”実質夫婦みたいなものですわ!”
エミリーが要約して宿泊学習における事件を報告し終えた後、ようやくミカリアも落ち着きを取り戻して涙を引っ込める。
先程まで抱き着かれていたアネット教頭のローブには、その涙やら鼻水やらの跡が残っていて、ヤレヤレと呆れたように首を振りながらも怒ってはいなかった。
「まぁまだ新任ですし仕方ありませんが、もう少し教師としての自覚を持つようお願いしますよ」
「は、はいぃ……精進しますぅ……」
教師である彼女が教え子より慌てふためいているのは、正直かなり情けなくはあるのだが、着任早々にトラブルに巻き込まれたストレスを考えれば情状酌量の余地はあるだろう。
アネットに諭されて落ち込みながらも、ミカリアはハッと重要な事柄を思い出してカバンに手を突っ込む。
「あのぉ、そういえばコレを魔法保全省の人から預かってきたんですぅ」
「手紙ですか?」
若干クシャッとなっているが、封がされている手紙をアネットは受け取り開封する。
本来なら、まずは校長であるオブライアンに届けるべきなのだろうが、生徒が被害にあったことでアネットも普段のような冷静さを欠いていた。
だが、それを咎める者はここにはおらず、何が書かれているのか気になってアネットの周囲に寄る。
「……闇魔法士との遭遇について、そして使い魔の無断使用について取り調べを行うため、アルト・シュナイドの身柄は魔法保全省にて預かると……オブライアンに対する召喚命令も発行されたようですね」
「校長先生もですの?」
「アルト・シュナイドに関する証言をさせるためでしょう。魔法保全省もアルト・シュナイドを悪意ある罪人としては考えていないでしょうし、校長の意見も踏まえつつ処遇を決定したいと考えているのだと思います」
となれば、急いでオブライアンに知らせる必要がある。
アネットは手紙を封筒に仕舞いつつ、リンザローテにも付いてくるよう指示した。
「会長、アルト君は帰ってこられますよね?」
校長までもを巻き込む事態になって、エミリーはアルトが退学になってしまうのではと不安を抱いているのだ。
そんなエミリーに対し、リンザローテは普段通りのキリッとした精悍な顔つきで返答する。
「大丈夫ですわ。いざとなれば、わたくしの持ちうるコネクションなど、あらゆる手段を用いてアルトさんを取り戻してみせますもの」
「頼みました」
力強く頷いたリンザローテは、アネットに続いて駅舎を出ていく。
残されたエミリーはアルトからプレゼントしてもらったバングルを無意識の内に撫で、今はただ待つしかなかった。
「ふむ、此度の事態について把握しました。ワタシは取り急ぎ王都へと向かいましょう」
管理棟の校長室にて、オブライアンはシルクハットの帽子を被りながら支度を始めた。いつもながらの落ち着き払った様子で、どのような事件に遭遇しても動じずに対処できる人生経験の豊富さを窺わせる。
「校長先生、まさかと思いますが、アルトさんを退学にするようなことはなさらないですわよね?」
そのオブライアンにリンザローテは問いかける。
エミリーに対しては大丈夫だと語ったが、特待生の処分を決定出来るのは校長職に就く者だけであり、オブライアン次第でアルトの行く末は決まってしまうのだ。
「ワタシとしては彼を罰しようとは考えていませんぞ。ですが、魔法保全省までもが出てきたとなればワタシの一存だけというわけにはいきません。その話し合いをしなければなりませんな」
「校長先生もご存じの通り、アルトさんは模範的で善良な生徒ですわ。使い魔の件については、やむを得なかった何かしらの事情があったに違いありません。校長先生からも魔法保全省の方々にアルトさんについてご説明をお願いしますわ」
「勿論、先月の事件解決に尽力してくれた件も踏まえて、彼の人柄について最大限の弁護をするつもりです」
「お願いいたしますわ。必ず、アルトさんをこの地に……」
必死になって訴えるリンザローテは、校長の机に身を乗り出していて行儀の悪さなど気にする余裕は無い。気品だとかをかなぐり捨ててでも、アルトのためなら懸命に行動するのがリンザローテ・ガルフィアという女であった。
そんなリンザローテを前にして、オブライアンは面白そうにフフッと小さく口角を上げる。
「あの、校長先生? なにか可笑しかったです…?」
「いや申し訳ありません。入学式の時の事をまた思い出してしまいましてな。体を張ってまで退学させようとしていたアナタと、こうして彼を擁護しているアナタがどうしても同一人物には思えなくて、そのギャップに不謹慎だとは分かっておりますが笑ってしまったのです」
「わたくし自身も、こうも心変わりというか意識が変わるなど考えてもいませんでした……人生は誰と出会うかによっても大きく左右されるものだと、よく分かりましたわ」
「確かに人との出会いは新しい風を吹き込んでくれるものですな。ワタシにとっても、アルト・シュナイドは良きS級の在り方や可能性を感じさせてくれる学生ですし、彼を失うのは実に惜しいことだと思っています。だからこそワタシが赴いて直談判をしてくるわけですから、期待してお待ちなさい」
オブライアンはタキシードの上着を羽織って身なりを整え終えると、管理棟の屋上へと向かう。
学校の外へと出るには魔法列車を利用するのが普通であるが、オブライアンには秘策があるのだ。
「来なさい、我が使い魔よ」
懐から取り出したのは球体状の魔石で、オブライアンの言葉と魔力に反応するように光を放つ。
直後、魔石の内部から物理法則を無視して巨大な魔物が出現する。
「ワタシのメタリク・レイヴンならば一直線に王都まで移動できますし、そう時間もかからないでしょう」
これは白銀のカラス状をした魔物メタリク・レイヴンで、アルトやリンザローテも何度か見たことのある使い魔だ。先月ドワスガルで事件が発生した際、警察や軍に出動要請の手紙を届けたのもこのメタリク・レイヴンで、オブライアンの命令に忠実に従い実行する能力を持っている。
今回は、その高度な飛行能力を活かして、オブライアンを乗せて王都まで運ぶ役割を与えられたのである。
「では、ワタシが不在の間は学校を任せましたぞ、アネット」
「お任せください」
アネットとリンザローテに見送られ、全長八メートル程の体躯を有するメタリク・レイヴンは背中に主を乗せて飛び立つ。
このように使い魔は便利な存在であるが、悪用すれば人類にとって大きな脅威となる。そのため使い魔の所持は制限されており、許可無しの使用は問題だとして追及されてしまうのだ。
「わたくしも王都へ行きたいところですが、ここは我慢するしかありませんわね……」
オブライアンに付いていき、早くアルトに会いたいという衝動を抑えるリンザローテ。
生徒会長という立場上、そのようなワガママは咎められてしまうのは目に見えていたので、連れていって欲しいとは口にしなかったのだ。
「我々には校長不在の間、学校管理をする役目があります。気持ちは分かりますけれど、オブライアンに託して普段通りに仕事をするしかありません」
「ええ。もう少しの辛抱だと割り切って頑張りますわ。わたくしのもとに必ず帰って来て下さると信じて……」
「ふ、まるで本当に夫の帰りを待っているようですね」
「一晩ベッドを共にした間柄ですし、これはもう実質夫婦みたいなものですわ!」
「なにを言っているのですかアナタは……」
アネットは意味不明な主張をするリンザローテに呆れながらも、アルトに帰ってきてほしいと願う気持ちは彼女と同じであった。
教師として、やはり学生にはキチンと卒業をして巣立って行ってもらいたいと思うのは当然だろう。




