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第19話 「これより、神の御導きにより巡り合いし、お二人の結婚式を執り行います」

 それから、慌ただしく一か月が過ぎた。


 結婚式は私の証人として、帝国のお祖母様をお呼びすることになった。それはつまり、ロックハート家が継母を証人として認めないと宣言したも同じだ。当然、彼女は激高したけど、ペンロド公爵夫人が抗議してくることはなかった。


 ロックハート家の証人は勿論、ローゼマリア様になる。それから、フォスター公爵様とペンロド公爵様がご夫妻で立ち会うことになった。お姉様からも出席したいとの手紙を頂いたのだけど、ヴィンセント様と相談して、お披露目のパーティーに招待する旨を伝えた。


 社交界で、私は病弱な娘ということになっている。だから、婚礼はごく身近なものを招き、お披露目は後日と体裁を繕うほうが自然だ。それに婚礼は教会でなく、リリアードの屋敷で司祭様をお呼びし、慎ましやかなものとすることも伝えた。お姉様は、残念がっていたけど。──「何か成そうとしているのね」と、察してくださった。


 そう、これはただの結婚式ではない。



 婚礼衣装をまとった私の姿が、鏡に映し出された。


 真っ白な婚礼衣装の裾には、金の魔法糸で細かな装飾が施されている。ヴェールを飾る宝石と花は派手過ぎず、慎ましやかだ。


「ヴェルヘルミーナ様、よくお似合いですよ」

「ついにこの日が来たわね、ダリア」

「はい。今日から、お嬢様の新しい人生が始まるのですね」

「大げさね」

「そんなことはございません!」

「でも、それも全て……私自身にかかっている」


 首に下げていた水晶のペンダントを握りしめ、大きく息を吸いこんだ。

 大丈夫よ。この日の為、ヴィンセント様にたくさん魔法を教わり、能力を発動させる訓練をしてきたんだもの。あと必要なことは、自信を持つことよ。


 神様がいるなら、きっと成功させてくれるわ。たとえ、今まで一度も発現していない能力だとしても。


 ペンダントを胸の谷間に隠し、私は決戦の場に向けて足を踏み出した。


 継母ケリーアデルを追い出して、愛しの弟セドリックを迎え入れる。この結婚式は、その為の儀式。慎ましやかに終わらせるつもりは、毛頭ないわ。



 屋敷のエントランス前に立ち、ヴィンセント様と見つめ合う。

 もう後戻りは出来ない。


 私たちの後ろには、参列する証人であるお祖母様とローゼマリア様、フォスター公爵夫妻、ペンロド公爵夫妻、継母ケリーアデル、ダリアとレスターさん、それとお屋敷の使用人一同が並んでいる。


 エントランス前に広がる美しい庭園は日差しを浴び、私の門出を祝うように輝いていた。

 風がそよぎ、甘い花の香りが届く。


「これより、神の御導きにより巡り合いし、お二人の結婚式を執り行います」


 私たちの前に立つ、穏やかな顔をした初老の司祭様が、少しだけ微笑まれた。


「新郎ヴィンセント、あなたはここにいるヴェルヘルミーナを、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、神の試練が降りかかりし時も妻として愛し敬い、慈しむことを誓いますか」

「はい。誓います」

「新婦ヴェルヘルミーナ──」


 繰り返される言葉を聞き、高鳴る鼓動を抑えるように、私は美しいブーケを強く握りしめた。


「はい。誓います」


 これで私はレドモンドではなくなる。そして、私の持つすべての権利は、ヴィンセント様のものとなる。その代わりにロックハート家はレドモンドの再興に手を尽くす。それが政略結婚の条件。


 銀の結婚指輪が交換され、誓いのキスがされようとしたその時だ。


「認めないわ!」


 この場にいた誰もが、ケリーアデルを振り返った。


 真っ赤な顔をした彼女は席を立ち、悪趣味な扇子で私を指し示している。


「母である私の承諾もなしに、何をしているの、ヴェルヘルミーナ!」


 おかしなものね。

 一ヶ月前は、この結婚を持ち出して喜んでいた人が喚き散らしている。きっと今日まで誰もケリーアデルのいうことを聞かなかったのだろう。進めた婚姻を覆すだけの材料を、あの人は持っていない。

