古代遺跡への道程は楽じゃない
アルトは宿の部屋にて目を覚まし、カーテンから差し込む朝陽に目を細める。寝床が違うと寝つきが悪いタイプで、熟睡できないまま夜を過ごしてしまったために若干寝不足であった。
だが、今日の古代遺跡見学は楽しみなイベントであり、目を擦りながら顔を洗いに行く。
「あれ、もう起きていたのかウィル」
ウィルが先に洗面台を使っており、鏡を見ながら髪型をセットしている。古代文明における不良スタイルを模倣しているらしく、奇妙ではあるもののウィルの胡散臭い雰囲気にはピッタリではあった。
「おいおい、アルト。モテるためには、まずは身だしなみを整えなくっちゃならないんだぞ」
「はえ~。そのために早起きして時間を作るなんて偉いんだな」
それはアルトには無い発想である。今まで身だしなみなど気にしたことがなく、外見などに意識を向けられるほど余裕のある生活をしていなかったのだ。
「フッ、こんなの苦でもないさ。アルトもオレを見習いたまえよ」
「いや面倒だな……」
「そんなことしなくても生徒会長だとかにモテるんだからいいよな、コイツはよぉ……」
エミリーやリンザローテ、その他複数の女子から好意が向けられているわけで、ウィルからすれば羨ましい限りである。
だが、アルトの良さはウィルも理解しており、妥当ではあるなと納得もしていた。
「しかし寝癖くらいは直したほうがいいぞ。最低限は整えとかないとな」
「ああ……でも、こんだけハネてると戻すのが大変なんだよなぁ。しかも後ろ側だから尚更に」
「ったくしゃーねーな。オレが手伝ってやるから」
鏡では確認しにくい後頭部の寝癖をウィルが手直し、それはまるで弟の面倒を見る兄貴のようであった。
早朝にドワスガルの生徒が宿を出発してから約一時間、山脈を尻目に荒野をひたすらに歩き続けていて、さながら軍隊の行軍トレーニングのようだ。
この道無き道の先に目標の古代遺跡があるのだが、魔法列車は手配されていないし、馬車では何台あっても足りるものではない。そのため、一学年の三百人がゾロゾロと隊列を組んで徒歩移動するしかなかったのである。
「こんなに遠いとは聞いていなかった……」
エミリーは愚痴を溢しながらうな垂れ、砂や岩の入り交じる大地の上を小さな足取りで進む。古代遺跡見学を楽しみにしていたのだが、もはや苦行とも言える道程にウンザリとして意気消沈しているようだ。
「アルト君、おんぶして~……」
などと駄々っ子のように訴えるエミリー。こうなればアルトにくっつく以外に気力と体力を回復する手立てはない。
「ああ、いいよ。ホレ」
アルトはエミリーの前にしゃがみ、その背中にエミリーを乗せる。
「あ、でも汗掻いてるケド……嫌じゃない?」
「ぜーんぜん平気! アルト君の汗とかむしろ歓迎ってカンジ!」
「そ、そうですか……」
この周囲の気候はかなり温暖で、長い時間歩いていたのも相まって当然ながら背中を汗が伝っており、そんな場所に密着するなど嫌ではないかとアルトは気にしたのだが、エミリーは拒否することなく抱き着く。
「えっへへ! これで合法的にアルト君にくっつけますなぁ……」
ここには最大の恋のライバルはいない。それがエミリーを大胆にして、ギュッと胸を押し付けるようにする。
アルトはワインレッドの上着は暑さのために脱いで来ており、その独特の柔らかい感触はシャツ越しに感じられ、ウブなためにドギマギしながらも平静を保とうと必死になっていた。
「く、苦しくないのエミリー?」
「大丈夫。あ、もしかしてアルト君ったらエッチな思考になってる? 私の胸を意識しちゃってるんだ?」
「い、いえ全くそんなことは……」
「でも女の子としては多少は意識して欲しいけどな~」
エミリーはアルトの耳元で、いたずらっぽい囁き声で呟く。
