ヴァルフレアのプライド
生徒会室の中はピリついた雰囲気に包まれており、その原因であるヴァルフレアは立ち塞がってきたアルトと睨み合う。
もはや他人が口を挟める状況ではなく、ただ事の推移を見守るしかない。
「アルト・シュナイド、貴様は俺の邪魔ばかりしやがる…!」
「アンタがそんな態度をしているからだ。いいから出ていってくれ」
両者は相手に対して明確な敵意を抱いていて、それが視線と共にぶつかってバチバチとしたスパークが幻視できるレベルであった。
まさに一触触発、どちらかが今にも飛び掛かって戦闘が始まってもおかしくない状態だ。
「オマエは今日もめでたくリンザローテの忠犬をやっているようだがな、その女に守る価値なんてないだろ。顔と身体は良いが、中身は未熟で愚かしい世間知らずな女なんだよ!」
「俺への悪口は構わんが、リンザ先輩を侮辱するな。それにな、アンタが言えることかよ。気に入らない事があればキレて当たり散らすような、ワガママな子供と変わらないアンタがさ!」
「言わせておけば、年下の分際で!」
「ッ! 魔法を使う気か…!?」
敬意など全く無いアルトの言葉に、いよいよヴァルフレアの煮え滾る怒りが沸点に到達した。瞳に宿る敵意が殺意へと変換されて、アルトへと向けられている。
最初に暴言を放ったのは自分であることなど忘れて、それこそアルトの言う通り、気に入らない事にすぐキレるワガママな性格が露見していると本人は分かっていない。
「ダーリンを傷つけさせはしないよ!」
「なんだっ、コイツは!?」
ヴァルフレアは攻撃魔法を繰り出そうとしたのだが、それよりも先に小さな発光体が飛び出して彼の頭を蹴ったのだ。
この予想外の奇襲にヴァルフレアは何が起こったのか理解できず、狼狽えながら魔法行使を中断して発光体を目で追う。
「ふん……コイツが噂のフェアリーか。こんなガキみたいな使い魔に頼るなんて、オマエも大したことはないな」
「ダーリンをバカにすんな! オマエなんかとは違う、フェアリーの力を宿せる特別なS級魔法士なんだよ!」
「俺とは違う、だと…!」
「そーだよ。オマエはあのグレジオとかいう闇魔法士と同じで、クソザコだって自覚した方がいいよ」
口の悪さと煽りでキシュに並ぶ者はそうそういない。まさに怖いもの知らずというか、面と向かって貶せる精神力はある意味で大したものだ。
しかし、当然ながら火に油を注ぐ結果となり、ヴァルフレアは攻撃対象をキシュに変更しようとしていた。
「お待ちなさい、ヴァルフレア。この場でわたくしが要件を聞きますから、これ以上騒ぎ立てるのはヤメてもらいますわ」
リンザローテも立ち上がり、ヴァルフレアを制止する。
このままでは生徒会室が戦場となって火の海になりかねないし、争い抜きでヴァルフレアを止められるのはリンザローテ以外におらず、本当は関わりたくない相手だが会長としての責務をもとに動いたのだ。
「チッ……まあいい。俺を全国デュエル大会のメンバーに加えろ。要件はそれだけだ」
「それは無理な相談ですわね。決定権を持つのは校長先生ですもの」
「なら、掛け合ってこい」
「既に校長先生による推薦と、教員会議は終了しておりますわ。アナタはそこで名前が挙がらなかった……意味はお分かりですわね?」
優れた資質を持つ希少なS級魔法士は、普通なら選手団のメンバーとして推薦されて然るべきだろう。
だが、そうならなかったのはヴァルフレアという人物そのものに問題があるからだ。S級という能力を鑑みても、学校代表として推せるだけの生徒ではないと判断されたのである。
「俺はS級魔法士なんだぞ! オマエのような男に媚を売ることだけが上手い女より、よっぽど活躍できるはずだ!」
「どう仰ろうと、校長先生の下した結論に変わりはありませんわ。それにアナタは、グレジオと同様に昨年のデュエル大会には見向きもしなかったではありませんか。何故こんなにムキになっているんですの?」