 そもそも、ペンロド公爵夫人とそろって、私をロックハートに送ったのは、貴女なんですよ。


 喚き散らす声を背中で聞きながら、思わずベールの下で笑みがこぼれた。


「ご婦人、落ち着いてください。両家の証人の署名はすでに行われています」

「レドモンドの権利を、勝手に譲渡するなんて許せるわけがないでしょ!」


 司祭様の言葉を跳ね除け、ケリーアデルは私を悪者にするような言葉を喚いた。

 そうよね。私が持っていた権利を無条件でロックハート家のものとするなんて条件を、貴女が認める訳ないわ。

 でも、勝手に譲渡するわけじゃない。


 私がお父様から引き継いでいた権利を、ヴィンセント様に譲渡するだけよ。親族からの承諾も得たわ。書類もそろえた。何一つ、不備はない。


「はした金でレドモンドをロックハートに売るなんて、情けない。この無能が!」


 どこまでも、私を無能と罵るのね。

 でも、その呪いの言葉はもう私を縛らない。


「はした金というのは、我が家の届けた結納金のことを仰られているのかしら?」


 淡々と問われるローゼマリア様に、ケリーアデルは今にも噛みつきそうな顔をする。


 はした金なんて、とんでもない。私が離れることで苦労するであろうレドモンドの親族、魔法繊維を製造している工場(こうば)、職人、農家、多くの人たちへの支払いに数年困らないほどの財産を納めてくれたのよ。私の持参金となる権利は、それでも足りないくらいだといっていた。


 多額の結納金に舞い上がっていたじゃない。忘れてしまったのかしら。

 いいえ、想像もしていなかったのでしょうね。

 だって継母(あなた)は、なにも持参することなく後妻に入ったのだから。


「母である私の承諾なく進めるなんて、許せるわけないでしょう!」


 困った顔をした司祭様は、ローゼマリア様の方に視線をずらした。


「ロックハート家からは私ローゼマリアが、そして、レドモンド家からはヴェルヘルミーナの祖母であられるファレル伯爵夫人が証人として署名いたしましたわ」

「それがおかしいのよ! なぜ、母親である私がいるのに、わざわざ外から証人を呼ぶの!?」


 ケリーアデルの訴えに、静かな微笑みを浮かべるローゼマリア様は、少しだけ首を傾げた。


「おや、おかしなことを言われますね。ヴェルヘルミーナの母はすでにご逝去されたと、聞いていますが。違いますか、ヴェルヘルミーナ?」


 ローゼマリア様に答えるべく、私はドレスの裾を揺らして振り返った。

 ことの顛末を知るお祖母様、フォスター公爵夫妻は静かな表情のままでこちらを見ていた。ペンロド公爵様は脂汗をかきながら足をガタガタと震わせてる。でも、横に座る夫人は瞳を伏せて微動だにしない。なんて、胆の座った女性だろうか。


「無能なあなたを育てた恩を忘れたの!?」

「私の母は、私が十歳の時、天に召されました」

「それは実母の話でしょう!」

「……私の母は亡きマリーレイナただ一人でしたが、本日よりローゼマリア様を母と慕い、ロックハート家に──」

「お黙り、ヘルマ!」


 趣味の悪い扇子を私に向けたケリーアデルが、けたたましく私を呼んだ。


 その声に、条件反射的に体が震えた。まだあの呼び名は、無能で惨めな私へと引き戻そうとするのね。でも、ここで引きずられちゃダメ。


 ケリーアデルを追い出すのよ。しっかりしないと!


 乱れる気持ちを整えようと深く息を吐き出したときだった。私の肩に、ヴィンセント様の手が添えられた。見上げると、そこに優しい琥珀色の瞳がある。


 大丈夫、私は一人じゃない。


 大きく息を吸い、真っ直ぐにケリーアデルを見る。

 私が告げなくてはならない。自分の手で、彼女を追い出すのよ。

 ヴェルヘルミーナ、貴女は無能なんかじゃない!


「ケリーアデル。貴女をこの場に呼んだのは、祝福を頂こうと思ってのことではありません」


 震えそうになる声を抑え、醜悪にこちらを睨むケリーアデルから一寸たりとも視線を逸らさず、私は続けた。


「貴女と父には婚姻の事実はありませんでした。よって、ケリーアデルと亡き父アルバート・レドモンドの婚姻の無効を申し立てます!」

次回、明日9時頃の更新になります


残り4話、明日で完結の予定となります。どうぞ、最後までお付き合いください。


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