ドワスガルへの帰還
アルトは一礼してジェハイム大臣と別れ、オブライアンと共に魔法保全省の屋上を目指す。帰りは魔法列車ではなく、オブライアンの使い魔に乗って飛ぶことになっていた。
「お疲れ様でした、アルト君。本当にキミが我が校に来てくれて良かったと思いますよ。でなければ今回の宿泊学習で犠牲者が出ていたかもしれませんし、アナタの活躍によって大勢が救われる結果となったのですから」
「いえ……皆さんの役に立てているのならば俺も幸せです」
称賛を受けて照れくさそうにしながらアルトは返答する。
リンザローテやエミリーなどから褒められる事はよくあるのだが、校長のような存在から言葉をもらえる機会は少なく、格別の嬉しさがあったのだ。
「えっへん! あたしのダーリンですもの、凄いに決まってるじゃーん!」
と自慢げにドヤ顔をしているのはキシュで、これからもアルトに付き添えることになって上機嫌であった。フェアリー特有の翼をバタバタとはためかせ、クルンと一回転しながらアルトの肩に着地する。
「こらこらキシュ、オブライアン校長にはもっと敬いの態度をだね……俺やキシュの味方をしてくれた方なんだよ?」
「構いませんよアルト君。彼女は古代文明にて生まれたのですし、ワタシなんかよりも遥かに年上だ。むしろ、ワタシ達が彼女から教わることも多いでしょう」
おおらかな性格のオブライアンは、キシュの馴れ馴れしさを咎めることはなく、やんちゃな孫を見守る祖父のように受け入れる。こうした器の大きさが、偉大さを感じさせる一因でもあるのだろう。
「ところで、キシュ君のようなフェアリーは主を選ぶとのことでしたが、どのような選定基準があるのですかな?」
「魔法力が高いのは勿論だけど、フェアリーの力に適合していないとダメなんだよ。あたし達って魔物の要素も持っていて、フツーの魔法士がそれを取り込むと壊れちゃうのよねー」
フェアリーが他の使い魔と異なるのは、主と同化することで自らの力を授けられる点である。翼を与えることで飛行を可能にしたり、体内魔力を増幅させるといった効果が発揮されるのだ。
だが、キシュが語った通りに誰でもフェアリーからの恩恵を受けられるわけではない。その特異性に適応し得る素質がなければ、同化をしただけでも死に至ってしまう。
「アルト君にはその才があるのですな」
「そーいうコト。でも、あたしがアルトっちを選んだのは素質だけじゃないんだな~。なんていうか、あたし好みのオトコだったんだよね」
人間と同じように明確な意思を持っているフェアリーには、当然ながら好き嫌いがある。そのため、単純に適合していればよいという問題ではない。
実際に、キシュと共に発見されたベルギュミスはナイトを気に入っていて、アルトの側に付かなかったのはそのせいなのだ。
「フェアリー個人の好みにも合わなければならないとは、主となるには相当にハードルが高いようですなぁ。ちなみに、ワタシにはフェアリーの力を与えられるに相応しい素質がありますかな?」
「うーん……おじいちゃんもイイ線いってるけど、チョイと足りないかなぁ」
「はは、それは残念ですな。ワタシもまだまだ精進せねばなりませんな」
オブライアンはS級であるし、大臣に就くような人間に認められるくらいの相当な実力者なはずだが、それでもフェアリーを扱うには足りないらしい。
そうした点ではアルトの方がオブライアンよりも優れていることになるが、アルト自身は自分がオブライアン以上の魔法士だとは思っていない。
「しかし、こうもキシュに気に入ってもらえるなんて……俺はS級ではあるけど、校長先生のようにダンディでもないし、イケメンでもないんだよ?」
「いや結構イケてる方でしょうよ。それにぃ、ビジュアルだけで決めたわけじゃないんだから。アナタの人間性ってヤツにも惚れてんの」