どうやら、ヴァルフレアは去年のデュエル大会には出場しなかったようだ。当時在学中だった先輩のグレジオと共に非協力的な態度を示したのは想像に難くなく、休暇期間中に学校イベントに参加させられるなど面倒としか思っていなかったのだろう。
だというのに、どうして今年に限って激怒するほどに出場枠を欲しがっているのかリンザローテには理解できなかった。改心したのかと言えばそうではないし、むしろ捻くれ具合は増しているのだ。
「んなのどうでもいいだろ。せっかく俺がやる気になってやったんだから、オマエらはありがたがるべきだろうが」
理由は単純で、アルトより下に見られたくないというプライドが原因であった。
しかし、それを口にするのは憚られて本心を隠す。それこそ尊厳が失われると考えたからなのだが、既に手遅れだ。
「よくも上から目線で……少しはご自分の素行を顧みたらいかがですの?」
「オマエこそ、俺の手駒として働いていたことを忘れて言える立場かよ」
「それは……」
素行に関して咎められれば、リンザローテも言い返すことはできない。事実としてヴァルフレアに仕えていた時期があったわけで、彼の悪行を見て見ぬフリをしたり、なんならアルトに嫌がらせをしたのだから。
押し黙ってしまったリンザローテに、ヴァルフレアは更に詰め寄ろうとするが、
「テメェ、マジでいい加減にしろよ! リンザ先輩を道具として都合よく利用した貴様こそ責められるべきだろうが。暴力と恫喝で人を支配していたようなヤツが、とやかく言う権利はねえよ!」
アルトが再び割って入った。こちらもかなり激昂しており、普段の穏やかな目つきが鋭く尖りヴァルフレアに突き刺さる。
「黙れ! オマエが口を挟む時間じゃないんだよ!」
「貴様こそ、いい加減に帰れよ! もう用は済んだだろ」
代表メンバーとして選手団に加えろというのが要求であり、却下された以上ヴァルフレアがここに留まる理由は無く、アルトは再度退室を促す。
「ヴァルフレア、まずは学内大会に出場なさい。そこで自らの力を証明して、全国大会への参加権利を獲得するのですわ。あと、もう問題行為は起こさないこと。もし重大な校則違反を行えば、大会どころか学校から追放されることになりますわよ」
「俺を脅すのか、リンザローテ」
「忠告をしているのですわ。アナタを処分すべきとの声が出ていることも事実ですし、悪目立ちしないためにも大人しくすることですわね」
「ふん……そうかよ。だがな、今のオレにとってはもう学校などどうでも……」
「何か仰いまして?」
「なんでもねぇよ」
最盛期の面影など無くなり、ただ退屈なだけで味方もいなくなった学校に価値を見出せなくなっているヴァルフレア。いつかは抱いてやろうと考えていたリンザローテも彼の手から離れ、アルトという障害に阻まれて届かない存在となってしまったのも、彼がふて腐れている原因の一つであった。
それも全てはヴァルフレアの行動が招いたものだが、自省などという概念とは程遠い彼が顧みることはない。
アルトに一睨み効かせ、ヴァルフレアは生徒会室を後にするのであった。
「…申し訳ありませんわ、皆さん。それと、アルトさんには感謝しませんとね。わたくしを庇ってくださって……」
「いえ、今となってはヴァルフレアを余計にヒートアップさせてしまったと反省しています。もっとスマートに解決する方法だってあったのではないかと……」
頭に血が上り過ぎていたなと、アルトは頭を下げる。
「あの人とマトモに意思疎通するのは困難ですわ。ああやって脅せば他者は言う事を聞くと思いこんでいるんですもの……そういう時、アルトさんのような強さと勇気が必要なのですわ。時には、優しさだけではダメなこともあるものです」
と、リンザローテはアルトの手を握る。
自分のために怒ってくれたアルトの頼もしさが、数々の暴言を受けて傷ついていたリンザローテの心を支えてくれているのであった。




