぶ広々とした印象だ。
周りにはくるくるカールお嬢さんや私と一緒に、テーブルを囲む二人の愛らしい幼女がいる。
問題は、お嬢さんを含めて目に入る人全てが、どう考えても日本人じゃないということである。
目の前のお嬢さんはとりあえず放置して、今に至る記憶を辿ってみる。
そうそう、私は確か異世界に転生したんだった。
中世ヨーロッパによく似つつも、妙に日本じみたところのあるよく分からない世界に生まれ変わり、そしてそこで誰かに出会った。
「あ。クレア様」
「まあ! また様付けに戻っておりますわ! 呼び捨てにしなさいと言ったでしょう!」
このきゃんきゃんした声、間違いない。
彼女はクレア=フランソワ。
私が大好きな恋愛シミュレーションゲームRevolutionの登場人物であり、そして私の最愛のお嫁さんである。
ということは、これってもしかして、もしかするの?
あれですか、過去回想フラグってやつですか。
「クレア様」
「そうそう。レイはそうやって尊称をつけずに……って、直っていませんわね!?」
「私の名前を覚えていらっしゃいますか?」
「……ホント、どうしましたのよ、レイ=テイラー?」
なるほど、分かってきた。
机の上には料理(仮)とでも言えそうな謎の物体の載ったお皿がある。
どうも私はクレア様の手料理を食べてバッドトリップしていたらしい。
私の本名は大橋 零。
レイ=テイラーというのがこの世界での名前である。
つまり、ここはクレア様や愛しのメイ、アレアとともに暮らす楽しい我が家なのだ。
「やったぜ!」
「ちょっと、ホントに大丈夫ですの? それに下賤な言葉使いはおやめなさいな。メイとアレアの教育によくありませんわ」
クレア様が何やらぶつぶつ言っているが、私はそれどころではなかった。
もしかしたら、あの激動の一年がただの夢だったのかもしれない、と不安に思えたのだ。
クレア様と出会い、少しずつ心を通わせ、大切な友人たちに支えられ、革命という荒波を乗り越えて、ついに結ばれた怒濤の日々。
夢でなくて、本当によかった。
「クレア様」
「何ですの? というか、そろそろ敬語の癖を直して頂きたいのですけれど」
「好きです」
「……は?」
クレア様がきょとんとした顔をしている。
意味が理解出来ていないらしい。
仕方ないなあ。
「クレア様、私はクレア様が大好きです」
「な……、ななな……!?」
私が言った言葉が脳に浸透するにつれ、クレア様があたふたし出した。
うん、可愛い。
この世界における私の最推しキャラ――それは他でもないこのキラキラのご令嬢、クレア様なのである。
彼女――クレア=フランソワはRevolutionにおける悪役令嬢である。
悪役令嬢というのは、ヒロインをいじめて最後に逆転される当て馬的な立ち位置のキャラクターのことだ。
良家の子女で性格が悪く、取り巻きを引き連れては主人公に度々嫌がらせをしてくる……なんていうのはまあ昔の話。
私はその悪役令嬢たるクレア様にぞっこんなのだ。
プライドは飽くまで高く、鈴が鳴るような美しい声を持ち、底意地の悪い悪行……は最近見ていない。
本人を目の前にしているが、一緒に駆け抜けてきた記憶を思い出すだけでも顔がにやけてしまう。
ゲームプレイヤーからは毛嫌いされるであろうクレア様なのだが、私はもうちょっとどうかと思うくらいクレア様が大好きである。
彼女を構成する全ての要素が、私の心をくすぐってやまない。
むしろ、クレア様が聖人君子めいたら、熱でも出たかと思ってしまうのが私である。
我ながらクレア様ラブが重症だ。
「レイったら何を言ってますの!? まだ夕方ですし、ここにはメイとアレアもいますのよ!?」
「メイたちがいるとなにかいけないのー?」
「いけませんのー?」
「あ、いえ、気にしないでちょうだいね? 二人も大人になったら分かりますわ。もう、レイのせいで……」
「何って……単にクレア様が大好きなだけですけど」
「ふ……ふん、改めて愛の告白ですの? 無駄ですわよ。わたくし、これ以上ないっていうくらいあなたのことが好きなんですからね!」
ぷいっと顔を背けるクレア様。
「……可愛いなあ」
「な……、ななな……!」
おっとつい煩悩が口をついて出てしまった。
クレア様、めっちゃ動揺してる。
「あなた……もしかしてその……むらむらっとしちゃってますの?」
「いえ、そういうわけでは……あるとかないとかなのですが、それはそれとしてクレア様が可愛いくて」
「……」
あ、無言になっちゃった。
頬が赤い。
いいなあ……このピュアな反応。
「クレア様は私のこと好きですよね?」
「あ、当たり前ですわ!」
「それでいいです。どんどん愛して下さい。ばっちこいです」
「な……なんですの、今日のレイってば……」
流石に怪訝に思い始めているクレア様である。
「さあ、楽しい楽しいお夕飯の始まりですね、クレア様! 一緒にめいっぱい楽しみましょう!」
「なんかこの展開、どこかで見た気がしますわ」
こうして革命の荒波を乗り越えた私は、愛しのクレア様を愛でる毎日なのだった。
せっかくの余生だ。
存分にクレア様を可愛がるぞ。
「で? なんだか意識が飛んでいたようですわね?」
「クレア様お手製のお料理のせいで、嬉しさのあまり失神していたようです」
「大げさですわ」
「いえ、なんだか高層ビルの最上階から百万ドルの夜景が見えました」
「構想、ビル? 百万のお父様?」
いけない。
さっき気を失っている間に見た光景をそのまま説明したのだが、クレア様をますます困惑させただけだったらしい。
あれは一体何だったのだろう。
前世でもあんな景色は見たことなかったはずだが。
「いえ、何でもないです。もう大丈夫です」
「そうですの? ならいいんですけれど……」
ええそうですとも。
こんな風に心配して貰えるなんて幸せだなぁ、と改めて今の生活を噛みしめる。
我が愛しのクレア様。
さあ、その桜色の唇で私をもっと躾けて下さいな。
「レイ」
「何ですか何ですか」
私に尻尾があれば、きっとぶんぶん振っていたことだろう。
しかし――。
「本当に……本当に大丈夫ですの? 明日の今頃は帝国行きの馬車の中ですのよ?」
……。
……そうなのだ。
私の異世界転生第二幕、展望は非常に明るい……などと思っていた。
でも、ここ何ヶ月か続いた安息の日々とも、そろそろ別れを告げなくてはならないのである。
話は一ヶ月ほど前に遡る。
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