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寂寞の空

 駅に停まる魔法列車にアルトとクラスメイト達が次々と乗り込んでいく。いよいよ宿泊学習への出発の時間となり、列車の動力機関であるマギアエンジンも唸りを上げ始めた。


「おや、リンザローテ・ガルフィアは何故ここに? 生徒会には見送りの役目は無いハズですが?」


 駅のホームで一年生の搭乗を見守っていたリンザローテに声を掛けたのはアネットだ。教頭という立場にある彼女が宿泊学習に向かう生徒を見送るのは当然の仕事であり、引率の教師らに注意事項を伝え終えたところでリンザローテを見つけたのであった。


「その……わたくしも生徒会長であるのですから、学校行事に立ち会うべきかと思いまして」


「ほう、そうですか。で、本当のところはアルト・シュナイドに会いに来たのですね?」


「えっとぉ、それは……」


「まったく、それでは公私混同と言われても仕方ありませんよ」


「うぅ……」


 会長職を言い訳にしながらも、実際には一個人としての欲求で動いているのだから叱られても仕方ないだろう。

 シュンとするリンザローテだが、アネットはヤレヤレと首を振りながらも同席を許可した。


「これが若さゆえの行動力といったものですかね。少々羨ましくは思います」


 歳を取るほどに様々なしがらみに縛られ奥手になっていくものだ。

 だからこそ、リンザローテのように想い人のためにアクティブになれる若さはアネットには眩しいものに感じた。


「ほら、アルト・シュナイドですよ」


 車輪がゆっくりと回り、車列が徐々に前進を始めてリンザローテらの前を過ぎていく。その中の客車の一つにアルトの姿があって、窓際に座る彼もまたリンザローテを発見して小さく手を振っていた。

 アネットの促しでリンザローテは顔を上げ、想い人を見て自然に笑顔となり、歳相応の可愛らしい所作で手を振り返す。それを目撃していた他の生徒達は自分に向けてのモノかと勘違いして興奮し騒いでいる。


「お帰りの際にはお出迎えいたしますわ……」


 スラスターの閃光と共に上昇していく魔法列車を見上げつつ、リンザローテは夫の帰りを待つ妻のように寂しさを胸に抱えながら小さく呟くのであった。






 客車の左右には二人掛けの座席が進行方向に向けて多数並んでおり、アルトはその座席の一つにウィルと一緒に座っていた。


「浮遊感ってのはあまり感じないな」


 窓際のアルトは、魔法列車が低空を飛行しているのを確認しながらも、大地にいる時の感覚と変わらない事に不思議そうな顔をしている。飛ぶというのだから、羽が生えたように重力を振り切れるものだと考えていたのだ。


「そりゃ実際に浮いているのは列車の車体であって、オレ達は足を床に付けているんだぜ? 自分の力で飛んでいるわけじゃないからさ」


 隣のウィルが自分の足を叩いて示し、当然だろとばかりに説いてくる。


「そういや飛行能力を得られる魔法って無いよな。俺もお婆ちゃんから色々魔法を習いはしたけど、羽が出るとかってのは聞いた事がない」


「なんだアルト、飛んでみたいのか?」


「鳥とか見てりゃ羨ましくもなるだろ? なんだか楽しそうでさ」


「ハハハ! 意外とロマンチックというか、子供っぽいんだな」


 心底楽しそうに笑うウィルに、アルトは口を尖らせて拗ねるようにしながら窓の外を眺める。

 そこには魔法列車に並ぶようにして滑空する鳥の群れがあって、自由に空を駆け巡れる姿に憧れのようなものを感じていた。


「んなコトよりもさぁ、アルトはもうリンザローテ会長と…ヤッたんか?」


「いきなりナニを言い出すかと思えば……」


「だって皆だって気になってるハズだぜ? オマエと生徒会長は付き合ってるんじゃないかって噂だってあるんだ」


「そんな下世話な噂話はリンザ先輩にとっちゃいい迷惑だろう。俺とあの方はそーいう関係じゃないんだから」


 アルトは呆れながらも否定し、リンザローテとの関係はあくまで健全なものだと主張する。自分のせいでリンザローテに迷惑が掛かるのは我慢ならなかった。


「だいたいね、俺とリンザ先輩じゃ釣り合わないだろ? 家柄もそうだし、才色兼備で高嶺の花という言葉がピッタリと当てはまる方なんだ。それに比べて俺なんてド田舎出身で頭も顔も良くない人間だもの、傍で仕えさせてもらえてるだけでもありがたい話さ」