「あらそうなの。ま、悪い気はしないかな」
まだ短い付き合いなのに、人間性まで見抜けるとはフェアリーの観察眼は大したものである。
そんな会話をしている内に屋上へと辿り着き、オブライアンは使い魔であるメタリク・レイヴンを魔石から呼び出す。
「さあ、帰るとしましょう。ワタシ達のドワスガルへと」
オブライアンに続いてアルトはメタリク・レイブンの背中にまたがった。
見た目は鋼鉄のような白銀のボディであるが、体表面は滑らかな体毛に覆われていて、これが生物であることを実感させる。
そうしてメタリク・レイヴンは魔法保全省の屋上から飛び立ち、王都の街並みを眼下にしながらスピードを上げていく。
アルトは振り落とされないようしがみ付きながらも、学校までの空中飛行を楽しむのであった。
ドワスガルに到着する頃には真夜中になっていて、校舎や学生寮に灯りは無く静まり返っている。まるで無人のようであり普段の様相とは大きく異なるが、慣れ親しんだ場所に帰ってこられてアルトは心の底から安堵した。
減速を始めたメタリク・レイヴンは特待生寮の近くへと着地し、そこでアルトは降ろしてもらう。
「明日は休日ですから、ゆっくり休んでください」
「はい。今日は本当にありがとうございました、校長先生」
「いえいえ」
オブライアンはメタリク・レイヴンを魔石へと戻して、徒歩で管理棟へと向かっていった。王都へと行っていたために書類仕事などが中断されていて、今からそれらを片付けなければならないらしい。
アルトはオブライアンの時間を奪ってしまったことに罪悪感を感じながらも、彼の力になれることは無いので大人しく自室へと帰る。
「ここが俺の部屋だよ」
キシュを部屋へと解き放ち、アルトは宿泊学習に持って行った荷物をリビングに置いて中身を取り出す。その一つに水着があって、これを着て遊んだのが遠い昔に感じるほど密度の濃い数日間であった。
「ふーん、まあまあイイ部屋ね。それより、ダーリンにはフェアリーの格納について教えてあげないとね」
「格納? 使い魔が魔石の中に戻るみたいな?」
普通の使い魔は魔石の中に収容されているのだが、その使い魔用の魔石は高純度の物でなければならず、かなり希少品なためにアルトは持っていない。
「そそ。といってもダーリンがやる事はないよ」
「え、そうなの?」
「合体した時みたいに、あたしがダーリンの身体の中に溶け込むのよ。そうすることで休眠状態となるんだ~」
主の肉体が魔石の代わりを果たすらしく、つくづくフェアリーという種族はこの世界の常識を超える存在だ。
この生命体を生み出した古代文明のレベルはアルトの想像を大きく上回っていて、今度ナリアにもキシュを紹介しようと考えている。古代に強く惹かれている彼女ならば、きっとフェアリーにも興味津々だろう。
「で、呼び出す時はあたしのコトを想像しながら、脳内で名前を呼んでくれればいいよ。そしたら飛び出してくるからね~」
「分かった」
「本当ならずっと外に出ていたいんだけどぉ……あたしってば気が使えちゃうフェアリーだからさ」
「?」
「ほら、ダーリンだってオトコのコでしょ? あたしが近くにいたら自慰も出来ないじゃん?」
「こ、こら! そーいう下世話なコトを言うんじゃありません!」
とは言いつつも、正直なところキシュの提案はありがたかった。
アルトも……思春期のフツーの男子なのだ。
「重要な話よ? もしかして、シてるのを見られたい系?」
「いえ……一人でさせてください……」
「素直なのって、あたし好きよ」
キシュはアルトの額にキスをし、光となってアルトに吸収されていく。こうして休眠状態になるようだ。
そんな相棒の温もりが体内に宿る感覚を覚えながらも、アルトは一息ついてベッドに横たわるのであった。




