紛れ込む者達
水平線の向こう側へと太陽が落ちて消え入りそうになり、朱から黒へと空の色が移り変わる時刻である。一等星を始めに星々が顔を覗かせ、澄んだ涼しい風が街に吹き込み夜の訪れを告げる。
しかし、ダギラングの港に勤めている職員らはそうした幻想的な景色など目に入っておらず、忙しなく船の誘導や物資の運搬を行っていた。
その港の一角にて、
「あの貨物船はなんだ? 入港予定には無いぞ。ったくよ、管理部の失態として叱責されるのは勘弁だってのに」
と、ガタイの良い港管理職員が、手元の資料と停泊している大きな木造の貨物船を見比べながらため息をつく。作業着に取り付けられている名札には、”現場リーダー”の役職名が記載されていた。
「ああ、アレは例外規定で入港したんスよ。なんでも、王家の勅命を受けているとかって事で」
そう現場リーダーに声を掛けるのは新人の後輩で、お調子者なのか軽い口調で報告する。
「なんで俺にその話が来てなかったんだ? 俺はこの時間帯の責任者なのだが?」
「管理本部の人にオレから先輩に伝えるよう言われていたんスけど、忘れてました。でも、今こうして伝えたわけだしオッケーっスよね?」
「…給与査定を楽しみにしておけよ」
新人のヘラヘラとした態度にも苛立つが、現場リーダーの怒りの矛先が向けられているのは特例で港に入り込んだ貨物船だ。いくら王家の命令を受けた物とはいえ、混乱をもたらす存在は許せなかった。
「例外を認めていたら収集が付かなくなる。特に公共機関は秩序をもって運営せにゃならんというのに……王都のワガママな上級国民どもめ、自分達の特権ばかりを押し付けて、俺みたいな一般国民に迷惑を掛けているなんざ想像もしちゃいねぇ」
「その話長くなります? オレ、早く退勤して寝たいんで、サッサと仕事片付けたいんスけど」
「…オマエくらい何も考えず生きていたら人生楽しいだろうな?」
「ウッス! ポジティブが信条なんで、自分!」
年齢が二十以上も離れていたら考えが合わないのも当然ではあるが、まるで価値観が違うので現場リーダーはヤレヤレと額に手を当てながら作業に戻る。港の一つが貨物船のせいで封鎖されてしまったので、スケジュールを見直して他船舶を誘導しなければならず悠長にしてる時間は無いのだ。
だが、この貨物船は報告にあったような王家直轄の物ではなかった。
偽装工作を行い、違法にダギラングへと潜り込んだのである……
港職員の慌てぶりなど意に介せず、その船の内部で一人の男がゆっくりとタラップを降りて貨物庫へ向かう。
無地の仮面を付け、白い燕尾服を纏う彼はナイト・ストライカーであり、またしても何か良からぬ計画を立てているようだった。
「やぁ、船は無事にダギラングに到着したよ。後は、予定通りに事を進めるだけだね」
薄暗い貨物庫に入ったナイトは、先に訪れていたグレジオへと話しかける。以前の古代遺跡襲撃の際に共闘した縁もあって、ナイトが再び協力を要請したのだ。
「そうかよ。この後も上手くいけばいいけどな……」
だが、グレジオは少々不服そうである。
それもそのはずで、古代遺跡の戦いでは見捨てられてしまい、危うく逮捕される寸前だったからだ。かろうじて逃げ出せたからいいものの、あの一件でナイトに対する信頼など地に堕ちていた。
しかし、闇魔法士のスポンサーである秘密結社ヨーツンエイルに逆らえるわけもなく、仕方なしに応じたのであった。
「にしても、アンタらヨーツンエイルって何者なんだよ。王家の特命だと公共機関を騙せる力があるなんて……運輸管理局の内部に知り合いでもいるのか?」
「我がヨーツンエイルのメンバーは、キミの想像できるような範疇の魔法士ではないんだよ。国家内での地位が高い者もいるし、名家の当主もいるのさ」
「だったら、もっと闇魔法士が生きやすい世の中にしてくれ」