普段の元気っ娘な印象とは違い淫靡な雰囲気が醸し出されて、そのギャップにアルトは更に鼓動を速くする。
「も、もう……変なコト言うんじゃありません」
「へへ、ちょっとはドキッとした?」
「そりゃ少しはね……」
エミリーのからかいにタジタジのアルトにS級魔法士の面影はない。
そんな二人のやり取りを後ろから見ていたウィルとシュカは、共感性羞恥ともいうべきか恥ずかしさが伝播し、見てられないといった風に視線を逸らす。
「ウィルにもアルトみたいな可愛い時期があったんだけどねぇ……」
「フン……オトナになったんだよ、オレは。アルトみたいに女性経験が乏しいヤツよか、オレの方がいいだろ?」
「さて、どうかな~」
「おい、まさかアルトに惚れちゃっていたりなんて…?」
「それはないから安心して。ウチってば、意外と一途なものですから」
「そ、そうかよ」
いい加減にこの二人は付き合えと、誰もが思うところだろう。
だが簡単にはいかないのが恋であり、現状から進む勇気を出せずにいるのがウィルとシュカであった。
一方その頃、ドワスガル魔法高等学校にて。
リンザローテ・ガルフィアは廊下の窓から外を眺め、小さくため息を漏らしていた。
「か、会長……お、お体の調子でも悪いのです…?」
そんなリンザローテの隣に来たコマリは、彼女のため息の原因が体調不良などではないことは分かっている。
何故ならコマリもリンザローテと同様に、アルトに会えないという寂しさから気合が入らないからだ。
「いえ、体調は問題ありませんわ。今頃、アルトさんは何をしているのかなぁと……」
「き、きっと宿を出て、古代遺跡に向けて出発した頃合いじゃないでしょうか……」
「なるほど……それよりも問題なのは、今回の宿泊学習はエミリーさんの独断場になっているという点ですわ! どれほどお二人の仲が深まるか分かったものではありません!」
「た、確かに気になりますね……ア、アルトさんが帰ってきたらエミリーさんと何かしたか訊いてみましょう……」
「ええ、必ず問いただしてみせますわ!」
エミリーは現在アルトに背負われているわけだが、そうと知ったらリンザローテは卒倒してしまうことだろう。
「にしても、身が入りませんわねぇ……午後の生徒会活動もきっと退屈ですわよ。あーあ、アルトさんのいらっしゃらない学校がこうもツマラナイとは……」
「ほう……生徒会長にあるまじき発言ですね」
再び深いため息をついた途端、背後から何者かに声を掛けられてギョッと驚くリンザローテ。
ゆっくりと振り向くと、そこには教頭であるアネットが腕を組みながら呆れの表情を浮かべて立っていた。
「教頭先生!?」
「仮にも学生のトップであるアナタが、学校がツマラナイなどと言うのは問題ですよ」
「も、申し訳ありません……なんていうか、こう……比喩表現といいますか……」
「どんな比喩的表現ですか。まったく、アナタはアルト・シュナイドのことで頭が一杯のようですね」
それが恋というものかとアネットは一定の理解を示しつつも、しかし教育者としては黙って見過ごすわけにはいかない。
「人を好きになるのは良いことではあります。ですが、のめり込み過ぎて自らの本分や立場を忘れてはいけません。ましてやアナタは生徒会長なのですから、他の生徒の手本となるような振る舞いをするべき人間なのですよ」
「承知しておりますわ……」
「ならよろしい。では反省の第一歩として、わたしの手伝いをなさい。一限目は丁度良くアナタのクラスでの授業ですし、魔法道具を運んでもらいます」
リンザローテはコクンと小さく頷き、教頭の後に付いていく。
アルトに頼りにされる生徒会長としての威厳と尊厳を保ち、彼が帰って来た時に堂々と出迎えられるよう気持ちを入れ替えるのであった。




