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二人きり、ベッドの上で

 バスルームで石鹸を泡立てるリンザローテは、今日味わった恐怖を忘れたかのように高揚していた。

 それは、このシチュエーションは恋人同士が行為に及ぶ前に体を清めるのと同じではないかという興奮から来るものである。

 しかし、決してリンザローテの精神が図太いわけではない。こうでもして意識を切り替えなければ欝々として病んでしまうし、心を守るための本能的な防衛機能が働いた結果でもあった。


「アルトさんと二人きり……」


 と呟き、リンザローテはバスルームに備え付けられている鏡の中の自分を見つめる。

 そこに写っていたのは、恋する乙女であった。惚けたような顔つきになっていて、自慢の肉体も朱を帯びている。

 もう完全にアルトを受け入れる態勢が整っており、心拍数も上がって息も荒くなりつつあった。


「わ、わたくしったら……こうも淫らな女だったのですわね……」


 恋は人を大胆にすると言うが、今まさにリンザローテはそれを実感していた。今までにないほどのドキドキと、性的欲求を強く感じてモジモジと身をくねらせる。

 だが、これは恋心だけのせいではない。命の危機の真っ只中にいた事によって、生殖本能が極限まで高まっているためでもあるのだ。


「でもアルトさんは……きっと紳士のままなのでしょうね」


 真面目なアルトは恐らく手を出してはこないだろう。たとえリンザローテから誘ったとしても、恋人関係でもないのに抱けませんと断られるに相違ない。

 そんなアルトも好きなのがリンザローテであり、だからこそいつかは自分の全てに夢中にさせたいと思うのであった。






 体と髪を洗い終えたリンザローテはタオルで水滴を拭い、先程まで着ていた制服に手を伸ばしてフと止める。備品倉庫内で色々とあったせいでホコリまみれで、これで寝るのは抵抗があったのだ。


「あの、アルトさん」


 リンザローテはバスルームからリビングに繋がる扉を少し開けて、ヒョコっと顔を出してアルトを探す。


「どうしました…って、裸!?」


 ベッドを整えていたアルトはリンザローテの声に反応してリビングに来るが、扉の隙間から顔を出す彼女の首から下が見えてしまい、一切何も纏っていないことに狼狽しながら慌てて視線を逸らす。


「お、驚かせようとしたのではありませんわ! 制服が汚れているので代わりになる服でもお貸し願えたらと思って」


「ああナルホド! ですが俺は制服以外の私服をまだ買っていなくて……」


「そ、そういえば前にも私服は無いと仰っていましたわね……」


 以前リンザローテと衣服店を訪れた時にも言っていたことだが、アルトは制服だけで過ごそうとしていたので余分な服を持っておらず、洗濯時は裸のままでいいと考えていたくらいである。


「この古い方の制服……はイヤですよね」


 紙袋に入っていた学校指定の制服を手に持つアルト。特注の制服を手に入れたので今後着る機会も少なくなってしまった品物だ。


「いえ、むしろウェルカムですわ! それをお貸しくださいな!」


「は、はい。ドウゾ」


 リンザローテの圧に押されながら、アルトはなるべく彼女の裸体を見ないように紙袋ごと渡す。カニのような横歩きをしている姿は滑稽であったものの、お互いの尊厳のためには仕方がない。


「俺が着たままなので洗ってないんですけど平気ですか? こんなのをリンザ先輩に着て頂くのは失礼かなーって」


 アルトは別に構わないのだが、異性に洗濯もしていない使用品の着衣を着させるのは如何なものかと思わざるを得ないし、デリカシーだとか品位が無いと罵られても仕方がないなと頭を掻く。


「わたくしからお願いしたことですし、アルトさんの物であるなら全然平気ですわよ。それと、キチンと洗濯してお返ししますからご安心を」


「そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ」


「お借りしたのですから最低限の礼儀は尽くしませんと。あ、もしかして……うふふ、わたくしの香りが残っているままで堪能したいとか?」


「ま、まさか! 俺はそんなに変態じゃありません!」


「ふふ、冗談ですわ」


 バスルームに行く前も妙なからかいをしてきたよなと思い出して、案外リンザローテにも歳相応の無邪気さがあるらしいとアルトは微笑ましい気持ちになる。

 それと同時に、あんな事件に巻き込まれた後でも、こうして素の性格を出していられるのは良い兆候だなと安堵もしていた。精神を崩されて殻に閉じこもってしまい、二度と笑顔を見せることがなくなってしまってもオカシクない状況であったからだ。