「そう簡単にいかないから、こうして裏工作なんかをしなきゃならないんだよ。ま、私の計画はキミ達闇魔法士にとっても楽しめるものだろうし、頑張ってくれたまえ」
「はいはい」
グレジオは適当に受け流しつつ、貨物庫の奥へと目を向ける。
そこには、竜と見紛うほどに巨大なヘビの亡骸が置かれていた。干からびたミイラのように外皮はシワシワになっており、生気は一切感じさせない。
「アンタらの計画では、拉致した魔法士の魔力や生命力を吸い出して、あのヘビみてぇな魔物に注ぎ込んで復活させようってんだろ?」
「そうとも。あの魔物は古代において建造された、ハクジャ級大型魔法生物兵器の一体だ。我がヨーツンエイルが発掘して今まで保管してきたのだが、いよいよ復活の時が来たのさ」
「古代文明はヘビのような魔物に滅ぼされたという伝説がある……もしかして、コイツが世界に終末をもたらした元凶なのか?」
「どうかな? ハクジャは少数とはいえ量産されたらしいからね。もしかしたらコイツかもしれないし、コイツと同型の別個体かもしれない。どちらにせよ、大いなる破壊をもたらす存在であることには違いないだろう」
ナイトはハクジャと呼ばれる魔法生物兵器の表皮を愛おしそうに撫でる。
古代文明が滅亡した原因には諸説あるが、特に有力とされているのがヘビ型魔物の暴走によるものだ。これはナリアがアルトに語ったことでもあり、世間一般で噂されるレベルで知られていた。
その真相は定かではないのだが、実際に巨大なヘビに似た魔物が発掘されれば信憑性も増すし、混沌と破壊をもたらしたいナイトにしてみれば復活を試す価値はある。
「大いなる破壊ねぇ……ま、期待しておくぜ」
「そうしてくれたまえ。ところで、闇魔法士達も手筈通りに街に潜入しているな?」
「今この街には、全国デュエル大会の開催に合わせて多くの来訪客が来ている。それに紛れて多数の闇魔法士が侵入を果たしているぜ。しかも陸路だけじゃなく、海路からのアクセスがあるから普段よりも簡単に入り込めるんだ」
デュエル大会に出場する生徒や学校関係者は勿論のこと、沢山の観戦客がダギラングを訪れている。そのため街には人が溢れかえっており、住人ではない者が多く行き交っていても誰も不自然には思わないのだ。
この状況を利用して闇魔法士も潜り込み、既に多数が各所に潜伏していた。
「深夜、日付変更と同時に作戦を開始する。デュエル大会に出場する連中が宿泊している宿を襲撃し、ありがたく拉致をさせてもらって、近くの水路からこの港まで輸送する。そうしてハクジャの栄養源となってもらうのさ」
「魔法高等学校の生徒達が、しかもS級やA級の優秀なヤツらが一堂に会する機会なんて滅多にあるもんじゃねぇし、デュエル大会の期間中を狙うというのは有効だな。しかし、警備体勢だってダテじゃないだろう?」
「宿の襲撃と同時に、別動隊が警察や軍の駐屯地にも強襲を掛けて一気に制圧する。そうすれば敵の抵抗を潰して妨害を最低限に抑えられるからね」
「なるほど。しかし、イレギュラーは発生するもんだぜ?」
「その時はその時さ。臨機応変に事態に対応できなければ、どの道先は無い」
「臨機クソ応変に、ね……」
ナイトの無責任具合に呆れつつも、グレジオはハクジャに期待を寄せていた。これさえ起動してしまえば、闇魔法士の力を世に示して新しい時代を切り拓けるだろうという妄執に囚われているのである。
「そういえば、ドワスガルの学生を手駒にしたと聞いたが? S級魔法士のヴァルフレアと言ったか?」
「ヴァルフレアは後輩でね、前にも助けてもらったんだ。今回の戦闘でも協力してくれる。ヤツを迎えに行く予定もあるし、もう行くぜ」
作戦開始の時は刻一刻と近づいている。
グレジオは貨物船から降り、予定地点へ向けて移動を開始するのであった。




