見送る者、見送られる者
翌日の早朝、アルトは暁に目を細めながら寮を出る。普段よりも二時間以上早い午前四時の起床ともなれば眠気が取れず、大きなアクビと共に背筋を伸ばした。
宿泊学習の行き先であるムジートは隣の地方とはいえ距離があるため、魔法列車を使っても時間が掛かることから夜明けのスグ後での出発となったのだ。
「あら、おはようございます。お待ちしておりましたわ」
「お、おはようございます。なんでリンザ先輩がココに?」
男子寮の間近、そこに制服に身を固めて立っていたのはリンザローテであった。どれほど前からかは分からないが、アルトが来るのを待っていたらしい。
女子は男よりも身なりを整えるのに時間が掛かるので、それを考えるとアルトよりも先に起きていたのだなとは推測出来る。
「それは勿論アルトさんのお見送りをするためですわ。暫く会えなくなってしまいますでしょう?」
「暫くといっても四日間ですし、今週末には帰ってきますケド?」
「”四日も”ですわ! そんなにエミリーさんのリードを許すなど…!」
青春時代の一日とは大きいものである。それこそ友情、恋愛がたった一日で大きく進展したり後退することさえあるのだ。
ともすれば、リンザローテの目の届かない環境でアルトとエミリーの仲が急速に深まる可能性だってあるので気が気ではない。
「アルトさん、しつこく言うようですが不純異性交遊は厳禁ですわよ! 生徒会長補佐であるのならば、役職に恥じない誠実な行動を」
「は、はい。承知をしてます。リンザ先輩に恥をかかせるわけにはいきませんし、生徒会の一員としての自覚は忘れません」
「優等生な回答はさすがですが……うぅ、わたくしが言いたいコトはこんなんではないのですのに…!」
本当ならばエミリーと仲良くし過ぎるなと直球で言いたいのだ。
しかし、はしたなくも嫉妬心丸出しにするわけにはいかないと自制心が働き、結果として生徒会長としての忠告の文言になってしまったのである。
「とりあえず駅まで向かいながら話しましょう、リンザ先輩。列車の時間に遅れてしまうと、それこそ皆に迷惑を掛けてしまいますからね」
「あ、足止めをしてしまい申し訳ありませんわ……」
リンザローテはバツが悪そうに俯きながら、アルトの後ろに付いていく。できれば、このまま宿泊学習に同行したいと切に願うが叶うわけはない。
「でもありがとうございます、こうして見送りに来てくださるなんて。嬉しいですよ」
「ほ、本当ですの?」
「ええ。リンザ先輩が俺を気にかけて下さっているんだなって、それがとても有り難いと思うんです」
「うふふ、いつだってわたくしはアルトさんを気にかけておりますわ。起きた時から寝る時まで……いえ、寝ている時でさえも!」
ドヤ顔になって大きな胸を張るリンザローテ。
これではアルトの事を常に意識していると宣言するのと同じであるが、ご満悦な彼女はテンションのままに言葉を口にしている。
だが、これはアルトにとってイヤなことではない。リンザローテはアルトにとっても特別感のある人物だし、その相手から意識されるのはむしろ喜びさえ感じるものだ。
傍から見ればバカップルのような会話をしながら歩くアルトとリンザローテは、やがて正門を抜けて魔法列車が停まる駅に近づいた。既に駅の周囲には宿泊学習に向かう生徒達が集まっており、これから始まる行事への期待に胸を膨らませている。
「魔法列車に実際に乗るのは初めてなので、俺にとっては移動さえも楽しみなんですよ」
「ガルフィアカンパニーが開発した魔法列車は、古代文明の技術をも利用した最新鋭の機械ですわ。きっとアルトさんにも気に入って頂けると思います」
「リンザ先輩のご両親が経営するガルフィアカンパニーって凄いですね。あのような革新的な物さえ製作可能にする技術力を有しているなんて」
滅亡した古代文明と共に高度な機械技術が失われて久しく、文献で知っていても再現するのは現代では困難であった。
しかし、ガルフィアカンパニーは魔法列車という機械を完成させることに成功して、新たな時代を切り拓こうとしているのである。
「それは父の経営手腕によるところが大きいですわね。未来への投資や優秀な人物の登用を積極的に行い、更なる発展へ惜しみ無く心血を注ぐ方なので。あと、母の細かなマネージメントによって会社全体をコントロールし、不利益が出ないよう絶妙なバランスが保たれていることも忘れてはいけませんわね」
「お二人共ご立派な方なのですね」
「ええ。わたくしとは違い、立派過ぎる方々ですわ……」
「リンザ先輩…?」
両親を思い浮かべたリンザローテの表情にはどこか影があるように感じ、それがどうしてなのかアルトは気になったが、他人の事情に首を突っ込み過ぎるのもなと憚られて口をつぐむ。
それに、見知った声がアルトを呼んだのでソチラに意識を向けざるを得なかった。
「あー! アルト君ったらまた生徒会長と一緒だなんて!」
朝から元気なエミリーは、駅からもの凄いスピードでアルトのもとへと駆け寄る。この機動性があれば闇魔法士を翻弄して撃破するのも容易いのではとアルトは思う。
「あらあら騒々しいですわよ、エミリーさん。生徒会長としてお見送りをするのは当然でしょう?」
「よくもヌケヌケと仰る…! じゃあ別にアルト君のトコロまで行かなくても、駅に直接来ればいいじゃあないですか!」
「彼はわたくしの補佐を務める大切な部下なのですから、こうして直々に顔を合わせて何が不自然だと言うんですの?」
「下心しかないクセに…!」
相変わらず火花を散らす二人に慣れ始めていたアルトは、まあまあとエミリーの肩を優しくポンと叩いて落ち着かせる。
「今からそんなにエキサイトしていたら海に付いた時までにバテちゃうぞ。せっかく今日は遊べる日なんだし体力は温存しておかないと」
「そ、そうだね。なんていっても! 海で! アルト君と遊び放題だもんねー!」
リンザローテに対するアドバンテージがあると知ったエミリーは、怒りを一瞬にして忘れて得意げに胸を張る。ここから先の楽しいひと時はリンザローテの邪魔が入ることはないのだ。
「というわけで会長はお留守番ヨロシクお願いしますねっ!」
「キーッ! 憶えておきなさい、エミリー・ハウムバル!」
挑発するようにウインクするエミリーにリンザローテは地団太を踏んで悔しがりながらも、しかしそこにアルトのフォローが入る。
「リンザ先輩、帰ってきたらまた商業区に一緒に行きましょうよ。それで、今度はリンザ先輩のオススメのお店を紹介してください」
本来なら昨日、リンザローテが薦める飲食店を紹介してもらおうとしたのだが、エミリーと出会って結局レストランになってしまったのだ。
その出来事を覚えていたアルトは、次こそリンザローテが満足し得る外食がしたいと考えていた。
「ええ勿論ですわ! 今度こそ”二人きり”でデートですわよ!」
「は、はい。約束です」
「うふふふ、楽しみですわね。では、ちゃんと無事にわたくしのもとへ帰ってくるんですのよ」
「宿泊学習なんですし、そんな危ないコトをするわけではないので心配しなくても大丈夫ですよ」
「妙なトラブルに巻き込まれてしまう可能性もゼロではありませんわ。アルトさんは無茶をなさいますし、自分も大切にしてくださいませ」
心から案じてくれているのだなと分かったアルトは、リンザローテの言葉に頷いて駅へと向かう。
魔法列車の発射時刻が迫っていた。




