今夜、二人きりで…
ダギラングの宿にて夕食を取り一息ついた後、リンザローテは浴場を目指して部屋を出た。
彼女はアネット教頭ら教師陣と同室にされたせいで、他の生徒達と離れ離れになって寂しい思いをしており、特にアルトと一緒にいられないことにストレスを感じている。
というのも、この宿にはエミリーらライバルの存在もあるわけで、ウカウカしていたら彼女達にアルトを奪われてしまうかもしれないという焦りがあるのだ。
「先にアルトさんの部屋に立ち寄って、混浴にお誘いするという手がありますわね……」
そう口にしたリンザローテは踵を返し、少し離れた位置にあるアルトが宿泊する部屋の扉をノックした。かなり大胆な行動だという自覚はあり、その手は緊張からか強く握り絞められている。
しかし、応対するのはウィルで、そこに愛しのアルトの姿は無かった。
「おや、リンザローテ会長じゃないですか! もしかして、オレを訪ねてくださったんです?」
「いえ、あの……アルトさんに会いに来たのですわ」
「デスヨネー。でも、アルトはいないっすよ。アイツは露天風呂に行ってますんで」
「そうですか……」
既にアルトは浴場にいるようで、リンザローテの目論見通りにはいかなくなってしまった。
タイミングが悪かったなと肩を落としながらも、愛想の良い笑顔でウィルに別れを告げて立ち去ろうとするが、
「待て、リンザローテ。話がある」
「ヴァルフレア…?」
扉を閉めた直後、コツコツと足音を廊下に響かせながら歩み寄ってきたヴァルフレアが、リンザローテの手首を掴みながら声を掛けてきた。
そのヴァルフレアもどこか緊張しているのは、今日をもってドワスガルを離反し闇魔法士に参加するからであり、人生が一変するイベントを控えているためであった。
「今日の夜、十一時に宿の外にある庭園に来てくれ。そこでオマエに大切な話がある」
強引に手を引いてリンザローテを抱き寄せたヴァルフレアは、彼女の耳元でそう呟く。日付変更と同時にグレジオらの作戦が始まるので、それまでにリンザローテを連れ出し仲間に引き入れる必要があったのだ。
「大切な話…? 今ではダメなのですか?」
「俺にも色々と事情がある。それと、オマエ一人で来るんだ。間違ってもアルト・シュナイドを連れてくるようなことはするな。裏切ったら後悔することになるぞ」
「どうしてそうも脅すような言い方しかできないのですか、アナタは」
「最近の貴様が反抗的だからだ! 前のように黙って俺に従っていればいいんだ!」
「……分かりましたわ」
と答えるものの、リンザローテに従う気はなかった。
それも当然ではあろう。このような恫喝紛いの言い方をする相手がマトモとは思えないし、恐怖を感じるのは当たり前だ。
以前、アルトにヴァルフレアと会う際は二人きりは避け、自分を同席させてほしいと言われた事を思い出したリンザローテは、彼の助けを請うことを決意する。
宿には大きな浴場が備え付けられており、いわゆる露天風呂形式であった。この時代でも古代のように温泉文化は失われておらず、地熱によって温められた湯を風呂とする考え方は引き継がれている。
アルトはその男湯を堪能して部屋に戻ろうとしたが、
「アルトさん! 良かった、会うことができて!」
「リンザ先輩?」
嬉しそうな声を上げるリンザローテが、廊下にてアルトに駆け寄る。先程のヴァルフレアとの一件もあって鬱憤が溜まっていたこともあり、アルトの顔を見られただけでも喜びを隠せないのだ。
「実はアルトさんに重要なお願いがありまして……ところで、ご一緒に露天風呂に入るのはいかがです?」
「!?!?」
リンザローテのまさか過ぎる誘いに、アルトは口をパクパクとさせてマトモに言葉が出てこない。いくらタオルなどで隠すとはいえ、ほとんど裸で接することになるわけで、それを想像するだけで顔を真っ赤にしていた。
「わたくしとでは嫌ですの?」