 それから十分後、アルトも体を洗い終えて寝室へと入る。

 先にバスルームを利用していたリンザローテをどうしても意識してしまい、背徳感と緊張感に包まれていたのでリラックスは出来なかったが、少なくとも清潔にはなっている。


「俺の制服、どうです? サイズとか合ってないのでは?」


「確かに胸のところが苦しくて、シャツのボタンが……」


 アルトの体格に合わせて作成されているため、リンザローテの豊満なバストには非対応で、ボタンが留められず胸部がはだけていた。先端部こそ下着で隠れてはいるが、丸みのある流線形のラインが谷間を作って大きさを主張している。

 またしても直視してはいけないモノを見てしまい、アルトは理性をフル動員しながらクルリと首ごと横を向く。


「な、なんか申し訳ありません……あの、リンザ先輩はベッドを使ってください。俺はリビングのソファで寝ますから」


 クローゼットにコート状の上着を仕舞いつつ、アルトは指でベッドを示す。

 だが、リンザローテは首を振りながらアルトに近づき、自らの腕をアルトの腕に絡めた。ゆったりとした動きであったが、絶対に放さないと強い力で。


「アルトさんもベッドで……一人はまだ不安ですの」


「し、しかし……」


「お願いですわ」


 熱の籠った視線で訴えかけられ、アルトは良くないと頭では分かってはいるものの断り切れない。


「…じゃあ二人で」


「良かった。では、もう寝ましょう」


 引っ張られるがままにベッドに横になり、リンザローテが更にアルトの腕にしがみつく。

 そんなことをすれば腕がリンザローテの胸の谷間にモロに埋もれてしまうのだが、彼女は全く気にする様子はない。むしろ、自らの身体をアルトに感じさせようとしていた。


「こうしていると心地よくて安心できますわ。本当にアルトさんがいてくれて良かった」


 子猫のように甘えた声で、アルトの耳元で囁くリンザローテ。

 これで交際していないとは、外部の人間が聞いたら信じられない光景だ。


「そう言ってもらえると俺も嬉しいですよ。誰かの役に立てるって幸せですし」


「でも、わたくしはアルトさんへの恩返しができておりませんわ。こんなにも助けてくださっているのに……」


「恩返しならしてもらっていますよ。勉強だとか、生徒会活動でも」


「まだまだ足りませんわ! そんなでは返しきれないくらいの恩があるんですのよ……一生を懸けなければならない程に」


 絡めていた腕を解いたリンザローテは、体を起こしてアルトの腹の上に跨って座り、艶を帯びた目でアルトを見つめる。


「ですから……アルトさんが望むのなら……身も心もあなたに捧げる覚悟は出来ておりますわ」


 これは冗談ではなく本気の覚悟であり、言葉通りに全てをアルトに差し出そうとしていた。

 だが、アルトは冷静であった。リンザローテを優しく抱き寄せ、静かに諭すような言い方で返答する。


「もっと自分を大切にしてください。自分自身を何かの対価に差し出すなんて悲しい事はしないでください。そんな事をすれば、いつか本当に大切な人が出来た時に必ず後悔してしまいますよ」


 この思いやりがリンザローテには嬉しく、頭を撫でるアルトの手の感触と、彼の心音を間近に聞きながら蕩けていく。何にも代えがたい極上の幸福に力が抜けていき、やがて思考もまとまりを失って霧散した。


「わたくしの…本当に大切な人は……」


 そこでリンザローテの瞼は閉じられ、眠りの中に落ちていく。

 心身の疲労で既に限界を迎えていたところに、アルトによってもたらされた安らぎが降り注ぎ、一気に眠気に襲われたのだ。


 幸せそうに寝息を立てるリンザローテを抱きかかえつつ、アルトもまた休息を取るのであった。

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