フラストレーション
学校はいよいよ夏季休暇期間へと突入し、学生の約半数は実家へと帰省する。
これによって普段は賑わっている商業区も閑散として人気が少なくなり、店舗の多くは閉めるか時短営業となるなど寂しい様相だ。
そんな商業区の一角にあるレストランにて、アルトはゆっくりと朝食を取っていた。
「アルト君、お水のお替りだよ」
お一人様用のカウンター席に座るアルトに、ウェイトレス姿のエミリーが水の入ったコップを渡す。二か月以上勤めているので仕事の手際が良くなっており、すっかり接客スマイルも上手くなっていた。
「ありがとう。エミリーは午前中だけのシフトなんだよね?」
「うん。昼には全国大会の会場がある地方へと出発でしょ? 私も応援団として付いていくから暫くシフトに出られないし、今のうちに稼いでおかないとね」
全国デュエル大会には、選手だけではなく応援団も付いていくことになっているのだ。これは有志によって結成されたもので、特に人数制限は無く会場の観客席にて声援を送りながらの観戦が許可される。
各校は規模の違いはあれど応援団が自然と出来上がって、エミリーもアルトの応援のために自ら積極的に参加したのだ。
「アルト君はこの後、最後の訓練をするんだよね?」
「ああ。といっても軽く体を動かす程度だけどね」
「そういえば、あのヴァルフレアとかいうS級の先輩は戦闘訓練に来たの?」
「いや、それが一回も……まったく困った人だよ。今日の最終調整くらいには参加してほしいところだね。てか、選手はデュエル会場からそのまま駅に向かうことになっているし、来てくれないと集合にも差し障りがあるものな」
ヴァルフレアはリンザローテとアルトの説得に応じず、放課後や休日の訓練に現れることはなかった。それは自分の実力を過信しているからというのもあるが、アルトと長時間一緒に居たくないという理由が大きい。
それにグレジオとの密約を考えれば、真面目に訓練するのはバカらしいと言えるだろう。なにせ、大会は無事に開催されることなく闇魔法士の餌食になってしまうのだ。
「ヴァルフレアめ……あれでリンザ先輩に気に入られたいと考えているとは……」
「あの人、まだ生徒会長のこと諦めてないの?」
「そうみたいよ。どうにも未練があるらしい」
「へー。ならいっそ、アルト君が後押ししてあげて、二人をくっつけちゃえば?」
リンザローテとヴァルフレアが付き合ってしまえば、アルトを巡るライバルが一人減るわけで、エミリーは妙案を思いついたとばかりに提案する。
だが、当然ながらアルトが首を縦に振るわけがない。別にリンザローテはアルトのモノでも何でもないし、彼女がどのような恋愛をしようが自由であるものの、ヴァルフレアと交際するのは複雑な心境であった。
「あんな男とリンザ先輩が……嫌だな、それは」
「でも、あの二人って少なからず因縁があるんでしょう? 何かの拍子に仲直りして急接近する可能性だってあるかもよ」
「……確かに人間関係って分からないものだものな。それに、俺が首を突っ込む話ではないという理屈はそうだけど……」
アルトはウーンと唸りながら腕を組む。
どうしてこれほど胸がザワつくのか自分でも理解できないが、ともかく心が落ち着かなくなって、お替りしてもらったばかりの水を飲み干して深くため息をつくのであった。
朝食を終えたアルトは、一度自室に戻ってからデュエル会場へと向かう。この後の戦闘訓練が終了したらそのまま駅に行くことになっているので、外泊用の荷物を取ってきたのだ。
「ねえ、ダーリン。どーにかしてあたしも大会に出られるようにしてよー!」
そう駄々っ子のように訴えるのはキシュで、アルトの頭にしがみ付きながら髪の毛を引っ張っている。
「大会の規定で使い魔は禁止されているのだから、キシュを出場させたり試合中に召喚したりはできないんだよ。だから、エミリー達と応援していてね」
「使い魔じゃなくてカノジョなんですケドー!?」
「違いますケド……」
デュエルでは、基本的に使い魔の召喚は禁止されている。使い魔も実力の内と言えなくもないが、あくまで魔法士本人の力で戦うのが原則なのだ。
「ちぇー。あたしが活躍するような事件でも起きればなぁ」
「こらこら、平和が一番なんだから物騒なコトを言うんじゃありません。キシュと一緒に生活できるだけでも俺は楽しいし、キシュもそうじゃないの?」
「でもさぁ、刺激の一つでもないとさぁ。例えば、ダーリンがあたしのことを抱いてくれるとかね?」
「イロイロと無茶でしょ……」
種族がどうこうというより、そもそもの体格差があるので物理的に抱くのは不可能だ。キシュも分かってはいるが、アルトの恋人という立場からすれば、肌と肌の付き合いをやってみたいと願望を持つのは当然ではあろう。
そんな会話をしながらデュエル会場の入り口に辿り着くと、アルトは人影を視界に入れて足を止めた。
「…ヴァルフレア・ドートル。来たのか」
ガラス張りになっている会場のゲートを開けようとしていたヴァルフレアも、アルトの気配を感じ取り手を引っ込めて振り返る。
そうして妙な緊張感が広がっていき、今にも戦闘が始まってもおかしくないような雰囲気に場が包まれた。
「なんでこれまで戦闘訓練に参加しなかった?」
「必要がなかったからだ。大会のためにワザワザ鍛える必要なんてな」
「自信過剰という言葉を知っているか?」
「知らんな」
相変わらずの険悪具合で、二人はフラストレーションを溜めながら無意味な言葉を交わす。これほどに相性の悪い人間は他にはいないだろう。
アルトはムッとしながらも、ヴァルフレアという存在をこれ以上知覚したくないと目を逸らして、先に会場に入ろうとしたが、
「アルト・シュナイド、俺に喧嘩を売ったことを後悔するんだな。いずれ貴様は、嫌でも俺に媚びへつらうことになる」
入口のゲート脇から動いていなかったヴァルフレアが、通り過ぎようとするアルトに対し脅すように口を開く。
そして、アルトも無視をすればいいのに再び歩みを止め、ヴァルフレアを鋭く睨みつけた。
「先に俺を排除しようと喧嘩を売ってきたのはアンタだったと記憶しているけど。しかも自分で手を下さず、臆病にも後ろから見ているだけで」
「ドワスガルに来たことが根本的な間違いだったんだ。貴様は、クソ田舎で野生児をやっていればよかったんだよ!」
手に届く距離にいるとなれば、苛立ちのままに攻撃衝動に駆られるのも致し方なしだろうか。
ヴァルフレアはアルトの首を掴み、そのまま会場の壁に彼の体を叩きつけて力を籠めた。
「この距離ならバリアでも魔法を防げないな! 今謝るのなら手を離してやってもいいが、どうする!?」
「ダーリンから離れろ! このトンチキ野郎!」
「フェアリーの小娘には黙っていてもらう! ヘタに動けばコイツの首に零距離で魔法をぶつけるぞ!」
アルトへの暴力に怒りを露わにするキシュだが、ヴァルフレアの恫喝に手出しができなくなってしまう。現状で圧倒的に優位に立つのはヴァルフレアであり、アルトの命は彼の支配下にあるのだ。
しかし、
「お止めなさい、ヴァルフレア!」
怒声が飛ぶ。
アルトとヴァルフレアも聞き慣れた、リンザローテ・ガルフィアの声が。




