フェアリーのキシュ
アルトはテントから飛び出した謎の光の筋が行く先を視線で追うが、その直後にグレジオら闇魔法士も出てきたのを見て緊張する。どうやら敵は光を追いかけようとしているようで、地下から退却する様子はなく捜索を開始したのだ。
「ヤツらめ、さっきの光った何かを探そうとしている。これでは隠れている生徒も見つかってしまうぞ」
「マズいわね。シュナイド君、どうしようかしら?」
「うーん……俺が囮をするから、皆は地上へ逃げるというのが最適解だろう」
「それではシュナイド君が危険に晒されるわ」
「だとしても、やらなきゃ。アイツらは楽しんで殺しをする連中でもあるし、学生相手であっても容赦はしないから。運よく殺されなくても、捕まって人身売買の商品とされる可能性だってあるんだ」
闇魔法士には良心の呵責とか、犯罪を躊躇する倫理観はない。むしろ率先して罪を犯しにいこうとするスタイルなのだ。
そんな闇魔法士にとって学生などエサに過ぎず、暴力を振るう相手としては申し分ない存在である。
「ナリア、皆を誘導して地上へと脱出させるんだ。俺が闇魔法士を引き付けている間に」
「分かったわ。戦いが始まったら、向こうの建物とかにいる人達にも私が声を掛けるわね」
「申し訳ないけど頼んだ。今度の敵は本当に強いから、戦いに集中してしまって周囲に気を配れる余裕は作れないだろうからね」
「魔物を倒したことのあるシュナイド君でもそう感じる程の相手なのね……死なないでね、シュナイド君。私も援護できればいいのだけど、応援するくらいしか……」
「応援だって立派な援護だよ。気力が湧いてくるもの。さ、ヤツらがコチラを見つける前に、行動を起こそう」
頷くナリアは、まず手始めに近くに隠れている級友達に声を掛け、アルトの陽動作戦開始と共に逃げ出すよう指示を出す。闇魔法士が動き始めたので時間が無く、恐怖心はあるもののアルトを信じて今出来る事をするしかなかった。
そうして脱出のための準備が整えられ、アルトは意を決して物陰から路地へと飛び出した。
「闇魔法士め、ここで倒す!」
アルトは近くまで来ていた闇魔法士の一人の前に立ち、無詠唱でフレイムバレットを撃つ。敵は突然現れたアルトに驚き立ちすくんでいて、防御も回避もままならない。
火炎の塊が高速で飛翔していき、狙った相手の懐に叩きこまれた。
「ぐあっ…!」
魔力を抑えていたため致命傷にはならないが、かなりのダメージとなって闇魔法士は意識を失った。
「なんだ! どうした!」
その戦闘音を聞きつけたのはグレジオで、仲間の闇魔法士と共に音がした地点へと駆け付ける。
「アルト・シュナイド! やはり貴様か!」
グレジオは憎きアルトの姿を見つけ、殺意を漲らせながら睨みつける。
せっかく仕入れたサイクロプスを撃破され、しかも一対一の戦闘で負けたという屈辱を与えた張本人を目の前にして怒りが一気に沸騰していた。
「ここで会ったが百年目ってな! 絶対にブッ殺してやる!」
「そう簡単にやられるものかよ!」
アルトはナリア達が動き始めたのを視界の端で捉え、彼女達が安全な地帯まで逃げる時間を稼ぐためにグレジオらに相対する。地上に続く階段にいた闇魔法士もアルトの方へと来ているため、このまま引き付ければ作戦勝ちだ。
「おい、オマエら! このアルト・シュナイドとかいうガキはS級なんだから油断するなよ!」
「へへ、いくらS級でも所詮ガキだろうが。俺達のような死線をくぐり抜けてきた闇魔法士の敵じゃねぇや」
グレジオの忠告を無視して接近を試みた一人にアルトは意識を向け、拡散風魔法のスプレッドウィンドで迎撃する。これは至近距離での咄嗟の迎撃に最適な魔法であった。
その直撃を受けた闇魔法士は吹き飛ばされ、建物の外壁に叩きつけられて気絶し倒れる。
「次っ!」