「そういうわけでは、決して…! しかし、その…俺は今さっき出てきたばかりでして、はい、えっと……」
アルトは動揺がハッキリと分かるくらいに視線が泳ぎ、口調がオカシクなる。女関連ではウブな彼にとって、あまりにも刺激が強すぎるのだ。
だからこそ、このまま押し切ればイケるとリンザローテは更に追撃をかけようとするも、そこに割り込む者達がいた。
「あーっ! また生徒会長は抜け駆けをしようとしちゃってさ!」
「エミリーさん!? チィ、またしてもアルトさんとわたくしの邪魔をなさる…!」
「今回は私だけじゃないんですからね!」
「なんとッ!?」
エミリーの言うように、そこにはナリアとコマリまで居て、現状でアルトを狙うライバルが勢揃いしているのである。
「シュナイド君、クラス委員長としてはアナタが混浴で間違いを犯さないか見張る義務があるのよ」
「どんな理屈!? というかナリア、クラス委員長ならば止めるべき案件では…?」
「友人と交流を深めるのは悪い話じゃないでしょう? そうでしょう?」
「あ、はい……」
ナリアの押しの強さにアルトは引き下がり、もう断れる状況じゃないことを悟り抗議を止めた。
こうなったら、もうどうにでもなれと、アルトは彼女達に背中を押されるまま混浴の表記がある浴場へと入ってコソコソと衣服を脱ぐ。
「い、意外と人がいるのか……」
湯船には、それほど多くはないもののアルトが考える以上に人が浸かっていた。数にして十人ほどで、いずれもアルトと同年代っぽく、他校の生徒であろうと推測できる。
「皆さん、カップルのようですわね」
「リンザ先輩!? なんでくっつくんです!?」
リンザローテはサッサと服を脱ぎ捨て、エミリー達に先んじて来たのだ。
そうして、アルトに背後から抱き着いたのである。しかも素肌そのもので、ダイレクトに肉体の感触が伝わってくる。柔らかく、発育の良い塊二つが特に激しく主張し、アルトの神経を刺激していた。
そのせいでアルトの心拍は極限にまで上昇し、下半身もまた本能に従って硬くなってしまい隠すので精一杯だ。
「あら、他の男性にわたくしの裸を見られてしまってもよいのですか? イヤらしい目でジロジロと、それこそ舐めまわすように見られてしまうかもしれませんのよ?」
「それは…ッ! ですからタオルを!」
「ふふ、からかい過ぎてしまいましたわね」
いたずらっぽい笑みを浮かべるリンザローテはアルトから離れて、手にしていたタオルを巻く。最初からそうすればいいのではとアルトは思うが、これもリンザローテの篭絡策の一つであった。
「も、もう……俺が宿泊学習に行った時には、不純異性交遊は厳禁と仰っていらしたのに……」
「これは不純ではありませんわ。もはや純真、清純……そう、清らか且つ正しい交友なのでオッケーなのですわ!」
たゆんと胸を揺らしながら腕を組み、意味不明なセリフを口走るリンザローテ。
自己正当化のために強引な論を展開する点は、生徒会長としてはいかがなものだろうか。
「は、はあ……それで、あの……俺に話というのは?」
「ヴァルフレアがわたくしに二人きりで会いたいと申し出てきたのですわ……今夜の十一時に」
「ヤツが……どんな用事が知りませんが、そんな夜中にというのは引っかかりますね」
「ええ……ですから、アルトさんには一緒に付いてきてほしいのです。しかし、コッソリと見守っていただく形で」
「分かりました。お任せを」
忠実なる騎士のようにアルトはリンザローテの手に自らの手を重ね、不安そうな彼女を優しく見つめる。
こういう気遣いがリンザローテを喜ばせているのだが、別にアルトは狙ってやっているわけではない。自然とやってのけて、そんな彼にリンザローテは歩み寄り再び肉体が接触しそうになる。
それが恋人同士のような光景に見えて、遅れてやって来たエミリー達に詰問されるのであった。




