始めての王都と魔法保全大臣ジェハイム
ドワスガル魔法高等学校に行くまで地元から離れたことの無かったアルトは、パラドキア王国の中枢である王都を始めて訪れて、その発展具合に目を丸くしていた。
王都は古代文明を参考にした街づくりがされており、レンガや石造りの住宅が所狭しと立ち並んでいて、広大な土地面積も相まって大都市の様相だ。しかも水路や道路も整備されており、小舟や馬車が盛んに行き交っているのも確認できる。
これは、アルトの故郷とは別世界の景色であった。村や集落には公共サービスすら行き届いておらず、貧しさの中で生活をせざるを得ないのに、同じ王国内でこうも差があるものなのかと驚愕している。
「アルト・シュナイドさん、間もなく魔法保全大臣が直々に聴取を行う手筈になっているので、この部屋でお待ちください」
魔法保全省本部へ移送されたアルトは、職員に案内されて応接室の一つに通される。ここは部外者との打ち合わせなどに使われる部屋で、豪勢なソファや机が置かれている上、壁紙などの内装にも金が掛けられており、まるでホテルのスウィートルームのような煌びやかさがあった。
「あの、てっきり拘留部屋にでも入れられるものだと思っていたのですが…?」
闇魔法士との遭遇について証言を求められているだけでなく、勝手に使い魔を行使したことが問題視されているのだ。となれば、一応は容疑者として扱われている身となるので、拘束されても仕方がないとアルトは覚悟していたのである。
だが、実際にはアルトは特に拘束具などを付けられておらず、客人のような扱いであった。
「その必要が無いと判断したからです。アナタがドワスガル校と生徒達を救った魔法士だと我々も認知していますし、今回の使い魔の件についてもやむを得ない緊急避難的行動であったと理解しています」
「先月にドワスガルで起きた事件もご存じなのですね」
「当然です。王国内における魔法関連の事件については我々のもとにも報告が行われますし、どのような経緯で解決されたかも把握しています。それらの事や、今回の事件の内容も踏まえれば、アナタを必要以上に警戒するのは失礼でしょう。むしろ、表彰されるべき事例であったと個人的には思います」
アルトの活躍は軍や警察を通じて報告されており、魔法保全省の職員ならば全員が知るほどのレベルとなっていた。
そのため、仕事上ではアルトを監視下に置かなければならないとはいえ、闇魔法士を相手にするような厳しさはないのである。
「では、我々は部屋の前で待機していますから、何かあればお声掛けを」
促され、アルトは応接室のソファに腰かける。特待生寮の部屋に備え付けられている調度品よりも品質が良いようで、柔らかく足腰が包まれるような感覚は体をリラックスさせる。
「先月頑張ったのは無駄じゃなかったんだな……」
闇魔法士やグロット・スパイダーに立ち向かったのは、己の正義感に導かれるままの行動であり、別に誰かに評価されようとしたものではない。
しかし、その時の行いを評価してくれる人達がいて、相応の扱いを受けられるというのは喜ばしいことだ。
もし先月の事件から逃げて関わっていなかったら、余計な疑いを持たれてしまい、それこそ闇魔法士のような無法者だと見られていたかもしれない。
アルトは聴取が始まるまでは休息を取ろうと、一息ついて瞼を閉じるのであった。
それから約十分後、応接室の扉が開いた音に反応してアルトは目を覚まし、ソファから慌てて立ち上がって衣服を整える。
「え、校長先生!?」
部屋に入ってきたのは二人の大人であるが、その中の一人を見てアルトは驚きを隠せない。
というのも、オブライアンその人が普段通りにタキシードを着こなして、あたかも魔法保全省の職員かのように我が物顔で入室してきたからだ。
「やあ、こんな場所で会うことになるとは思いませんでしたな。ワタシとしても想定外の事態で、知らせを聞いて驚きましたよ。物騒な世の中になってしまったもので、嘆かわしいですなぁ」
「ええ本当に。まさか、あんな場所にまで闇魔法士が現れるなんて思ってもみませんでした……」
「ですが、キミが無事で良かった。そしてキミの勇気にまた救われましたな」
オブライアンは労をねぎらうように、アルトの肩に手を置く。
父親のいないアルトだが、この大きく暖かな手の感触から父性を感じていた。そう錯覚させるほどオブライアンには大人としての貫禄と包容力があり、アルトにとっても目指すべき大人像となりつつあった。
それと同時に、もはや叶うものではないとはいえ本当の父親に会ってみたいという気持ちが湧き上がり、少しセンチメンタルな気分になってもいる。
「さてアルト君、彼がこの魔法保全省の統括者であるジェハイム大臣です。ワタシの友でもある人格者ですぞ」
という紹介をされた魔法保全大臣であるジェハイムは、オブライアンと同年代の老齢の男性で、カッチリとした黒いスーツを着込みいかにも堅物といった雰囲気を纏っている。
「初めまして、アルト・シュナイド君」
タダ者ではない強い眼力でアルトを観察し、どのような人物なのか見定めようとしているようだ。
その視線を真っ向から受けるアルトは少々たじろぎながらも、差し出された手を握って握手を交わす。
「ど、どうも。よろしくお願いします」
「うむ。では座りたまえ」
先にソファに着席したジェハイムに倣い、アルトも緊張しながら腰かける。大臣のような立場のある人間に会うのはこれが初めてであり、田舎の出身であるアルトにとって文字通り住む世界の違う相手を目の前にすれば、平常心でいることなど不可能だろう。
「ではまず、キミが遭遇したという秘密結社ヨーツンエイルの男について聴かせてもらおう」
「は、はい。白い燕尾服に仮面を付けた男で、ナイト・ストライカーと自ら名乗っていました。ヤツは強力な攻撃魔法であるレイ・ルクスを操り、しかもフェアリーを配下に従えて襲い掛かってきたんです」
「ナイト・ストライカーか……ソイツは近年名が知られるようになった男だ。基本的にヨーツンエイルの連中は表舞台には出てこないのだが、ナイトは自分から現場に出て直接暴れまわっている。我々もヤツをマークしていて、キミ達が訪れたムジート地方に向かったという報告を受けて捜索をしていたのだ」
ミカリアの通報からほどなくして魔法保全省の職員が現れたのも、ナイトの行方を捜査してムジート地方に駐留していたからなのだろう。
「しかし、結局ヤツの動向を完全に捉えられず、遺跡襲撃を許してしまった……これは我々の失態であり、キミ達に多大なる迷惑を掛けてしまったことは詫びなければならん。本当に申し訳ない」
ナイトを迅速に発見していれば、今回の事件は未然に防ぐことができたはずだ。
それができなかった事にジェハイムは頭を下げ、組織の長として謝罪をしたのである。
「ジェハイムを人格者だと言ったのは、こういう点からです。世間では部下に責任を押し付けて、知らぬ存ぜぬを通す不届き者の上司が多いようですが彼は違う。組織の代表であるという自覚を持ち、年下相手でも謝れる人間は希少でしょう」
歳を取るほどにプライドだけが増長し、自らの責任を放棄して独裁的になる者も少なくない。
しかし、そうした大人とは違うのがジェハイムであり、アルトは恐縮しながら話の続きに耳を傾けるのであった。