残る三人の闇魔法士に対し、アルトはアクアボムを放った。手元から放物線を描いて飛んでいき、彼らの間近で爆発して強烈な水圧となって襲い掛かるのだ。
「チッ! 小賢しい魔法を…!」
バリアフルシールドで防御したグレジオは、舌打ちをしなら魔力をチャージして反撃のウインドトルネードを行使する。
緑色の旋風が吹き荒れ、アクアボムによる水を弾き飛ばしながらアルトが居た場所目掛けて突き抜けていく。
「…いないだとッ!」
しかし、既にアルトは近くの建物に退避しており、旋風が彼を殺すことはなかった。
「逃がすかよ! おい、アイツを追うぞ!」
「いいけどよ、フェアリーはどうするんだ?」
「ナイトに任せりゃいい。今はあんな使えないフェアリーなんかより、生意気なクソガキを潰すほうが先決だ!」
今のグレジオにとって、フェアリーなどはどうでもいいのだ。プライドと闘争本能のまま、アルトを叩き潰すことだけを考えていた。
アルトはグレジオ達が自分を追ってきていると分かり安堵しながらも、燕尾服を纏う仮面の男の姿が見えないことに不安も覚えていた。もしナリアやエミリーが襲われていた場合、太刀打ちできずに簡単に殺されてしまうだろう。
一応は戦闘力が高いウィルもいるのだが、そのウィルであっても勝ち目は薄い。
「コイツらをサッサと片付けて仮面の男を探すしかないか……けど、グレジオもS級だし数で負けているから厄介だな……」
以前は勝てたとはいえ、今度も優位に立ち回れる保証はない。
しかも、仲間の闇魔法士と連携して襲われればアルトとて苦戦は免れられないだろう。
アルトは崩れかけのビルの四階まで駆けあがって、グレジオを警戒しながらも窓際から仮面の男を探した。
その時、
「あーっ! イイ男みーっけ!」
「なんだ!?」
先程テントから飛び立ったものと同じ光の塊が、割れた窓からビルに入り込んでアルトに接近してきたのだ。
驚いたアルトは、その蛍のような光る飛行物を警戒し、バリアフルシールドを張る準備を整える。
「小人…? 一体どういう生命体なんだ…?」
「あたしはフェアリーのキシュっていうの。ヨロシクね~」
「あ、ああ……キミはさっきテントから飛び出していたよね? 闇魔法士の仲間なのか?」」
「闇魔法士って、あのヘンテコな連中? なら違う違う。あんなのと組む気は無いし、だから脱走してきたんだよ」
キシュと名乗るフェアリーは、どうやら闇魔法士の仲間ではないようだと分かりアルトは一安心する。
「それよかさ、アナタ結構イケてる魔法士だね!」
「俺が?」
「あたしのダーリンとして合格ってこと。ささ、早く契っちゃお」
「契る? つまりは、俺の使い魔になるってこと?」
「そーいうこと。ほら、手を出してちょ」
と目をキラキラ輝かせながら催促するキシュだが、アルトは躊躇い考え込む。
何故なら、王国による厳正な審査を経て合格した魔法士のみが使い魔の所持を許されるわけで、承認を得ないまま使い魔を手にするのは違法行為なのである。
「国家の許可が無いままでは……」
だが、これ以上悩んでいる時間はない。アルトを追ってきたグレジオらが既に下の階に到達しており、四階まで上がってくるまで間もなくだろう。
「お堅いコト言ってる場合じゃないんじゃないの? あのヘンテコな闇魔法士達を退治しないとなんでしょ? あたしって、こう見えて結構役に立つよ~」
「うーむ……」
敵は下の階の索敵を終えたようで、階段を昇る足音が響いてくる。
仮面の男のこともあるし、もはや逡巡している場合ではない。皆を守るためにも、今は出来得る限りの手段を講じなければならないのだ。
「分かった。力を貸してほしい」
「おっけー! じゃあ手を出して」
言われるがままにアルトが手を差し出すと、キシュはその手の甲にキスをした。これが彼女の言う契りであり、ダーリンもとい主として認めた証拠になるのだ。
直後、手の甲にフェアリー族のシルエットと思わしき光のアートが出現する。