「でもS級じゃないか。その点では特別な存在だろ?」


「けれど王国全体で見れば俺以外にもS級魔法士は何人もいるんだ。S級というだけではリンザ先輩に釣り合えはしないよ」


「オマエはもっと自分に自信を持ってもいいと思うがね?」


 S級という才能を悪用せず善き使い方をし、人を惹き寄せる性格をしているアルトは充分にイイ男だと言えるだろう。実際にエミリーやリンザローテ、そしてコマリの好意が向けられているわけで、もし本当に魅力の無い人間であるならばあり得ないことだ。

 だが、アルトは自分の魅力とやらには懐疑的であった。自己肯定感が他人より低いのである。


「オレくらい自信家にならにゃ世知辛い世の中を渡ってはいけないぜ? 最後に信じられるのはいつだって自分自身なんだから」


「ふ、そーいうウィルが羨ましく思えるよ。たくましい殿方ってカンジで守ってくれそうな頼もしさもあるしさ」


「お、惚れたか?」


「ちょっとだけな?」


 こういう軽口を叩ける友を得られたのも、アルトの人柄あってのことだ。


「でだな、オレったらアルトの自信を呼び起こす良い案を思いついたのよ」


 ウィルは愉快そうに笑った後、アルトの肩に手を回して一つ提案を持ち掛ける。こういう時のウィルの案とは大概悪だくみであるが、素直にアルトは聞く体勢を取った。


「なにさ?」


「クラスの女の子ともっと仲良くなろう作戦だ」


「すげぇ頭の悪そうなネーミング……」


「しかし分かりやすいだろ? 今日は海での自由時間があるんだから、そこで普段は関わらない女子達にナンパの要領で声を掛けるのさ。水着を着て開放的になっているだろうし、ともすれば急接近できる絶好の機会だぞ」


 やはりウィルの思考の行きつく先は女子関連かと、アルトは慣れたような顔である。まだ知り合って一ヵ月ちょっとであるとはいえ、もう古くからの知り合いであるかのように予想が出来ていた。


「けれど積極的に声を掛けにいくのはアルトの役目だ。そうしてナンパに成功すれば自信も付くというものだろう?」


「理屈は分かる。がね、リンザ先輩に言われているのよ。生徒会長補佐として恥じない行動をするようにって。だから不純異性交遊はねぇ……」


「はー、なんて真面目な男よ。ここには会長の目が無いんだから好きにすればいいじゃないの」


「見えないからって不義理を働くのは性分じゃなくて」


「こりゃバカが付くほどの真面目さだわ……」


 呆れたようにウィルは首をすくめながらも、しかしコレがアルトの良さだと認めている。ウィルとは真逆と言ってもいい性格だが嫌いではない。


「不純じゃなく健全な交流を深めようってのよ。生徒会のメンバーなら多くの学生と知り合っておいて損はないだろう? その方が行事の時とかに円滑に仕事が出来るってもんじゃないか」


「おお、ウィルがマトモな意見を……」


「失敬なヤツだな。ともかくな、健全に遊ぶのもやるべきコトなの。オレを参考にしなさいよね」


「ああ。普通に遊ぶ分には問題ないし、人付き合いのやり方は勉強させてもらうね」


 アルトはウィルの言い分に納得し、リンザローテに怒られない範囲で楽しむのは悪くないだろうと頷く。

 会話が一段落したところで、フとアルトは窓から後方を覗くが、もう校舎の姿は見えなかった。

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